第15話

「信じてもらえなくても、仕方ないことですが…」

 ミハルの肩に置かれた手が一瞬ぴくりとなる。しかしライトは何も言わず、ミハルもそのまま話し続けた。

「物心ついたときにはもう…」


 前世では、サラリーマンだったこと。会社で階段から落ち、打ち所が悪く、前の人生を終えたらしいこと。赤ん坊の姿で転移し、ガンツに拾われたこと。

 この世界は、前世で好きだったゲームの世界観そのままだということ。

 ゲームはかなりやり込んでいたから、知識は豊富で、今の仕事にも役立っている部分が多いということ…。


「前世、ゲームの中で、ガンツ《父》と俺は、ギルドマスターと冒険者で…。俺、ガンツから、その時に聞いてたんです、右腕のこと。『若い頃ヘマしちまった』って。でも俺、何もできなかった」


 その時のことは今でも後悔している。だからせめて、ガンツの助けになりたいと思ったこと。だから、冒険者ギルドで働くようになったこと。


 できるだけ順序立てて話した。

「…ありがとうございます、聞いてくださって」

 ライトは無言で、肩を抱く手に力を込め、ミハルをさらに引き寄せた。

「…信じて、くれるんですか?」

 不安気なミハルに対し、ライトは

「信じる、というか…。いろいろと腑に落ちた」

 そう言って微笑んだ。

「前の人生も含めたこれまでが、『ミハル』を作り上げていると、話を聞いて納得したところだ」

 ほうっという、息とともに、肩の力が抜けていく。ミハルは自分で思っていたよりもずっと緊張していたらしい。

「…ガンツのことは…『自分を責めるな』と言っても無理なんだろうな」

 ミハルは頷く。

「…けど、話したら、すっきりしました」

 強がりではない。ライトも、ミハルの表情と声のトーンからそう感じたようで、ふっと微笑んだ。そして、

「…あ~、質問していいか?」

 と尋ねてきた。

「はい」

「…『サラリーマン』というのは…?」

当たり前に話してしまったが、ライトには分からない言葉も多かっただろう。

「あっ…!ええと、それは『会社』という組織に所属している人間のことで…」

 他にも、「ゲーム」のことなどを聞かれ、その説明のために、パソコンやインターネットのこともかいつまんで伝えると、ライトは、

「幻投影の魔法とか魔道具みたいなものか?…物語の投影とかをするような」

 そう、自分なりに理解したようだった。

「そうですね、言われてみれば」

 そう答えて、ミハルは笑った。

(確かにそう。仕組みは分からないけど、似てる…)

 ライトの思考の柔軟さには本当に感心する。

「…その『ゲーム』自体には、物語性はあまりなくて…」

 ゲーム『Another World』には、季節のイベントのようなものはあっても、筋道立てたストーリーやシナリオはない。

 ゲームの世界にあるのは、平原や砂漠、樹海等様々な地形のフィールドとダンジョン、そしてそこに存在する魔獣。街や村、村とも呼べないような小さな集落。そこで暮らす表情豊かなNPC《ノンプレーヤーキャラクター》たち。ユーザーは「冒険者」というその世界の一員となって「依頼」をこなしていく。

(「ミハル」も…、俺もこの世界の…ほんの一部でしかないんだ)

 だから、この転生にはそれほど意味などない。そう思っていたのに。

 前世よりも「死」が身近にある分「生きている」ということを実感できる毎日が好きだ。それで良かったはずなのに。

(俺、傲慢になってたんだな)

 ミハルは自嘲する。

「ミハル?」

 ライトが少し不思議そうに見つめる。

(よかった、話せて…)

 言葉にすることで、客観的に自分を見つめ直すことができた。

「…忘れてたみたいです、俺」

「何を?」

「俺の存在は、この世界にとって、それほど大きなものじゃないってこと…」

「ミハル…」

 ライトの瞳にほんの少し悲しげな色が浮かぶ。そんなライトの表情に、

「ああ、自虐とか、悲観とか、そういうことじゃないですよ?」

 ミハルは慌ててフォローする。

「何て言ったらいいのかな…。俺の存在は、この世界じゃ、とても小さくて…。…じゃあ、俺、そこまで、背負わなくていいのかなぁ、って…」

その上、前世の記憶と知識で「できることがあるかも」などと、おこがましいにもほどがある。ミハルは微笑んだ。

その笑顔を見て、言わんとしていることが通じたのか、ライトは頷き、優しくミハルを背中から抱きすくめた。

「それはそうだ。こんなに細い肩に、そんな大きな荷物を背負う必要などない」

 すっぽりと包まれ、この上ない安心感を覚える。

「…もし、何か背負わなければいけないときには、俺が一緒に背負ってやるから…」

 頬が熱くなっていく。

(この人は…)

 聞いているこちらが恥ずかしくなってしまう。真っ直ぐな言葉だった。

「それは、頼もしいですね…」

 じわりと、涙が浮かぶ。

「ミハル…」

 ライトの指が頬を伝い、顎にからめられて顔

を傾けられる。すぐ近くで視線がぶつかり、唇と唇が触れた。



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