第21話

「旧王国時代の遺跡」は、その名の通り、前時代の名残と言われている。豪奢な屋敷があったが、それはずいぶんと昔のことで、地上にはほとんど何も残っておらず、「遺跡」とは地下に隠されていた牢獄のことを指していた。凄惨な拷問の痕跡がある、と言われていて、ゲームの背景デザインではよく分からなかったし、実際にその場に行って目にしたことはなかった。その地下通路への階段がそのまま、迷宮の入り口となっているらしい。


鑑定に出されていた「宝箱の中身」は短剣かナイフのようだ。持ち手に装飾が施されている。他にも、魔獣から採取したと思われる素材が何点か置かれていた。

(あの短剣、見たことないやつだ)

ここが商業者ギルドであることも、苦手な男が近くにいることも忘れて、ミハルは食い入るようにそれらを見つめた。

「答え合わせ」で、自分の解答欄が「空欄」だった時、以前であれば、この世界が「ゲームではなく、現実」と実感して、不安になることの方が多かった。しかし、今は、

「新しい解答を書き込めばいい」

素直にそう思える。


「楽しそうだねぇ」

背後からのねっとりとした声に、ミハルは振り返る。そこには、ニヤニヤと口角を上げるオーマの顔があった。

一見楽しそうな、でも、相手を値踏みするような、そんな視線。

「…すみません、はじめて見るものだったので…」

やはり、苦手だ。

「ほう…ミハルでも、知らないことが?」

何か、含みのある言い方だった。

「…どういう意味ですか?」

「…いや、君の知識には感心していたから。この辺りには生息しない魔獣、ここからずっと遠くの山脈や町、そんなことまで知っていただろう?」

ミハルはドキリとした。

「…そんな話をしたことがありましたか?」

オーマと関わったのは成人したばかりの頃だ。個人的に会って、そんな話をした覚えなどない。というか、誰かの前で自分の記憶や知識をひけらかすようなことをしたことがあっただろうか?

「本を読んで得られるような知識量ではないだろう?そうだな、まるで…」

「それでは、はじめます!」

二人とも、はっとなった。ギルド職員が「鑑定」が始められることをその場にいた者たちに宣言する。ミハルもオーマもかお互いにそれ以上追及はしなかった。

その場にいた者たちと、結果について少し協議は行われたが、オーマと個別に言葉を交わすことのないまま、その場は終了となった。


◇◇◇◇


ーそうだな、まるで…ー


(…何を言いかけた?)

冒険者ギルドに戻り、いつもの業務を再開させたミハルだったが、オーマの言葉が気になって仕事に集中できないまま、夕刻を知らせる鐘が鳴った。終業時間だ。

カウンターを片付け、帳簿の確認と整理をしようと目線を下げたミハルの前に、ギルドカードが差し出された。依頼の受注も素材の買い取りも、本日の受付はもう終了している。

「…申し訳ありません。今日はもう…」

ギルドカードを手に取り、断りを入れようと顔を上げたミハルの目に飛び込んできたのは、燃えるように波打つ紅い髪だった。

「…!」

「…終わりか?」

「あ…」

ギルドカードに添えたミハルの手は、そのカードごと握られ、そっと口づけられた。琥珀色の瞳が優しく揺れている。

「ただいま」

その微笑みを見て、ミハルは鼻の奥がつん、となった。微笑みを返す。

「おかえりなさい…ライトさん」


帰り支度を済ませたミハルを、「保護者ガンツの了承は得た」と、ライトが誘った。了承がなくても、成人している身だし、今のミハルにライトからの誘いを断る理由などない。

帰り道の途中で酒場に立ち寄って、ゆったりと食事や会話を楽しんでいるうちに、あれほどそわそわしていた気持ちが薄らいでいき、むしろ今はふわふわとしている。ライトに付き合って一杯だけ飲んだエールのせいだろうか。


酒は嫌いではないが、弱いことも自覚している。それは前世でも同じだった。前世の知人からも、ガンツやディーからも、「外で一人で飲むな」と言われていた。だが今日は、ライトがいるから大丈夫だろう。

(浮かれてるな、俺)

ミハルはどこか冷静に思った。


店を出るときライトが、ミハルの肩、というか頭を抱き寄せた。

「…歩けるか?」

「…え?大丈夫ですよ?」

ふわふわしているのは気持ちだけで、地面を踏みしめている感覚はしっかりとある。ミハルはライトを見上げて笑った。

「ぐ…」

何かに堪えるように呻くライトの様子がいつもの姿と違っているように感じる。

「ライトさんこそ」

ミハルは、ライトの掴まって爪立ちをした。こうすると、ライトの顔が近づいてよく見える。

「大丈夫ですか?」

覗き込むと、ライトの顔は少し赤くなっているようだった。

「…俺は大丈夫だ」

腰に手を回され、ミハルはかかとを落とした。そのままライトに寄りかかる。

「ミハル…」

「はい…?」

名前を呼びかけられ、ゆっくりとライトを見上げると、琥珀色の瞳に自分が映っているのが見えた。

「…俺の家に行こう」

「ライトさんの家…」

(ってどこ?)

首を傾げる。また、ライトが「ぐ…」と、何かを噛み締めて、

「…明日は休みだろう?」

そう言った。

(「ガンツ《とうさん》の許可は得た」って、方便じゃなかったのか…)

「それなら、ゆっくりできますね」

前に「話したいこともある」と、ライトが言っていたことを思い出した。

「!」

ライトはまた言葉に詰まったが、間もなくいつもの調子に戻った様子でミハルをまっすぐに見つめ返してくる。

「そうだな。…行こうか」

とミハルを促した。


そこから、他愛のない話をしながら歩き、たどりついたのは二階建の建物だった。








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