第22話
下宿の管理人は住み込みの夫婦だという。
管理人室の前を通り過ぎるときにライトが、廊下に面した窓に向かって、
「ただいま」
と声をかけた。窓の中で人影が動くのが見え、その隣の扉が開いて、グレーの髪をふんわりとひとつにまとめた女性が顔をのぞかせる。
「おかえりなさい、ライトさん」
(奥さんの方、かな?)
「ミハル、管理人のトワだ」
ライトから紹介され、ミハルも扉の正面を向いた。
「トワ、ミハルだ」
「…はじめまして。ミハルです。…あ、ちょっと…」
笑顔で軽くお辞儀をしたミハルの腰に、ライトが腕を回す。
「あら?まあまあ」
トワと呼ばれた女性は少し驚いた様子だったが、すぐに
「こちらこそ、はじめまして」
そう言って目を細めた。
「ふふ、お会いできて嬉しいわ。…お客様をお連れするなんて初めてね、ライトさん」
嬉しそうに笑いかけてくるその姿にミハルもつられて笑顔になる。
小柄で丸顔のトワは、まとっている雰囲気が柔らかく声音も穏やかで、どことなく品のようなものが感じられ、ミハルは、
(素敵なおばあちゃん)
と、たちまち好感を持った。
「可愛らしい方…ふふ、ライトさんも隅に置けないのね」
「…よしてくれ」
「うふふ…」
ライトが少し照れている。年嵩のトワの前だからか、その姿がいつもよりも幼く見え、そんな二人のやり取りに、ミハルも頬が緩んだ。トワはミハルを見やって、
「夫も紹介したかったのだけれど…ごめんなさいね生憎、今、不在で」
その言葉に、
「珍しいな、ダレイがこの時間に、家を空けているなんて」
ライトの言葉に、トワが表情を少し曇らせて、
「古い知り合いが訪ねて来ているんですって」
ふっと、短くため息をつき、苦笑いを浮かべる。
「あまり気乗りしないようだったけれど…。『昔のよしみだ』って、夕方過ぎに出掛けていったわ。お人好しなんだから…」
「そうか…」
一瞬シーンとなったが、トワは気を取り直したように、
「ミハルさん、ごゆっくり。今度は主人にも会ってちょうだいね」
と、明るい声をかけてきた。
「ありがとうございます。ぜひ」
小さな手を可愛らしく振るトワに見送られ、ミハルはライトに促されるまま廊下を進み、階段を上る。
「こっちだ」
突き当たりを右に曲がった先のドアの前で立ち止まると、ライトは手早く鍵を開け、先に部屋に入って室内の灯りを点けた。
それからミハルを招き入れる。
「どうぞ。何もないが」
部屋に入ってすぐ、右側はキッチンがあり、近くにテーブルと椅子のセットが置かれている。
左側はベッドや机、本棚などが置かれていた。壁際にはクローゼットらしい扉があった。
飾り気のない部屋だが、
(温かい。懐かしいような…。?)
そう感じるのは、室内に残るライトの魔力の気配のせいだろうか、などと思いながら、
「いい部屋ですね」
ミハルはライトに笑いかけた。ライトはミハルの背中から両腕を回した。
「…酔いは醒めたのか?」
と耳元で囁かれ、その声にゾクっと体が震わせながら、ミハルは質問に質問で答えた。
「…俺、酔ってました?」
「酔っていたな、あれは」
言い切られ、ミハルは苦笑する。
確かにあの時は妙にふわふわしていた。「ふわふわ」の正体が、一杯だけ口にしたエールのせいだったらしいことが分かり、自分が酒に弱いことを改めて実感して、ミハルはまた苦笑した。
「…なにかご迷惑を?」
確認のために問いかけると、
「いや、なにも…だが、酔ったミハルは誰にも見せたくないな。ずいぶん、色っぽく笑うからな」
「え…」
店を出る時、少し不自然に抱き寄せられた。それが自分の顔を隠すためだったと分かって、ミハルは今更ながら赤面する。
ガンツやディーから外での飲酒を止められていたのも、
(それが理由だったの?だったら、言って欲しかった…)
それならば、ライトがいたとしても飲酒は控えたのに。
後ろに視線だけ向け、
「すみません…」
ミハルが謝罪の言葉を口にすると、ライトはいたずらっぽく笑って、
「いや、それにつけ込んで、ここまで連れてきたんだから、お互い様だ」
ミハルの肩に頭を乗せ、視線を合わせた。
「…つけ込まれたんですか?俺」
「ああ…」
お互いの瞳に相手の顔が映り込むほどに、二人の顔が近づき、そして、唇が重なった。
久しぶりの口づけはたちまち深いものとなり、一度、唇が離れたタイミングで軽々と抱き上げられ、ミハルはベッドに横たえられた。
再びライトの顔が近付いたとき、ミハルは、
「ま、待って…」
そっと、ライトの胸を押す。
「…どうした?嫌か?」
言葉とは裏腹に、ライトはミハルの手を取って、ニヤリとその手のひらに舌を這わせた。ぬるりとした熱い感触に、ミハルはゾクゾクと体を震わせて、静かに息を吐く。
「…大事なこと、言ってないなって…」
ミハルは一度、深呼吸をした。
「?」
「あの…俺も、好きです。ライトさんが…。まだ、言ってなか…っ!」
ライトがミハルに覆い被さり、激しい口づけが降ってくる。
「ん、はぁ…あ…」
「あまり、煽るな…」
「…っ…」
(煽ってるつもりなんて…!)
言葉ごと、飲み込まれる。
噛みつくような口づけに、思考は奪われ、ミハルもライトの首に両腕を回すと、夢中で唇を受け入れた。
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