第13話

「山麓の洞窟」は、ほぼミハルの記憶通りだった。

 単純な迷宮と低ランクの魔獣。宝箱の中身は特に珍しくもない道具類。

 気になったのは、「洞窟に入って戻らない者がいる」という報告があったにも関わらず、内部に遺体や遺品のようなものが無いことだった。

(ゲームでも、宝箱やアイテム以外は落ちてなかったけど…)

 遺体は、魔獣のように「吸収」されたのか。それとも…。


 ギルドに報告する義務があるので、ミハルは、探索しながら、各階層のマップや宝箱の位置、出現する魔獣など、自分の記憶と照らし合わせながら、すらすらとメモやスケッチを取っていく。

 途中、魔獣が襲ってきても、ライトが対応してくれるので、邪魔をされずにメモを取ることができた。

 その魔獣がどこから出てくるのか、ということは、とりあえず考えない。今後も考えないかもしれない。


 息をするように魔獣を蹴散らすライトを見て、

(肩慣らしにもなってない)

 と、ミハルはS級冒険者の凄さを改めて感じていた。

「さて…」

 二人は九階層の突き当たりにいた。

 ライトが、じっと目の前の扉を見つめる。

 石でできた少し大きな飾り扉は、扉の先が今までの階層とは違う、ということを示しているようだった。ゲーム通りなら、この奥はボスフロア、つまり最下層だろう。

(ここのボスは「ホブゴブリン」だったはず…)

「ゴブリン」は人型の魔獣で、人間よりもかなり小さい体躯をしているが、力が強くてすばしっこく、集団で行動する。繁殖のために人間の女性を拐ったり、襲ったりすることから、忌み嫌われている魔獣だが、ローサ周辺で見かけたという報告はなく、ミハルも実物を見たのは今日がはじめてだった。洞窟内では三~五体くらいの小集団で現れ、その度にライトの大剣によって、派手に薙ぎ払われていた。

「ホブコブリン」も、ゴブリンの一種で、可、打の大きさや力の強さなど、ゴブリンよりは能力が上ではあるものの、上位種というよりは、種の中で、より大きいものがそう呼ばれているだけでは?と、ミハルは思っている。

 ゴブリンと比べ、腕力や素早さは向上している。しかし、知能にはそれほど差がなく、ゴブリンの集団に混ざって出現することが多い。初心者にとっては強敵だが、S級の敵ではないだろう。

「このまま、進んで良いと思うか?」

「はい。ライトさんがいれば」

「では、行こう」

 重い扉を開けると、そこは石畳の、そう広くない部屋だった。正方形の部屋の四隅には篝火が焚かれ、奥は低い舞台のようになっていて、その舞台上には、ミハルの予想通り、胡座をかいたホブゴブリンの姿があった。

 ホブゴブリンはこちらを見て口角を上げる。大きく開かれた口の中で、黒っぽい舌が虫のように蠢き、口の端からダラダラと涎が垂れた。股間の逸物が、腰巻きからちらついているのが見苦しい。

「ホブゴブリン、だな…」

 ライトはうんざりしたような顔をした。ミハルが、

「俺はじめて見ました。やっぱりゴブリンよりかなり大きいですね…」

 ミハルは素早くメモを取り、目測で体長をはかる。予想していたより、大分大きい。

「ライトさんは、討伐経験はありますか?」

 そう尋ねると、

「ああ、何度か…ただ」

 忌々しげにライトが言った。

「あいつはその時のやつらより、かなり大きい…」

「え?」

「姿形はホブゴブリンだがな」

「まさか、狂化…?」

 ミハルの言葉に、ライトは頷いた。

 瘴気は感じないが、確かに魔素の濃度は高いように感じる。

(ダンジョンがそもそも「魔素だまり」だから?)

思案するミハルに話しかけるように

「ぎっ!」

 と声をあげ、ホブゴブリンはニチャア、と目を細めて笑った。

「うわぁ…」

(目ぇ合っちゃった…)

 思わず顔を上げたために、バッチリ目が合ってしまいミハルはぞわぞわと鳥肌がたった。

 ホブゴブリンが舌なめずりをして立ち上がる。

「ぎぎっ」

 嬉しそうな声を上げるホブゴブリンの股間が、腰巻きを持ち上げるほどに昂っている。

(え、なんで?!)

「気に入らないな…」

 ライトが何か呟いた。

「ミハル、下がっててくれ」

(え?なんか怒ってる?)

「ぎっ…」

 ホブゴブリンが尚も声をあげ、ライトは大剣を構える。

 その瞬間、ホブゴブリンが、手にした石斧を振り上げ、こちらに向かって襲いかかかってきた。

(早い…!)

 巨体に似合わず、ホブゴブリンの動きは俊敏だった。

 しかし、ライトは顔色ひとつ変えず、先程までゴブリンの集団にしてきたのと同じようにホブゴブリンを打ち払う。もう一撃、さらに一撃を与えられ、ホブゴブリンはあっけなく倒れた。断末魔の悲鳴を上げる間もなく、

「ぎっ……!」

 と、一声発したかと思うと、たちまち動かなくなった。

 あっという間の出来事にミハルは一瞬呆けたが、ライトは、そんなミハルを振り返って、

「採集はどうする?」

 と、いつも通りに問いかけてくる。ミハルは、はっとなって、

「いえ、狂化したも魔獣の素材は、特別な容器が必要なので」

「分かった」

「ライトさん、浄化クリーンを」

ミハルは、ライトと、ライトの大剣にこびりついたホブゴブリンの赤黒い血を浄化する。

少しして、ホブゴブリンの遺体が消えた。それと同時に、奥の壁に扉が現れた。それは今までのものと比べると、ずいぶん簡素な作りの扉だった。

「これは…」

(ボスを倒した後にだけ現れる、『転移の扉』だ。今回、『ドロップ』はなしか…)

「ライトさん、行きましょう」

「?あ、ああ」

 ミハルは、ライトの手を取って、新しく現れた扉を開き、足を踏み入れた。

「!」

 一瞬光に包まれたかと思うと、二人は、洞窟の外に立っていたのだった。

「洞窟の入り口…」

 ここまではほとんどミハルの記憶通り。狂化したホブゴブリン以外は。

 ライトはまだ、信じられないといった様子だ。

 見ると、太陽はまだ高い位置にある。午後に差し掛かったところなのだろう。

「帰りましょう。情報を整理しないと…。一応村長へも報告しましょうか?」

「ああ、その方がいいだろう…」

 ライトは複雑な表情をして、ミハルを見つめていたが、ミハルはそれには気付かず、二人は、村への道を戻り始めた。


















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