第17話
ーここじゃない世界を、生きてみる?
(それも、いいな…)
ー転移の「代償」に願いをひとつ叶えてあげるよ!
(願い?俺の願いは…)
ーお金?美貌?チート能力?
(…俺の願いは、
ー…なんか、ぼんやりしてるぅ…。ま、いっか。…はい、契約完了!
ようこそ『Another World』へ!
(…あなたは、誰?)
その問いかけには、答える者はなかった。
ー…
懐かしい声が聞こえたような気がして、ミハルは身動ぎした。
(…胸が、つまる…)
「…ミハル?」
背中越しに伝わる温もりに、大きな安心感を覚える。顔は見えない。しかし自分を抱きすくめるその逞しい腕が、愛しい
目を閉じたままでも、周囲がまだ暗いのだということは分かった。華奢な体を優しく捕らえて離さないその両腕に、そっと触れる。
「まだ早い…もう少し眠れ」
(やっぱり好きだ…)
まどろみながら、心地良い低音で囁かれるのが、昔から好きだった。愛しい男に額をすり寄せる。
瞼に柔らかいものが触れ、ミハルは再び眠りに落ちた。
次に目が覚めたときには、窓の外はすっかり明るくなっていた。
差し込む陽の光が眩しい。その光を遮るように、
「おはよう、ミハル…」
ライトがミハルのベッドに腰を下ろして、顔を覗き込んでくる。赤い髪が光に透けてキラキラとしている。
「…体は、大丈夫か?」
節張った指が、気遣わしげに頬に触れる。その感触に、ミハルの意識は急激に浮上した。
(…あ、俺…)
昨夜は、自らライトに腕を伸ばした。あんな衝動ははじめてだった。自分でも意外なほど大胆な行動に戸惑い、羞恥心が込み上げて、思わず顔を両手で覆う。
「大丈夫…です」
声の掠れ具合に驚き、すぐにその理由に思い至って、居たたまれない気持ちになってしまうが、ふと、
(あ、何か、夢を…)
と、ミハルが思い出しかけたその時、扉をノックする音で、思考が遮られた。
「…起きてるかい?」
それは、宿屋の女将の声だった。
◇◇◇◇
「昨日のうちに報告があると思っていたんだが」
村長の横柄な物言いから、待たされたことへの不満が窺える。
宿屋の女将から、村長の使いが「早く報告を」と言伝てて行ったと聞き、出掛ける準備を整えたミハルとライトだったが、昨夜食事に降りてこなかったミハルを心配した女将に引き留められ、朝食を取ってから出掛けることにしたのだった。
「お待たせして申し訳ありません」
一応謝意を示すが、ジロジロと不躾な視線を送られることも、ライトに対する不遜な態度も不快だった。大きな村を治める長として如何なものかとミハルは思う。
「では、報告を…」
「ああ、早く」
急かされることにも軽くイラつく。
「不思議な洞窟」の調査は、村長からの訴えがきっかけではあった。だが、ライトに依頼してきたのはギルド本部であり、村長に報告する義務は基本的にはない。報告するのは、村人の安全のための冒険者の善意だ。
(それなのにこの態度…)
ミハルは少々苛つきつつも、
「…というわけで、まだ途中ですが、村人の立ち入り禁止措置は続行すべきかと…」
冷静に報告した。村長はミハルが話すのを、にやにやと聞いている。
「はあ、なるほどなるほど…。ああ、ミハルさん?お若いのに立派で…。ああ、その黒髪も瞳も見事…。肌も抜けるように白くて、ほんとにお美しい。声まで愛らしく 、つい聞き入ってしまいました…どうです?今夜、我が家で食事でも…」
「は?」
間の抜けた声が出る。
黙って話を聞いていたライトが頬がぴくりとなった。
(え、聞いてた!?なに、この人…)
あんなに急かしておいて、報告には一切触れず、媚を売るような態度を取られて
ミハルはぞわりと悪寒が走った。
目の前にいる初老の男に、既視感を覚える。
(あ、昨日のホブゴブリン)
あの「ニチャア」という笑みが村長の顔と重なる。
(うえ…。なんか、もっと前にも…)
それまで、黙っていたライトが静かに言った。
「うちのミハルが言った通りだ、村長。あそこには、有用な素材もあるが、中には低級とは言え魔獣がいる。遊び半分で入っていいところではない。今まで通り『立ち入り禁止』にしておくのが得策だ。あの立て札も縄もそのままにしておけ」
ライトが言い切った。今度は村長がぴくりとなる。
「な…!一介の冒険者が、村長の私に、指図するな!」
村長は激昂したが、ライトは意に介した風もなく、
「…報告は以上だ。失礼する。行こう、ミハル」
と、立ち上がり、出口のドアに向かって歩きだした。
「は、はい。…失礼します、村長」
ミハルも立ち上がって、ライトに続いた。
「お、おい!」
村長は何やら喚いていたが、二人ともそのままドアを出た。
村長の屋敷を辞してすぐ、ライトが
「まだ、『答え合わせ』が必要か?ミハル」
と、尋ねてきた。
「え?」
予定を早め、二人はローサに戻ることに決めた。調査はほぼ終わっているし、村長の態度も気に食わない。できるだけ早くこの村を出た方がいいような気がする。
「途中、野宿をすることになるとは思うが…」
「構いません」
元よりそうなっても良いように準備はしてきている。午前中から呼び出されたお陰で、まだ正午前だ。今村を出ても、少しは距離を稼げるだろう。
「急だねえ…」
と、女将に苦笑いされつつ、二人は旅支度を済ませて宿を引き払った。
「…」
「…どうしました?……わっ」
宿を出る直前、ライトはミハルのことをじっと見つめ、そっと頬に触れたかと思うと、ローブのフードを被せてきた。
「これでいい…。さぁ、行こう」
女将が「おやおや」と微笑み、「また、おいで」と見送ってくれた。
ミハルは、赤くなった顔を隠すように、更にフードを深く被った。
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