第7話

「ミハル、おはよう」

「ライトさん」

 朝一番の慌ただしさが落ち着き、ミハルが一息ついたところで、ライトが姿を見せた。

「おはようございます」

 ライトと会うのは、あの日、食堂で会って以来だ。と言ってもほんの数日前だ。

「依頼ですか?買い取りですか?」

「ミハルの顔が見たかったから、ついでに何か依頼がないか見に来た」

(依頼がついでって…)

 ライトの言葉に呆れるが、その微笑みと台詞に顔が赤くなってしまう。それを誤魔化すように、

「…先日の討伐の疲れはないですか?」

 と受付係らしく、体調を確認する。

「言ったろう?この前の討伐は、思った以上にスムーズだった。ミハルの助言があったからな。まあ、楽勝だったとは言わないが」

「俺は何も…」

 討伐依頼が出たとき、ライトが「コカトリスとは相性が良くない」と話していたのを聞いた。

 コカトリスは鶏のような本体に尾の部分が蛇になっている魔獣だ。近付くものに、石化の視線や毒の牙といった攻撃を繰り出し、状態異常を引き起こす。ライトは「直接攻撃が得意」というから確かに相性が悪いだろう。

 本体は鶏の方と言われているが、尾の蛇も意思を持つ。その蛇は気性が荒く、可動域も広い。その牙から発せられる毒は周囲の草木も枯らしてしまうほど強力だ。

 ミハルは、前世の知識から、

「蛇…。爬虫類なら低温に弱いんじゃ?」

 そう考えた。氷魔法で、直接ダメージを与えられなくても、動きを抑えることならできるかもしれない。確証はなかったが、ライトには一応その可能性を伝えた。

 そして、その予想が的中した。氷魔法を集中させるとヘビの動きが鈍り、やがて休眠状態に陥って毒の息を吐かなくなった。その隙を狙って本体から尾を切り落とし、素早く浄化の炎で焼き払ったのだという。

 尾を失った本体は岩壁に囲まれた場所に追い詰め、雷と炎魔法で仕留めることに成功した。戦いが長引かなかったことで、毒に侵された水場や瘴気の発生源の浄化作業も滞りなく行えたのだそうだ。

「…お役に立てたなら…。でも、やっぱりライトさんはじめとする討伐隊のみなさんの実力によるところが大きいです」

「まあ、それはそうだが…」

「ふふ」

 謙遜とはほど遠いライトの態度に思わず笑ってしまう。以前は、その態度が鼻についていたはずなのに、今は「正直で嘘がない」と思えるから不思議だ。

 ライトも表情を緩め、目を細めた。

「…まだ、それを使っているのか」

 三角に折り、ストール代わりに羽織っているブランケットのことだ。

「…ええ、今朝は冷えたので」

 赤ん坊の自分をくるんでいたブランケット。ずっと使ってきたので毛羽立ちが目立ってきた感じはある。しかし、愛着があるのだ。

「『大好きな人』からの贈り物…」

 ライトが呟いた。改めて言葉にされると、少し気恥ずかしく、なんだか気まずくて、思わず目線を下げる。ライトがこちらに眼差しを送っていることを感じ、ミハルはまた、頬が熱くなった。


 ◇◇◇◇


「新しいものを贈ろうか?」

 昨年の今頃のことだ。最近、ローサを拠点とするようになった冒険者から、声をかけられた。

「ずいぶん、古いようだが」

 ミハルのブランケットをまじまじと見ながら笑っている男を見上げる。

 ギルドに勤めている以上、その男が「A級の大剣遣い」であるということは知っていたが、言い方が鼻についたので、

「いえ、結構です。そんなことをしていただく理由がありません。親しい間柄でもありませんし」

 最後の言葉を強調しつつ、ミハルはとびきりの笑顔で拒否する。

「…つれないな。最近、よく顔を合わせているだろう?」

 ライトが苦笑いで返す。

「ギルドの受付と冒険者の方が顔を合わせるのは当然では?」

「それはそうだが… 」

 ライトは、カウンターに片肘をついて顔を寄せる。

「…口説こうとしているんだ」

 さらに顔を寄せ、ブランケットに触れようとするライトから身を守るように、椅子を後ろに引く。そのままミハルは済ました顔で、

「仕事中です。そういったご用件は承れません」

 そう言った。

「お気遣いは無用です。これは、俺の『宝物』なので、新調するつもりはありません」

 ライトから視線をはずし、ブランケットに触れる。その暖かさに少し頬が緩む。

「宝物?」

「ええ、『大好きな人』からのプレゼントです」

 冗談だと分かってはいたが、「口説いている」という言い方をされたので、わざとその言葉を返した。周囲もミハルの言葉にざわついていたが、ミハルは気付かない。

 実際、このブランケットは、好きな人からのす…恋人からのプレゼントだ。前世の、ではあるが。

「…大好きな…?」

 とライトは目を見開いた。呆けたように、ミハルの言葉を繰り返す。

「はい、そうです。…ご用がないのでしたら」

 お引き取りを、というミハルの言葉に被せて、ライトが尋ねてきた。

「…それは、恋人か?」

 先程までとは打って変わったライトの真剣な顔に、一瞬ミハルは怯みそうになる。しかし、

「っ…。その通りです。それが何か?」

 はっきりと肯定する。自分を睨み付けるようにするミハルを、ライトは眩しいものでも見るように、目を細めた。

「そうか…。今日は、引き下がろう」

「…」

 ずいぶん不躾な視線を送ったと思う。

(何しに来たんだ?この人…)

「しかし、諦めない」

「!」

 そう言って、ミハルの手を取り、指先に唇を寄せ、するりとその手を話すと、ライトは颯爽とその場を離れていった。

(セ、セクハラ!)

 突然のライトの行動に、ミハルは何も言えず、何もできず、ただその背中を呆然と見送った。


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