第18話

シンガ村とローサは、ほんの数分、朝出れば、夜に差し掛かる頃にはたどり着くくらいの距離…というのは、ゲーム中の話だ。

キャラクターがフィールドを移動する時、ゲームでは基本的に駆け足だが、現実では荷物を背負って長距離を歩くことになる。これがなかなかにハードだ。

「疲れたらすぐに言ってくれ。一番良くないのは無理をすることだ」

村を出て数時間、旅初心者のミハルは、やっと自分なりのペースで歩くことに慣れてきたところだった。

(ちょっとなめてたかも…)

途中、魔獣とも遭遇した。魔獣との戦闘は初めてではないが、やはり最初の戦闘数回は、かなり緊張し、息が上がった。今回何度か遭遇したウルフは、低級だが群れで現れ、ライトの大剣でも取りこぼしが出てしまう。そういったものを、ミハルが弓や魔法で仕止めるというやり方で、連携を取れるようになってきた。慣れてくると、無駄な動きも減り、安定して攻撃できる。


「ローサまでの、半分の半分、ってとこですかね」

「そうだな」

地図を見ながらそう話すミハルに、ライトも同意する。そこまで進んだところで、二人の影がだいぶ伸びてきたので、ライトが、

「暗くなる前に、野営の準備をしよう」

と言った。

少し道を外れ、林の中にテントを設置する。

ライトが魔獣避けの結界杭を打つ間、ミハルは薪を拾うよう指示された。

(野営なんて、初めてだ)

疲れと少しの不安を感じつつも、ミハルの心はどこか弾んでいた。

(俺、今、ゲームの世界にいる…)

すでに十八年過ごしているこの世界だが、町から離れたフィールドを踏みしめながら、改めて今、強く実感していた。


美春よしはるだった頃にも、キャンプの経験などない。

現実でそんな行動力がなかったからこそ、『Another World』という仮想世界での冒険にのめり込んだのかもしれない、とミハルは自分で思っている。


「楽しそうだな、ミハル」

ライトから声をかけられ、はっとする。

テントを挟んでロープを引っ張り合っていると、帆布の向こう側でライトが笑っている。

「す、すいません。不謹慎ですね」

ミハルは、慌てて表情を取り繕う。

「いや、謝ることはない」

杭にロープを結びつけ、ミハル側に廻ってきたライトが、ロープを受け取りながら、

「夜は用心が必要だがな。結界杭は設置してあるが」

そう言った。

結界杭は低級の魔獣に効果がある魔除けだ。この辺りで確認されている魔獣なら、十分に対応できるだろう。

(…そうだった…)

ミハルは、また、失念するところだった。

この世界での冒険がいかに過酷か、頭では理解しているつもりだった。それなのにミハルは、ギルドカードを作った時と同じように少しワクワクしてしまっていた。

(気を付けないとな…)

ミハルは気を引き締める。

(とりあえず、俺はできることをしよう)

ミハルは荷物を開いた。

「ミハル、それは…?」

「あ、女将さんが」

予定を早めて宿を引き払ったため、宿の女将が「返金できない代わりに」と、塩漬け肉や根菜、チーズなど日持ちする食材を持たせてくれた。

「俺、晩御飯、準備します。簡単なものですけど…」

このところ、朝晩は冷え込む。装備や魔法でも対応できるが、内側からも温まりたい。

ミハルは、根菜や塩漬け肉でスープを作った。パンも、炙ったチーズを乗せる。

「どうぞ、ライトさん」

「ありがとう」

スープを一口飲んで、ライトが目を見開く。

「美味い…」

更に一口飲んで、

「…まさか夜営でこんな美味いスープが飲めるとは」

「大袈裟ですよ」

「いや、世辞とかではなく…」

「良かったです。素材がいいですからね」

ライトの過剰な褒め言葉はくすぐったいが、悪い気はしない。

ライトが、作った分を平らげたことも嬉しかった。


「終わったか?」

後片付けをしていたミハルに、ライトが声をかけた。

「はい」

「じゃあ、こっちへ。冷えてきた」

ライトに誘われ、ミハルはその隣に腰を下ろした。じわりと焚き火の暖かさが伝わってくる。

「あったかい…」

ほっとした表情のミハルを見つめながら、ライトが問いかけた。

「体調はどうだ?今日はずいぶん歩いた」。

「大丈夫…と言いたいところですけど、やっぱり足がだるいです」

ミハルは、苦笑いをして、

「でも、少し浮かれてます。さっきも、注意されましたけど…」

今、自分はゲームの世界を体感している。そう思うと、やはりワクワクしてしまう。

「そうか」

ライトも笑みを浮かべ、

「…まあ、俺も経験はあるが」

と目を細めた。

「ライトさんも?」

「冒険者になったばかりの頃は、見るもの聞くものすべて新鮮だったから。…白状すると、今回『不思議な洞窟』には久しぶりに心が踊った」

「そうだったんですか?」

ミハルは意外に感じた。洞窟でのライトは、慎重に調査を進めているように見えたからだ。

「ミハルも、洞窟でも浮かれていたのか?洞窟ではずいぶん冷静に『答え合わせ』をしているように見えたが」

ライトが焚き火の薪を調整しながら笑う。

「それは、はい…」

少し、気恥ずかしくてミハルは口ごもった。

「はじめての旅だろう?さっきはああ言ったが、このあたりは、それほどの危険はないし、少々浮かれていても、俺がいる」

ライトはまた笑う。ライトの存在は確かに心強い。

(俺は…そう、はじめてなんだ。俺なんて、なんの実績もないのに)

「…あの、ライトさん」

「?」

「今さら、なんですが…。今回、どうして、俺と?」

ミハルは、思いきって疑問を口にしてみた。

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