第38話


 ……時間をかければかけるほど、敵が強くなっていく。

 必死に抵抗していたジェネラルゴブリンへ斬撃を放って仕留めるが、その隙に別の魔物が迫ってくる。


 オークやオーガ――その巨大な体格と猛々しい力が、まさに地鳴りのように迫りくる。

 オーガが鉄を振り回してきて、慌てて回避しようとしたが、膝が沈む。

 

 ――疲労だ。


 こいつらは毎回新しい個体が元気よく現れてくるというのに、俺は呼吸を整える暇もない。

 それでも、根性で大きく跳躍し、グラビティで体を動かせて、大きく呼吸を行う。

 ……もちろん、ゆっくり息をしている暇などない。

 最初に息を吸ったタイミングで、すぐ魔法が俺を狙うように飛んでくるし、少しでも外へと繋がる入口から距離をとれば、魔物たちがそこから出ようとする。


 入口へと戻り、すぐにオークを仕留める。

 瞬時に足を踏み込み、全身に力を込めて、空気を切り裂くように一気に加速する。

 【瞬足】と合わせた一撃で、迫っていたオーガの足元に入り込み、全力で大剣を振り抜く。


 生み出された近距離での斬撃が、オーガの膝を砕いた。

 巨体が崩れ落ちる。それを盾にするようにして、遠距離からの魔法を誤魔化す。

 魔法が終わったのを確認し、【索敵】を使って最優先で魔法を使う個体を処理しに向かう。

 上空に跳び、高速で飛行し、マジシャンゴブリンたちを切り裂く。

 

 ――魔力が、減ってきている。


 ここまでの強敵との連戦を行ったことがなかったため、初めて、自分の魔力の底を理解し始める。


 それでも、スキルを使わなければ……こいつらを足止めすることはできない。


 ……俺はその場で無数の魔物たちに囲まれながら、次々と持っていた武器を振り回し、その数を減らしていく。


 今度は背後から……さらに一回り体が大きくなったミノタウロスが斧を振り上げた。

 まだ、個体が強化されているのか。

 巨大な斧が振り下ろされる瞬間、俺は【瞬足】を使ってその場から離脱し、ミノタウロスの背後へと回り込む。


 力を込めた一撃をミノタウロスの背に叩き込む。巨体が崩れ落ちる音が響き渡った瞬間だった。


「ぐ!?」


 倒したと思っていたミノタウロスが持っていた斧を振り回し、俺は回避が間に合わず、吹き飛ばされた。


 個体が強化されたせいで、まだ死ぬ寸前まで息があったようだ。

 ……痛む体を持ち上げるようにして、俺は周囲へと視線を向ける。


 ……まだだ。

 まだ、戦わないと。


 目の前には、こちらをあざ笑うかのようにして魔物たちが迫ってくる。

 無数のゴブリン、オーガ、ミノタウロス……。

 倒しても倒しても……本当にきりがない。

 絶望的な状況が広がっているが、俺は武器を握り直して、地面を蹴った。



 俺の大剣がオーガの鎧に深く食い込む。これで――仕留めたはずだ。

 しかし、その巨体はまだ倒れない。信じられないことに、オーガは俺の攻撃を耐え、さらに斧を振りかざして反撃してきた。


 ……どいつも、こいつも、強化されている。


 これまでなら、この一撃で仕留められていたはずなのに、倒しきれない。

 俺の疲労もあって、俺の力はどんどん落ちているというのに、魔物たちは一方的に強化されていく。


 俺は一瞬戸惑いながらも、なんとかその斧を避ける。

 しかし、衝撃波が俺の体を揺らし、バランスを崩した。


 振り返ると、そこにはナイトゴブリンの槍が俺の体を突き刺す寸前だった。

 咄嗟に体を捻ったが――遅かった。槍は肩をかすめ、激痛が走る。


「くっ……!」


 なんとか体勢を立て直すが、目の前にはさらに強力なゴブリンたちが集まってきている。

 異常なまでに強化された個体ばかりしか、もうそこにはいない。


 俺は全力で大剣を振るい、魔法を駆使して反撃を続けるが、その攻撃は次第に通じなくなってきていた。

 剣が弾かれ、魔法は無効化される。何度も繰り返す攻防に、俺の体力も、魔力も急激に削られていく。


 そして――。


 ジェネラルゴブリンの一撃が、俺の剣を弾き飛ばす。反撃しようとする俺の腕は、オークの鉄拳で地面に叩きつけられ、息が詰まるような痛みに襲われた。


「が……はっ……!」


 呼吸ができない。

 目の前がぼやけ、意識が遠のきそうになる。頭の中で必死に立ち上がろうとするが、体は動かない。


 ……もう……ダメなのだろうか。


 その言葉が、頭をよぎった瞬間だった。


 視界の端に、何かが揺らめいた。

 俺は朦朧とした意識の中で、それを捉える。一人の女性――不気味なほどに静かで、冷たいオーラをまとった存在が、俺の前に現れた。


「やっと会えたわ」


 その声は、まるで氷のように冷たく、背筋が凍りつくようだった。白い着物のようなものを身に着けたその女性は、その手に扇子のようなものを持っていた。


 ……俺は必死に首を動かし、彼女を見つめる。

 ……援軍、だろうか?


 周囲の魔物たちが、彼女に怯えるかのように、後ずさっていく。

 俺が視線をじっと向けると、彼女は小さく息を吐いた。


「私の名前はグリードロード」

「……な、んだと?」

「ここに来たのは……そうね、あなたを迎えに来たと言えばいいかしら?」


 グリードロード――その名を口にする彼女は、悠然とした動きで手をかざす。次の瞬間、俺の周囲に異様な気配が広がった。

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