第15話
「信じてもらえなくても、仕方ないことですが…」
ミハルの肩に置かれた手が一瞬ぴくりとなったが、ライトは何も言わなかった。ミハルは、そのまま続ける。
「物心ついたときにはもう、前世の記憶があって…」
前世では、三十歳のサラリーマンだったこと。会社で階段から落ち、打ち所が悪く、前の人生を終えたこと。その後、赤ん坊の姿で、この世界に来たらしいこと。だから、転生というよりは転移だと思っていること。
この世界は、前世で好きだったゲームの世界観そのままだということ。
ゲームはかなりやり込んでいたから、知識は豊富で、今の仕事にも役立っている部分が多いということ。
「前世、ゲームの中で、ガンツ《父》と俺は、ギルドマスターと冒険者で…。俺、ガンツから、その時に聞いてたんです、右腕のこと。『若い頃ヘマしちまった』って。でも俺、結局、何もできなかった」
その時のことは今でも後悔している。だからせめて、ガンツの助けになりたいと思ったこと。だから、冒険者ギルドで働くようになったこと。
できるだけ順序立てて、と意識しながら話しているうちに、自分の中でも整理できたような気がする。
「…ありがとうございます、聞いてくれて」
ライトは無言で、肩を抱く手に力を込めた。
「…信じてくれるんですか?」
不安気なミハルに対し、
「信じる信じない、というか…。いろいろと腑に落ちた」
ライトはそう言って笑った。
「前の人生も含めたこれまでが、今の『ミハル』を作り上げているんだなと、話を聞いて納得したところだ」
ミハルはほっと息を吐いた。肩の力が抜ける。自分で思っていたよりもずっと緊張していたらしい。
「…ガンツのことは…『自分を責めるな』と言っても無理なんだろうな」
ミハルは頷く。
「…けど、話したら、少しすっきりしました」
強がりではない。ライトも、ミハルの表情と声のトーンからそう感じたようで、ふっと微笑んだ。そして、
「…少し、質問していいか?」
と尋ねてきた。
「はい」
「その…『サラリーマン』というのは…?」
「ああ、それは組織に所属している人間のことで…」
当たり前に話してしまったが、ライトには分からない言葉も多かっただろう。他にも、「ゲーム」のことなどを聞かれ、その説明のために、パソコンやインターネットのこともかいつまんで伝えると、ライトは、
「幻投影の魔法とか魔道具みたいなものか?…物語の投影とかをするような」
そう言いながら、自分なりに理解したようだった。
「言われてみれば、そうですね」
そう答えて、ミハルは笑った。
(確かにそうだな。仕組みはよく分からないけど、結果は似てる…)
ライトの思考の柔軟さには感心する。
「まあ、その『ゲーム』自体には、物語性はあまりなくて…」
オンラインゲーム『Another World』には、ストーリーやシナリオのようなものはない。
その世界にあるのは、平原や砂漠、樹海等様々な地形のフィールドとダンジョン、そしてそこに存在する魔獣。街や村、村とも呼べないような集落、そこで暮らす表情豊かなNPC《ノンプレーヤーキャラクター》たち。ユーザーは「冒険者」としてその世界の一部となり、剣や魔法での戦いの日々を送り、依頼をこなしていく。
(「ミハル」も…、俺もこの世界の…ほんの一部なんだ)
だから、この転生にはそれほど意味などないと、以前の自分は、そう思っていた。
この世界は、前世よりも死が身近にある分「生きている」ということが実感できる。
そんな生活が当たり前に流れていく毎日が楽しくて、とても好きだ。それで良かったはずなのに。
(俺、傲慢になってたのかも…)
ミハルは自嘲気味の表情を浮かべた。
「ミハル?」
ライトが少し不思議そうに見つめる。
(話してよかった…)
言葉にすることで、客観的に自分を見つめ直すことができたから。
「…忘れてました。俺の存在は、この世界にとって、それほど大きなものじゃないってこと…。前世の記憶と知識で『できることがあるかも』なんて、おこがましいにもほどがある」
「ミハル…」
ライトの瞳にほんの少し悲しげな色が浮かぶ。
「ああ、自虐とか、悲観とか、そういうことじゃないですよ?」
ミハルは慌てて言い直した。
「何て言ったらいいのかな…。俺の存在は、この世界じゃ、とても小さくて…。…じゃあ、俺、そこまで、背負わなくていいのかなぁ、って…」
ミハルの笑顔を見て、言わんとしていることが通じたのか、ライトは頷き、優しくミハルの背中から抱きすくめた。
「それはそうだ。こんなに細い肩に、背負う必要などない」
すっぽりと包まれ、この上ない安心感を覚える。
「…もし、何か背負わなければいけないときには、一緒に背負ってやる…」
頬が熱くなっていく。
(この人は…)
聞いているこちらが恥ずかしくなるほど、真っ直ぐな言葉をくれる。
「それは、頼もしいですね…」
じわりと、涙が浮かんだ。
「ミハル…」
ライトの指が頬を伝い、顎にからめられて顔を傾けられる。すぐ近くで視線がぶつかり、唇が深く重なりあった。
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