第20話

ミハルたちが旅から戻って少し経った頃、突如、国が「不思議な洞窟」を公表した。そのお触れにより、洞窟内部の探索はすべて「ギルドの依頼」として取り扱われるようになった。

各地で、洞窟以外にも塔や祠、遺跡の地下などが迷宮になっており、貴重な素材が採取できるという報告もあるが、中でも人々の興味を引いたのは「宝箱」の存在だった。


ローサから北に位置するガル平原で、「旧王国時代の遺跡」な迷宮化していることが確認され、「山麓の洞窟」「旧王国時代の遺跡」と、管轄区域で立て続けに「迷宮」が発見されたローサ支部では、「宝箱」を目的とした冒険者が増加していた。


「ゲームとは逆なんだな…」

ユーザーが増加したために「マップの拡張」「ダンジョンの追加」が行われたゲームの世界と、迷宮が発見されたことで冒険者が増加したの世界。だが、結果的に同じようなことが起きている。

オンラインゲーム『Another World』では、数ヵ月毎にアップデートが実施されていたことを考えると、今後も、世界が揺らぐような出来事が起こるかもしれない、とミハルは予想している。

「けど…」

(何があったんだっけ?)

ミハルは、アップデートの内容をはっきりとは思い出せなかった。

こうやって、ゲームの知識について曖昧な部分がある。実際に見たり触れたりすることで思い出すこともあるし、そもそもが全く違っていることもある。「山麓の洞窟」のように、ほぼ前世の記憶通り、という方が稀だった。

それは、実生活の記憶についても同様で…。

この世界での生活が長くなり、楽しいことも、辛いことも上書きされている。以前はその事が少し不安だったけれど、今は特に不安は感じていない。

経験や記憶が生かされることはあったが、それは生きる上で必須というわけではないらしいと気付いた。

(必要な時に、「答え合わせ」をすればいいんだ)

少し前に、旅の宿でその言葉を口にした人を思い浮かべ、胸元を握りしめた。


◇◇◇◇


冒険者が増えたことで、ミハルの雑務も増えている。また、ライトはライトで、続けざまに討伐依頼を受けて街を空けることが多く、旅の後の二人は、ゆっくりと会う機会を持てないでいた。


今日も、昼休みがずれこんだ。

食堂のカウンター席でため息をついたミハルに、カウンターの向こうからディーが声をかけてくる。

「お疲れだね~」

「…まあね」

ミハルは苦笑いで返した。この休憩の後は、商業者ギルドに行かなくてはならない。ミハルは、それが少し憂鬱だった。


「商業者ギルド」では、商売に携わる者たちを統括し、その地域で生産される農産物や特産品、冒険で得られる素材などの価格、流通量を管理している。「冒険者ギルド」と並ぶ、大きな組織である。

冒険者が主役である、ゲーム『Another World』では、そういった部分にスポットが当たることがなく、前世の感覚だと「レアな素材、危険な素材を『錬成』のカウンターに持ち込むと、特別な武器や防具、道具を作ってくれる」という認識だった。

そこにいたはずのNPC《ノンプレーヤーキャラクター》はあまり印象がない。

だが、商業者ギルドには、ミハルが苦手な…というより、関わるのが面倒な人物が一人いる。

それは商業者ギルドのマスターである、オーマだ。


冒険者ギルドに持ち込まれた素材を卸すため、ミハルは商業者ギルドを訪れた。


「やぁ、ミハル。久しぶりだね」

(うわ…)

ヒョロリと背が高く、黒というよりは、藍色に近い髪を後ろになでつけた男が、声を掛けてきた。

商業者ギルドのマスター、オーマだ。自身も大きな商会の会長であり、領主よりも裕福だと言われている。

常ににこやかで物腰は柔らかい。だが、メガネの奥で細められているその目が、ミハルは苦手だった。

成人したばかりのころ、オーマから商業者ギルドで働くよう勧誘されたことがあったが、その時はすでに、冒険者ギルドで働く意思が固まっていたし、また、オーマの得体の知れない雰囲気に近付くことが躊躇われ、迷わずに断った。すげない態度を責められたりはしないが、今でも顔を会わせると、こうして商業者ギルドに勧誘してくるのには、辟易している。


「ご無沙汰してます…」

(さっさと帰ればよかった…)

このところ、オーマ自身が冒険者を伴って新しくできた迷宮に足を運んでいるとのことで、商業者ギルドを訪れても、顔を会わせずに済んでいたために油断した。

顔見知りの職員から、「旧王国時代の遺跡」で見つかった宝箱の中身を鑑定するという話を聞き、「見ておきたい」と思ったのもいけなかった。


「そろそろ商業者ギルド《うち》で働く気になったのかい?」

「…その話は何度もお断りしているはずですが…」

ミハルの全身を舐め回すように見ていたオーマだが、その視線を止めた。ピクリと片方の眉毛が上がる。

「…噂は、本当だったのか…」

「はい?」

頭一つ分高いところにあるオーマの顔を見上げると、いつもの微笑みが消えている。ミハルは一瞬ゾクっとしたが、瞬きのうちにすぐにまた、オーマの顔に微笑みが戻っていた。

「ギルドマスター、準備が整いました」

先程、ミハルを誘った職員の声だ。「鑑定」の準備が整ったらしい。

「…行こう、ミハル。面白いものが見られるといいね」

と、オーマはミハルの肩を抱くようにして、鑑定が行われる部屋へといざなった。

服越しだというのに、肩に添えられた手はひんやりと冷たく感じて、ミハルはまた、ゾクリとした。












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