第2話
カメラの準備を終えた渚は、小さく息を吐いてから配信を開始した。
<おお、きたきた>
<始まったか?>
「始まったみたいだねぇ。それじゃあ、なぎさ団の皆見えてる? なんかコメント少なくない?」
渚はいつものように自分のキャラクターを意識して、言葉を口にする。
渚は、事務所に所属している配信者にして……現在はメスガキ系ダンジョン紹介配信者として、活動中だ。
現在、登録者数は百万人を超えているため、そのキャラ付けの方向性は間違いなかったのだろう。
渚は、もうすっかり慣れた口元を片手で隠すようにして小馬鹿にしたような笑顔をカメラに向ける。
<うざw>
<相変わらずこっちを馬鹿にしたみたいな笑いしやがって……!>
「はいはい。ほらほら、もっと盛り上げて。そんなわけで今日はね、星谷町ダンジョンにお邪魔してまーす」
渚はカメラに向かって元気よく笑いかけ、手を振る。配信はいつも通り、挑発的で視聴者を小馬鹿にする感じで進んでいく。
「いやぁ、ここに住んでるなぎさ団の皆、いるんでしょ? 地方のダンジョンでまったく人もいないみたいだから……今日は渚が活躍して、この町にちょっとだけ光を当ててあげるから、感謝しなさいよ?」
<渚ちゃん今日も相変わらずだなww>
<確かに探索者まったくいないなw>
「今日はさっさと魔物しばいてやっから、ちゃんと見てなさいよー? あ、でも~、なぎさ団のよわよわ雑魚雑魚動体視力じゃついていけないかも?」
<なめんなよ!>
<そんくらい余裕だわ!>
<魔物共にやられて泣き顔晒してほしいぜ……!>
渚は小馬鹿にした笑いを浮かべながら、ドローンで撮影をしつつダンジョンを軽快に進んでいく。
Eランクのダンジョンだけあって、最初に出てくるのは雑魚魔物ばかり。
渚はそれらを軽々と倒しながら、カメラに向かってポーズを決める。
「ほらほら、こんな雑魚じゃ渚が負けるわけないでしょ? 見てるか? さっき私の泣き顔がどうたらコメントしてたやつぅー。今どんな気分?」
<調子いいなww>
<雑魚魔物ワロタw>
<余裕すぎるわなw>
<いや渚ちゃんつよw>
「ほらほら、もっと応援しなよ!渚は強いんだからさー、何も怖いもんなんてないし、負けるわけないじゃん!」
そんな軽口を叩きながら、渚は順調にダンジョンを進んでいった。視聴者たちのコメントもいつも通り、冗談半分で彼女をからかっている。
しかし――その時、異変が起きた。
突然、渚の背後に黒い霧が立ち込め、その中から巨大な影が現れる。
「え? ちょ、何これ……」
<後ろ後ろ!>
<おい、やばくね?>
<なんか出たぞ!?>
<でかい影見えたんだけど……>
「え、な、なんで!?こんな……まさか――ミノタウロス!? なんでこんなEランクダンジョンに……! ま、まさかイレギュラー……っ!?」
渚の顔から血の気が引いていく。
目の前に立ちはだかるミノタウロス。
高ランクダンジョンに出るはずの魔物が、こんな場所に現れたことに彼女は完全に動揺し始める。
<ミノタウロス!? やばくね!?>
<逃げろ渚!>
<マジでやばいって!>
<早く走れ!!>
「ちょ、ちょっと待って……やばい、マジこれ……こ、腰ぬけちゃって……」
いつもの強気な態度はすっかり崩れ去り、渚は震えながら後ずさる。視聴者たちのコメントも焦りに満ちているが、それを受けても彼女は動けない。
「だ、誰か……」
渚はその場で座り込み、目の前のミノタウロスに怯えきっていた。
「お願い……誰か助けて……!」
<うわ、マジでやばいやつじゃん>
<逃げろよ渚!>
<ガチで死ぬかもこれ……>
<誰か来て助けてあげて……>
その時だった。突然、黒い外套をまとった人物が現れ、大剣を振りかざしてミノタウロスに突っ込んだ。
その一撃でミノタウロスは真っ二つにされ、地面に崩れ落ちる。
「え……何……?」
震えながらその人物を見つめる渚。彼女を救ったその男はすぐに立ち去ろうとして、
「……ま、待ってください! あなたは何者ですか!?」
渚は、思わず素の調子で問いかけてしまった。
「……ファントムだ」
それを言い残し、ファントムはすぐにその場を立ち去ってしまう。
ぼーっとその様子を眺めていた渚だったが、遅れてお礼を言えていないことを思い出す。
「……お礼、言って……ない」
渚は震えた声でそう言いながら、逃げるように去っていくファントムを追いかけようとするが、動けずその場に座り込んだままだった。
【Dライブ】海原渚チャンネルについて語るスレ part314【ダンジョン配信者】
301: 名無しの探索者
相変わらずこのメスガキ……! 今日も調子に乗ってんなw
302: 名無しの探索者
ほんと、こっちを煽りすぎだって
303: 名無しの探索者
マジで、いつか魔物にやられて泣きべそかくのが見たいんだよなー
304: 名無しの探索者
分かる、そのためだけに見てるわ
304: 名無しの探索者
なぎさ団とか言ってるけど、あいつらもこっち側だろw
大半は渚が泣くの見たいだけだぜ
305: 名無しの探索者
まぁ、泣く渚ちゃんを見たい気持ちはわかるわw
・・・
330: 名無しの探索者
おいおい、渚ちゃん調子よすぎじゃね? 魔物バッタバッタ倒してんじゃんw
331: 名無しの探索者
余裕だな。ちょっとつまんねーぞ。負けるところ見たかったのに
332: 名無しの探索者
この調子なら今日も無事クリアだな。渚ちゃん相変わらずつえー
・・・
350: 名無しの探索者
ん? 渚の後ろ、なんか怪しいぞ。
351: 名無しの探索者
うわっ、霧っぽいのが……?
352: 名無しの探索者
え、ちょっと待って……ミノタウロスじゃねぇのか!? なんでここに出るんだよ!
353: 名無しの探索者
おいおい、マジで!? ミノタウロスとかヤバすぎんだろ!?
354: 名無しの探索者
渚ちゃん、マジでやばくね? 逃げろって!
355: 名無しの探索者
いやいや、これわからせタイムだぞ! ずっと調子乗ってたメスガキがガチで泣く瞬間w
356: 名無しの探索者
シャレになってねぇよ! 誰か助けてやれよ、これマジで死ぬかもだぞ……
・・・
375: 名無しの探索者
なんだこの男!? ミノタウロス倒したwww
376: 名無しの探索者
おいおい、かっけぇ! 一撃でミノタウロスぶった切ったぞ!
377: 名無しの探索者
ファントムwwwwww 名前ダサすぎんだろw 中二病かよwww
378: 名無しの探索者
「ファントムだ」ってwww よくそんな名前名乗れるなwwww
379: 名無しの探索者
お前らバカにしすぎだろwww でも、確かに笑えるわw
380: 名無しの探索者
いやいや、助けたのは事実だし、これで文句言うのはやめてやれ
ファントムwwwwwww
381: 名無しの探索者
ださすぎワロタwww
382: 名無しの探索者
ファントムwwwww 名前のダサさで台無しwww
383: 名無しの探索者
てかこれ、なんか売名っぽいくねぇか? タイミングがわざとらしいわ
マジで助ける気あるならもっと早く助けろっての
384: 名無しの探索者
ほんとな。渚ちゃん可哀想だわ
ファントムがイレギュラー出したんじゃね? 自作自演で助けた感出してんじゃないのか?
385: 名無しの探索者
さすがにそれは無理だろ。イレギュラー出現に関与とかどんな能力だよw
386: 名無しの探索者
ファントム批判してるやつ、頭悪すぎ。助けてもらっただけ感謝しとけよ。
387: 名無しの探索者
マジでそれ。自己責任の探索者がただで助けてもらってんだからな
388: 名無しの探索者
でもさ、もうちょっと早く助けてやれたらよかったんじゃね? これで売名とか言われるのは仕方ない
389: 名無しの探索者
何も仕方なくないだろ……
助けたってのが事実なんだから、それでよくね?
390: 名無しの探索者
そりゃあ渚ちゃん無事で良かったけどさ、やっぱファントムの登場が遅すぎたのが気になるんだよな……
391: 名無しの探索者
ほんとだよ。ファントム(笑)がイレギュラー出したんじゃないかって疑っちまうタイミングだわ
392: 名無しの探索者
マジで言ってんの?
393: 名無しの探索者
マジだよ
なんで渚ちゃんが泣く前に助けねぇのか意味わからん
394: 名無しの探索者
助けてくれたことには感謝しようぜ。タイミングが遅いのはともかく、渚ちゃん無事なんだし
395: 名無しの探索者
なんやねんこのスレの流れ
俺も探索者やってっから分かるが、イレギュラーを意図的に操れるわけねぇし……助けてもらっただけでも感謝するべきことなんだが
396: 名無しの探索者
探索者やってる自慢いらないので帰ってくれます?
397: 名無しの探索者
おうおう去れ去れw
お前ひとりいなくなってもなぎさ団に影響ないから(笑)
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