第19話

ミハルは、前世の記憶があるため、知識はそれなりにあるが、冒険者としての経験は皆無だ。そんな初心者は帯同としては心許ないだろう。

「…『一緒にいたいから』ではだめか?」

ライトはにやりと笑ってみせる。予想していた答えではあったが、聞きたい答えではない。

「そんな私情を挟む方ではないでしょう?」

じっと見つめてくるミハルに、ライトは軽く目を見開いて、

「買い被りだ」

と目をそらした。パチパチと薪がはぜる音だけが聞こえてくる。

そのうちに、ミハルの視線に耐えきれなくなったらしいライトが深くため息をつき、苦笑いをして、再びミハルの方を見た。

「…私情だ」

「…」

不思議そうに首を傾げるミハルに、ライトは

「見てみたかったんだ。旅でのミハルを、間近で」

(え…)

「その知識を生かしてきっと、イキイキとするだろうと…」


ー俺も、冒険してみたいな。

ーほう…?いいぞ、連れていってやろう。

ただし、もう少し大きくなってからな。

ーえ~…。


のガンツとのやりとりだ。


物心ついたとき、ここが好きだったゲームとそっくりの世界だと知った。ガンツという一流冒険者の姿を、すぐ近くで見ることができた。

前世の記憶のせいで、子どもらしい子どもではなかったけれど、ワクワクした。

なぜか魔力はあって「まだ早い」と叱られても魔法を覚えた。短剣や弓矢の使い方や体術だって身に付けた。


それなのに、いつのころからか、「冒険者」という選択肢を外してしまった。おそらくそれは…。


「今回の話、養父とうさんも一枚噛んでるんですね」

ミハルは、尋ねるともなく呟いた。ライトは何も言わなかったが、その無言は肯定と同じだ。

養父とうさんに、持ちかけられたんだ、きっと)


ミハルが「ギルドで働きたい」と言った時、ガンツは「そうか」としか言わなかった。

「冒険者になる」と言わなくなった息子のことをガンツなりに考えていたのだろう。

もしかすると、それを、自分の「ヘマ」のせいとでも、思っているのかもしれない。

(言ってくれたら良かったのに。って、それは俺も同じか…けど)

養父とうさんのせいじゃない…」

思わずこぼれたミハルの呟きに、ライトが目を細め、慰めるように肩を抱き寄せた。ミハルは、その優しさと温かさに身を委ね、その話はそこで途切れた。


結界杭の効果で、夜営中は何事もなかった。朝になり、二人は穏やかに歩きながら、その日夕方に差し掛かる頃、ローサに到着した。

「閉門に間に合って、良かった」

「はい」

ライトの言葉に、ミハルもほっとする。

二人はその足でギルドを訪れ、早速ガンツに報告を行った。

一通りの報告を受けて、「信じられない」というような顔をしていたガンツだったが、

「それなら、とりあえずこれ以上することはねえな…。よし、ごくろうさん」

そう言って、自ら二人分のギルドカードを預かり、依頼完了の手続きを行う。ミハルにカードを返しながら、

「おう、どうだった?は」

ガンツがにこにこと尋ねてくる。それを受け取り、ミハルは、

「そうですね…ワクワクしましたよ、とても」

「おお、そうか」

「でも、やっぱり俺が正解です」

一瞬、ガンツがキョトンとした。

「俺、冒険者は向いてないですね。、俺、いいです」

「お、おお、…そ、そうか…」

呆気に取られているガンツに対し、ミハルはにっこりと笑顔を見せた。ライトも静かに微笑んでいる。

「でも、良い経験でした。ありがとうございます。さ、帰りましょう、ライトさん」

「ああ」

連れだって執務室を出ていく二人の姿を見送り、ガンツは、

「『受付係いい』か…」

と呟き、苦笑いをこぼした。


◇◇◇◇


帰り道、ミハルは遠慮したが、ライトが家まで送るという。

「もう、暗くなったから。初心者は家にたどり着くまで油断できない」

(修学旅行みたい…)

前世の学校生活を思い出して、笑ってしまった。

「ふふ、すいません。ありがとうございます」

旅に出ていた数日間、ずっと一緒にいたにもかかわらず、もう少し一緒にいると思うと、少し心が浮き立った。

旅の思い出を話ながら、ゆっくりと歩くこの時間が愛おしいが、ミハルの家はもう目の前に迫る。二人はどちらかともなく歩みを止めた。

「…ミハルは、冒険者にはならないんだな」

と言った。

「はい。資格保持のために、多少の依頼はこなしますが」

ランクをあげる必要はないが、ある程度実績がないと、冒険者資格そのものが剥奪される。それは避けたい。

「…一緒に旅に出られないのが、少し残念だ」

「すいません…」

ミハルの苦笑いに、ライトは、

「でも、ここで、俺を待っていてくれる、ってことだろう?」

ライトがミハルの手を取る。

「……はい」

握る力が強まって、指先に口づけられる。まだ照れるが、このやりとりにもいつの間にかずいぶんと慣れた、とミハルが思った瞬間、くいっと手を引かれ、頬に手を添えられた。

「…好きだ。ずっと一緒にいてくれ…」

(あ…)

と声を発する間もなく唇が触れあった。上唇をなめられ、それを合図にミハルは唇を開き、ライトを受け入れると、自ら舌を絡めた。

一度離れ、またどちらからともなく唇を合わせ…。十分にお互いの口内を味わい尽くして、はあ、と深く呼吸する。

「…後でまた…。ゆっくりと話したいこともあるんだ…」

「…はい」

「さ、中に入って…」

お互いに名残惜しかったが、その手を離す。

ミハルは、ライトに促され、玄関のドアを開けた。

「それじゃあ…」

「…はい。おやすみなさい」

ミハルが笑顔で手を振ると、ライトも笑顔を見せて、去っていった。



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