第6話

◇◇◇◇


「それ、もしかして『Another World』っていうゲーム?」


休憩室で、後輩と話しているときに話しかけてきたのは、広報部の若き部長だった。

経営者の親族だという「彼」は、他社での勤務を経て、一昨年、重役候補として招かれ、昨年部長に就任した。

はじめに注目されたのは、その経歴とモデル並みに整った容姿だった。若い社員達が色めき立つ一方で「七光り」「見かけ倒し」と陰口を叩く者もいた。

海外留学の経験から語学が堪能で、物の見方や考え方が柔軟。人脈も広い。「彼」は、会長や社長ら、会社の重鎮がこぞって相好を崩すほど、仕事で結果を出していき、いつしか陰口も聞かれなくなっていった。

部の飲み会に顔を出すなど気さくな性格もあって、瞬く間に社員の支持を得ていった。

だけど、ほとんど接点もなかったから、「自分とは住む世界の違う人」だと思っていた。それなのに、その異世界の住人が、向こうから話しかけてきた。


「…甥っ子にせがまれてアカウントを作ったけど…。甥っ子にも私にも難しくて、ずっと放置してるんだ」


一瞬身構えてしまったものの、好きなもののことを尋ねられると、普段より口が軽くなるのはオタクの特性みたいなものだ。部長に真剣な表情で聞いてもらえたことで益々言葉が滑らかになったように思う。


「そんなに面白いんだ…。ああ良かったら、私と一緒に…って、これじゃ、パワハラになるか?断りづらいよな、上司から言われたら…」


本気で焦っている「彼」の姿が、部長という肩書きと似合わなくて、思わず吹き出してしまった。「一緒に」という、その申し出をつい了承してしまうくらいには、その時は身近に感じられた。

部署は違っても相手は部長。はじめは了承したことを吐くほど後悔したが、ゲーム内では、どうしてもヘビーユーザーと初心者、立場が逆転する。一緒にゲームをするうちに、緊張はほどけ、距離は縮んでいった。すると、ゲーム内だけではなく、時々休憩室に現れる彼と、実際の言葉を交わすことも増えた。

実は同い年だとか、同じ大学に通っていたことがあるとか、絶対にないと思っていた共通点も見つかった。トマトが好きだとか、家事が一切できないとか…。そういった部分を知って「なんだか可愛い」という感情も湧いて。


「…今から、飯にでも行かないか?その…ゲームが面白くなってきて、直接話したい、というか…。ああ、こういうの『オフ会』って、言わないのか?オフ会をしよう!」


「オフ会」と名付けた二人の時間。

もしかして…?いや、でも…。だけどやっぱり、これって。


「…君が好きだ。同じ気持ちだと思ってたんだが…違うかな?」


住む世界が違うと思っていた。そんな人と言葉を交わして、共通の趣味を楽しんで、それだけでも、夢みたいだったのに…。同じ思いを抱いた。


「一生、そばにいてくれ…」


そんなことは、到底許されない。きっといつか、別の誰かを選ぶ時がくる。夢が覚める日がくる。そんなことは分かっていたけれど、頷かずにはいられなかった。それは自分の希望でもあったから。

彼を自分のものだと感じていたい。独り占めしていると思いたい。せめて「その時」が来るまでは。

愛された思い出を残したかった。彼の中に少しでも自分のことを刻みたかった。


◇◇◇◇


ミハルは、目を覚ました。

頬を濡らす涙に気づいて、ゆっくりと指で拭う。


「久しぶりに見た…」


前世の夢。

昨日の、ライトとのやり取りやディーのからかいが影響しているのだろうか。

胸元に揺れる指輪を握りしめる。その指輪はいつしかミハルの心の拠り所になっていた。

(中途半端な終わり方をしてしまったけど…。あれから、「彼」はどうなっただろう?…相応しい相手と、新しい関係を築いたりしているのだろうか…?)

時期社長候補と言われていた彼には、彼に相応しい女性との見合い話もたくさんあった。

「アキヒト…」

思わず「彼」の名前を口にし、ずきん、と胸に痛みが走る。ミハルは胸元の手に更に力を込め、傍らの椅子にかけられたブランケットを見つめた。

(今朝は少し冷えるな…)


◇◇◇◇


今日もミハルは忙しく立ち回っていた。


ゲームと現実は違うが、前世でゲームをやりこんだミハルは、冒険に役立ちそうな知識も豊富で、このところ冒険者、特に新人達から助言を求められることが増えている。実際にゲーム内で初心者の補助をした経験からか、「助言が的確」と評判になっていた。

助言はできるが、冒険のことは冒険者から教えを乞うべき、という思いもあって、新人やソロの冒険者に一時的にパーティーを組ませるなど、冒険者同士の仲介なども行っている。

ローサ支部では、冒険者の傷病率、死亡率が他の支部と比べて圧倒的に低い。依頼の成功率も上昇している。それは、そういったミハルの働きが大きく功を奏していると言えた。

(俺、サポートする方が性に合っているみたいだ)

前世、サラリーマンだった時は総務部庶務課に所属していた。営業部や広報部で華々しく活動するより、データの打ち込みや資料作り、経理や人事の調整など、そういった仕事の方が自分には合っていたと思う。

(今もおんなじようなことしてる)

その頃の自分を振り返って苦笑いしつつ、最近、やたらと前世のことを思い出すなぁ、と感じた。



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