第40話



 彼女は悠然と立ちながら、俺を見下ろす。


「……【強欲】、だと?」


 そのスキルを、俺はよく理解していた。

 ……これまで、何度もお世話になっていた……あの日、見つけたスキルだったから。


「――浮気だわ」


 グリードロードは吐き捨てるようにそう言い放ち、こちらに片手を向けてきた。

 次の瞬間、本能が理解した。

 俺が咄嗟にその場から離脱するように地面を蹴ると――俺がいた場所の地面がめりこんだ。

 【重力魔法】……。

 グリードロードは、近くにいたゴブリンの背中に手を当てると、【瞬足】でゴブリンを打ち出した。


「……くっ!?」


 そんな使い方は、知らなかった。俺は大剣を振りぬく、ゴブリンを両断するが……重い衝撃が、俺の両腕へと襲い掛かる。

 どうする……!?


 スキルを奪われたことへの焦りはあるが、今はあるもので戦うしかない。

 

 これまでのように戦えない。

 今残っているスキルで……まともな広範囲攻撃は【飛刃】と【闇魔法】だけだ。


 ……何を条件に、スキルを奪われている?


 スキルを使うのが条件だとしたら、これらのスキルも、使った瞬間に奪われることになる。

 だが……使わなければ、この状況を打破することはできない。


 もしも、グリードロードが俺と同じように【強欲】を使っているのだとしたら……何をしても、スキルを奪われる……っ。

 グリードロードが再びこちらに片手を向けてくる。

 ……とにかく、立ち止まっていたらやられる。


 すぐに地面を蹴り、その場から離脱する。

 まずは、グリードロードに接近したいのだが、まだ他の魔物もいないわけじゃない。


「邪魔だ……っ」


 声を振りぬき、ダークアローで周囲の魔物たちを射抜く。

 さらに魔法を放とうとした瞬間……魔法が使えなくなる。

 すぐに斬撃を放とうとするが、剣に宿る力が突然失われた。


 ……また、スキルを奪われた。


 今まで使えていたスキルが――グリードロードの力で、次々と奪われていく。

 ……【強欲】は、確かにスキルカードを確定でドロップさせる優秀なスキルだった。

 しかし、あいつの力は……俺のそれとは違う。

 俺の【強欲】とは明らかに性能が、質が違う。


 俺は大剣を握り直し、必死に次の一手を考えていくのだが、目の前に魔物が立ちはだかった。

 大剣で迎撃しようとするが、いつものような切れ味が感じられない。

 【剣術】などのスキルも、奪われているんだろう。

 反応も鈍くなり、魔物たちの攻撃を避けきれない。


「ぐっ……!」


 痛みが背中に走り、俺は転がるようにして地面に叩きつけられた。地面に身体を引きずられる感覚とともに、ファントムの衣装が破け、ボロボロになっていく。

 血が滲み、傷ついた体はもう限界だ――だが、俺はファントムだ。


 俺は転がりながらも、再び大剣を握り、立ち上がろうとする。

 だが、その度に魔物たちが襲いかかってくる。

 まるで俺の体力が尽きるのを待っているかのように、次々と攻撃が繰り出される。

 必死に大剣を振りぬくが、攻撃はかわされ……もてあそばれるように拳や蹴りで痛めつけられる。


 俺は何度も倒れ、地面を転がるが……すぐに体を起こす。


「……終わりかしら」


 短く、冷たくそういったグリードロードが俺の眼前に来ていた。

 大剣を握り直し、すぐに振りぬこうとするが……それはあっさりと扇子に受け止められる。

 冷たく、感情なく見下ろした彼女は……俺の体を蹴りつけてきた。


 ごろごろと転がった俺はうつぶせのまま、顔をあげる。

 ……眼前がぼやけていた。……必死に体を動かし、俺は自分のステータスカードを確認する。


 これまでに集めたスキルの……ほとんどがなくなっていた。

 残っていたのは【強欲】、ただその一つだけ。


 周囲の音が遠ざかっていく。


 ……もう、死ぬのだろうか。

 ……もう、十分時間は稼いだろう。


 スキルは奪われ、魔力もすでにほとんどない。

 こんな状態で今更……俺にできることは何もない。

 だけど……心の奥底では――まだ諦めていない。


「……ファントムは死なない」


 ボロボロになりながらも、俺は大剣を支えに立ち上がる。

 大剣を地面に突き刺し、それを支えにしたまま……かすんでいく視界の中でグリードロードを見据える。

 彼女はじっとこちらを見てくる。

 攻撃は、してこない。

 いつでも、俺を殺せるからだろうか? それとも、最後の俺のあがきを……見たいのだろうか。


 ……俺は小さく息を吐いてから、大剣を強く握りなおす。

 そして――【強欲】を発動した。

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