第16話
ホテルの朝食は、ビュッフェスタイルだった。
俺はドリンクバーからオレンジジュースとパン、それに卵料理を取って窓際の席に腰を下ろした。
……パンをちょっとトースターで温めることもできるみたい。それが楽しくて、パンをかりかりにしてきた。
俺はあまり生活能力がなく、料理もほとんどしないので……朝から温かい料理を食べるなんて久しぶりだ。
そんなことを考えながら周囲の賑わいに目を向けると……目の前に座るグループの話し声が聞こえてきた。
「昨日助けてくれたあの黒い外套の人って、ネットでファントムって呼ばれてる人なんだってね」
びくっとした。……昨日助けたって?
そちらを見ると……確かに目の前にいる人たちは昨日パラライズビーにやられそうになっていた人たちだ。
……良かった、無事戻ってきてたんだ。
一人の問いかけに反応したのは、マスクと眼鏡をかけた女性だ。
「え? 知らなかったの?」
「いやいや、知らないって。昨日、マリアに言われて調べてやっと知ったんだって。良く知ってたね、マリアは」
マスクをつけている女性は、マリアというらしい。……見た目は日本人のようだけど、金髪なんだよね。
染めているのかと思ったけど、もしかしたら地毛なのかも。……ダンジョンで戦闘をしていると髪や目の色が変化する人もいるみたいだから何とも言えないけど。
「……まあね。ほら、渚っていう配信者いるでしょ?」
「えーと……確かダンジョン配信者の? 一回どこかで見たことあるかも」
「そうそう。ちょうどこの前、助けてもらったんだって。私、雑誌の撮影でたまたま会ったことがあってね。それからちょこちょこ配信をみてたんだよね」
「なるほどねぇ」
ファントムに助けられた渚、といえばたぶんあの子しかいないよね。
撮影っていうのは良く分からないけど、綺麗な人だったし何かのモデルとかをしているのかもしれない。
とにかく……三人が元気そうで何よりだ。
唯一の心配も解消されたところで、朝食バイキングを堪能していった。
朝食の後、渋谷ダンジョンでレベル上げでもしようかと思い、ホテルを離れた。
せっかくの休日なので、ダンジョンで狩りをしないのはもったいない。
でも、駅を出てダンジョンの入り口に向かうと、目の前に広がったのは……とんでもない人混みだった。
……昨日よりもさらに人多いなぁ。
ダンジョンの周辺には、探索者らしき人々があちこちに集まっていた。
昨日の時点で平日の東京でさえそれなりに人がいるのは経験済みだけど、今日はその数が倍以上に見える。
これは……狩りどころじゃないかも。
渋谷ダンジョンは駅から近いのもあって、訪れる人が多いんだと思う。
……もう少し、駅から離れたら話は変わってくるかもしれない。
そんなことを考えていると、周囲の人たちの声が聞こえてきた。
「今日の渋谷ダンジョンなんか人多くない?」
「なんだよ、知らないのか? あの海原渚っていう有名配信者が来るかもしれないんだって」
「……え? 確かダンジョン配信者って人?」
「そうそう。まだ高校生なのに、Dランク探索者まで上がってる超実力派のね。ソロで活動することも多いみたいだから、実際の実力はCランク探索者くらいはあるかも」
……なるほどね。
ということは渋谷ダンジョン付近に集まっているのは……もしかしたら海原さんのファンたちなのかもしれない。
「でもなんでまた渋谷ダンジョンに? もっと別のダンジョンあるでしょ?」
「ふっふっふっ。それがな。昨日、渋谷ダンジョンにファントムが現れたらしいんだよ!」
ぶっ!?
ファントムって……俺以外にいなければ間違いなく俺のことだろう。
もしも、彼女らの話す内容が本当だったら……こんなに人が集まってしまったのは俺のせいってこと?
ていうか、どこからそんな情報が漏れたんだろう……いや、でも……今の時代だいたい皆SNSやってるから、昨日助けた三人の誰かが発信したのかな?
俺は、そういうのほとんどやらないので……知らないんだよね。
「ファントム、ねぇ……」
「そうそう。私もファントム見てみたくて、今日は渋谷ダンジョンに行こうって誘ったんだしね」
「あんたもかい」
「まあまあ。本当にいるのか一度見てみたいじゃん? 昨日、モデルさんがなんかパラライズビーに襲われているところを助けてもらったみたいなのよ」
……やっぱり、そこからかぁ。
「はいはい。まあ、ただダンジョンに潜るよりも楽しそうだからいいけどね」
……なるほどぉ。
もしかしたら、ファントム目当ての人も少しくらいはいるのかもしれない。
……ファントムが人気になるのは別にいいんだけど、それでたくさんの人に注目されると正体がバレる危険が出てくる。
ファントムは、強くてかっこよくて、正体不明でなければダメなんだ。
……もっと、気を付けないとね。
ファントム目当ての探索者の人たちには悪いけど、今日は別のダンジョンに行こうか。
この状況ではまともに魔物も狩れないだろうし、別のダンジョンを探索した方が良さそうだね。
そう考えながら、俺はその場を離れることを決意して、ダンジョンから離れてビルが並ぶ歩道を歩いていった時だった。
雑踏から……突然の悲鳴が響いた。
「キャーッ! ?」
「ちっ、どけ!」
「な、なんだ!?」
「え!? ひ、ひったくり!?」
え……?
周りがざわつき始めた。何が起きたのかをすぐに察する。
誰かが言った言葉を示すように、カバンを盗んでいったひったくり犯がいた。
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