第9話
ギルドマスターの執務室で、ガンツとライトが向かい合っている。
「…了承するなら契約書にサインを」
「ああ、了承する」
狂化魔獣討伐の一件で、ライトはS級昇格の権利を得た。ライトが執務室に通されたのは、昇格の意思確認と、必要な手続きのため。そのはずなのだが。
(睨み合ってるようにしか見えない…)
応接テーブルを挟んで向かい合う二人からは、怒気?殺気?のようなものが感じられて、ミハルまで、肌がピリピリしていた。
「ギルドカードをお預かりします」と、ライトからギルドカードを受け取り、魔方陣が描かれた羊皮紙をライトの前に置いた。
「では、ライトさん、ここに…」
ミハルに促され、ライトはナイフで指先に傷をつけると、流れ出た血を魔方陣の中央に垂らす。ミハルが呪文を紡ぐと魔方陣が輝きはじめ、ライトの血が文字となって浮かび上がっていく。少しして、ゆっくりと魔方陣の輝きが小さくなり、完全に消えた時には、羊皮紙の上には、文字が整然と並んでいた。
「…完了です。こちらの契約書は、ギルドで保管し、ライトさんのカードにも記録されています」
ミハルが丸めた羊皮紙を筒にしまい、封印を施したのを見て、ライトが瞠目した。
「…ローサ支部では、『契約』や『封印』まで受付係の仕事なのか?」
「いえ、通常はしません」
ミハルは事務的に答えた。
受付業務の合間に、担当職員が急病だとかで、ガンツに呼び出された。受付業務だけでもやることが多いのに、ミハルはこうして誰かの穴埋めに駆り出されることが多い。ガンツも、身内には頼みやすいのだろう。
ライトの指先に目をやり、ミハルは小声で呪文を紡いだ。
「…」
ライトの指から、傷や血の痕が消えていく。
「ほう…」
それにもまた、ライトが感心した表情を見せた。
「…深く切りすぎです」
「…ありがとう」
いつものように、ライトに手を取られそうになるが、
「おい」
ガンツがそれを制止した。
「…これで、お前さんもS級だ。…励めよ、ライト」
「ああ」
S級。最高ランクの冒険者となると、様々な特権が得られる代わりに、義務や制約も生じてくる。先程の契約は、そのためのものだ。
「ランクアップの件は以上だ」
ガンツの言葉を聞いて、ミハルは後片付けのために立ち上がった。
「…で、こっからは完全に私事だがな」
ガンツは前のめりになって、ライトの顔を覗き込んだ。
「なあお前、うちの息子、どうするつもりだ?」
「は?」
尋ねられたらいとではなく、ミハルがガンツの言葉に疑問符を投げ掛ける。
「できれば一緒になりたいと思っている」
「はぁ?!」
答えるライトにも疑問の声をあげる。
「ほう…?」
「まだ口説いている最中だ」
「…そうか」
「ちょ…」
ガンツは、少し考えて、にやりとした。
「…一筋縄じゃいかねえぞ、こいつ」
「ああ、分かっている」
ライトも同じように口の端に笑みを浮かべた。
「ちょっと!」
なぜか、二人は相通ずるものがあるらしく、ミハルの声は届いていないみたいだった。話題の中心であるはずのミハルが、なぜかこの場で一人、置いてけぼりにされている感じだった。
◇◇◇◇
ローサの東にあるシンガ村から、「不思議な洞窟」の報告があったのはそれから間もなくのことだった。
村人がたまたま見つけたその洞窟は、苔やキノコ類、薬草などが豊富に生い茂っていて、強い魔獣もおらず、はじめのうちは、村人も喜んでそこに採集に出掛けたのだという。ところが、そのうち、「洞窟に行く」と言ってでかけたまま、帰らないものが出た。村の有志が捜索のために洞窟内を調べたところ、最奥に扉が見つかった。洞窟の中に不相応な扉の存在は憶測を呼び、村人はその洞窟を「鬼の棲み処」と呼んで、「甘い罠で人を誘い込み、食っている」などと噂した。ほとんどのものが近付かないようにしている中、稀に「度胸試し」と称して入り込み、やはり行方が分からなくなるものもいるのだという。そのため、村長がギルドに調査を依頼してきたのだ。
(大型アップデートかな…?)
ギルドの会議で、その話を聞いたミハルは思わず心の中でそう呟き、
(そんなわけないよね)
すぐさま否定した。
ゲームが配信されて少し経った頃、ユーザーの増加に伴い、マップの拡張という大型アップデートが実施された。その際ユーザーの要望もあって、ダンジョンが追加されたのだ。
「…まさかね」
ここは、ゲームの世界ではない。
しかし、国中のギルド支部からも同じような報告が数件あり、大型アップデートのようなことが起きている、と実感せざるを得なかった。
そして、王都にあるギルド本部から、「至急調査、報告」と、各支部に通達されたのだった。
◇◇◇◇
「は?」
ミハルは、ガンツの言葉に耳を疑った。
「聞こえなかったのか?帯同者はお前が良いとよ」
「理由を聞いてんの!」
ガンツは「さあなぁ」と、めんどくさそうに首を振る。
「俺、冒険者登録してないから、ローサ《ここ》から旅に出るのに面倒な手続きあるけど…?」
魔獣が存在するこの世界では、国、町や村、が壁に囲われている。一般住民は、出入り、特に入国が厳重に管理されているのだ。
「受付係に言やあ、すぐに、ギルドカードを作ってくれるさ」
「俺だよ!」
「ああ、そうだっけか?」
とぼけた顔でガンツが頭を掻く。冒険者や商業のギルドに所属した際に発行されるギルドカードは、身分証明がしやすく、持っていれば、入出国に関わる面倒な手続きは不要になる。そのかわり、違反行為が見つかったときの刑罰は一般人より、ずっと重い。
「…ミハル、こりゃ、決定だ」
ギルドマスターの命令に、職員は基本的に従わざるを得ない。
「~~っ!わかりました…!」
「苦虫噛み潰してんなぁ」
ガンツが愉快そうに笑った。
冒険者ギルド、ローサ支部では、「不思議な洞窟」の調査をS級に昇格したばかりのライトに要請した。
そのライトが、ミハルの帯同を打診してきたのだ。こういった調査には、記録係としてギルドの職員も同行することも多いが、その場合「元冒険者」という経歴のある職員であることがほとんどだ。
多少、体術や魔法が使えたところで、冒険未経験者、しかも受付係が帯同を求められることはまずない。
「あ…」
(これ、もしかしてNPCが仲間になる、あのパターン…?)
ミハルは、ゲームの隠し設定を思い出した。そう思ってから、
(いや、そんなに好感度は高くない)
と、NPCがプレーヤーの仲間になる条件も思い出す。
(俺の意思、ほぼ、無視とかありえないし)
しかし、こうなっては仕方ない。渋々ながら、ミハルは同僚立ち会いのもと、自分で自分のギルドカードを作成した。そのカードをまじまじと見つめる。
(まさか、冒険者登録をする日が来るとは)
名前は前世でゲームにログインしていた時と同じだ。
ーミハル、ギルド職員、魔導師、ランクFー
「え?」
(俺、魔導師なんだ)
ちなみに前世では「魔法剣士」だった。
「ギルド職員」というのは自分で書き込んだものだが、「魔導師」というのは、カードに血液を滴し、自分の特性や情報をもとに導きだされる「適性職業」だ。
さっきまで嫌々だったはずのに、ちょっと胸が踊っていることに気付いて、ミハルは自分自身に少し呆れた。
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