第8話

 あの日から、やたらとライトに声を掛けられる。しかも、挨拶を交わす程度ではない。

「ミハル、おはよう。今日も愛らしい」

「ど、どうも…」

 歯の浮くような台詞とまっすぐな視線を向けられ、手を取られて唇を寄せられる。

 前世の、日本人としての意識が根強いミハルは、こういったスキンシップに居心地の悪さを感じてしまう。

「新しいブランケットを贈らせてくれないか?」

「いえ、本当に結構です。まだ使えますから」

「相変わらずつれないな…。そういうところも可愛らしいが…」

(勘弁してほしい…)


「超イケメンのAランクに口説かれてるんだってぇ?」

「…は?」

 友人のディーが、瞳を輝かせて顔を覗き込んでくる。ホットドッグにかぶりつこうとした口のまま、ミハルは動きを止めた。

「何?え、誰が?なんだって?」

 ホットドッグをトレーに戻し、ディーに聞き返す。ディーはくすくすと笑った。

「噂だよ~?『今回は、さすがのミハルも満更じゃないようだ』って。S級昇格間近って言われてる人なんでしょ?」

(さすがのミハルも、って…?え?「今回は」?は?「満更じゃない」?)

 色々と、頭が追い付かない。

「ちょっと待って、ディー。どういうこと?」

「ちょっとぉ…」

 ディーが呆れた声を上げた。が、親切な友人は、困惑するミハルに丁寧に説明をしてくれる。

 ライトがミハルを口説いている、という話はギルド中のみんなが知るところなのだという。

「俺、初耳なんだけど…」

「え、かなりあからさまだって聞いたけど?」

 ディーは、実際にライトと会ったことはなく、情報源は周囲の噂だけらしい。ミハルはディーに乞われるまま、先日のことやここ最近のライトとのやりとりの様子を話すことになった。

「え~!?『新しいものを贈らせて』なんて、『俺を新しい恋人にして』ってことじゃん!周りへの牽制がすごいって聞いてたけど、ホントだったんだ…」

「俺は、むしろ『軽い嫌がらせ』くらいに思ってた…」

 ミハルが、居心地の悪い思いをしているのを分かって、ライトがわざとやっているのだと。

(「牽制」?なのか…?)

 ミハルが首を傾げていると、

「…え~、ちょっと気の毒…相手の人…」

 ディーは、ミハルを口説いている相手に、心底同情しているようだったが、ミハルの方はただ困惑するばかりだった。

 ディーがため息をつきながら、

「あれから、ミハルのこと諦めたって人も多いんだよぉ?たたでさえミハルの背後には、『ギルド『最高』が控えてるのにさぁ…。けど、ライトさん?だっけ?みんな、あいつこそ、『真の勇者だ』とか言ってた~」

 ディーはくすくすと笑っている。ミハルはそれを聞いてもまだ首を傾げていた。


 本人は気づいていないが、ミハルは老若男女問わず、まるで前世でのアイドルのような人気がある。この世界では珍しい髪や瞳の色から注目されやすい上に、華奢な体格で、可愛らしい童顔だからだ。

 また、ギルドの受付では、ミハルの親切や笑顔を、自分に向けられた好意と勘違いし、恋心を抱く者が後を絶たない。ミハルの背後に、最高責任者のギルドマスター、ガンツという養父の存在が見えると、気後れして思いを告げられないものが大半だが、時々、力ずくでミハルを手込めにしようとする不埒な者もいることはいる。だが、そういう輩をミハルは、それが恋慕と気づかないまま返り討ちにしている。

 元S級冒険者ガンツの養子むすことして、安穏と過ごしてくるはずがない。物心ついてよりずっと、そして、ガンツが右腕を失った十年前からは一層、ミハルなりに努力は重ねている。

 前世が影響しているのか、通常、魔法は精神が安定する十二、三歳ごろから使えるようになるらしいが、ミハルは七歳で使えるようになった。今では町の外にいる獣や下級魔獣くらいなら、一掃できる程度の技量と魔力を有している。

 体質的なものか体はどう鍛えても華奢なままだが、自分の身を守れる程度の体術や短剣の使い方だって身に付けている。だからこそ、ガンツも小さいミハルを置いて冒険に出られていたのだ。

 ミハルの身近な者たちはそれを知っているが、この町出身ではない冒険者は、ミハルのその容姿から力量を見誤って、大概痛い目に遭っている。


 ミハルは、はたと気づいた。

(そう言えば、ライトさんには、簡単に手を取られちゃうんだよな…)

 ライトにはなぜか隙がなく、気付いたら手を取られ、口づけまでされてしまっている。

「…やっぱり、A級の実力ってすごいんだな…。俺、避けられないんだ、あれ」

「え、そっち?!…え~、やっぱり、少し気の毒かも…」

 ディーがまた、呆れ声をあげた。


 ディーに言われ、さすがにミハルも、ライトを意識するようになっていた。

「やあ、ミハル」

 受付カウンターにライトが現れると、つい身構えてしまうが、業務だと言い聞かせ、冷静に対応するように努めている。

「…おはようございます、ライトさん。クエストですか、買い取りですか」

 できるだけいつも通りを心掛ける。

「ライトさん…?」

「今日も綺麗だな、髪も瞳も…」

 また、簡単に指や髪を、その手に触れさせてしまう。

「す、すいません。…こういうのは控えていただけませんか?その、みんなが見ていますし…」

 思いきって訴えれば、

「見ていないところなら良いのか?大胆だな、ミハル。じゃあ、今夜、二人で会ってくれるか?」

「そ、そういうことじゃありません!」

 揚げ足を取られ、

 思わずムキになってしまう。

 討伐のみならず、おそらく色恋の方でも百戦錬磨であろうライトは、ミハルのそういった姿さえ、

「はは、怒った顔も可愛らしい」

 と、軽く受け流している。

(話が通じない…)

 全てそういう方向に持っていかれ、ミハルはそれ以上何も言えなくなる。

 だが、心から嫌なわけではない。そんな自分にも気付いていた。


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