第12話

階段を上りきって、部屋に入ったところでライトは、そっとミハルの肩を抱きながら、

「…明日に備えて、早めに休もう」

と言った。その言葉に、ミハルは少し拍子抜けしたが、ほっとしている部分もあった。

(やっぱり、公私は分けるんだ)

等と考えながら、寝る前にさっぱりさせたいな、と思い、ライトに問いかけた。

「じゃあ、宿の人にお湯、もらってきましょうか?体、拭きたいですよね?あ、俺、浄化クリーンもできますけど…」

ミハルが自分に、呪文をかけてみせる。

埃っぽかった髪や体、衣服がさらさらになっていく。ライトが軽く目を見張った。

「…じゃあ、俺もしてもらおう」

「はい、じゃあ…浄化クリーン

ミハルは、ライトに向かって両手をかざす。

「…ありがとう。ミハルの魔力は…、心地良いな」

「そ、そうですか?」

そっと手を引き寄せられ、指先にくちづけられる。しかし、それ以上のことはせず、ライトはすぐに手を離した。

それぞれのベッドに入ると、

「消すぞ?」

二つのベッドの間に置かれた枕元のランタンに、息を吹き掛けた。静寂と暗闇が訪れる。

「…おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

別々のベッドとは言え、すぐ隣にライトがいる。それだけのことで、

(緊張で眠れないかも…)

と思っていたミハルだったが、横になると間もなく、睡魔が襲ってきた。

(あ、俺、疲れてたんだ…)

はじめての旅に、ミハルの心身は思っていたよりも疲れていたようだ。ライトは、そんな自分を気遣って、早めに休むように言ってくれたのだろう。

(紳士だな、ライトさん…)

上手く廻らなくなってきた頭で、そんなことを思いながら、ミハルは静かに眠りに落ちていった。


早く休んだお陰で疲れが残ることもなく、翌朝は夜明けともに、スッキリと目覚めることができた。

朝食や身支度を済ませた二人は、村長の意向もあって、慌ただしく洞窟へと向かうこととなった。


案内された洞窟というのは、緩やかな山道の途中の、剥き出しになった岩肌にできた横穴で、入り口は、ライト一人がちょうど通り抜けられるくらいの大きさだった。縄が張られ、「立ち入り禁止」と書かれた木札が立て掛けられている。

「…ではお二人とも、お気をつけて」

ここまで案内してきた村長は、足早に村へと戻っていった。


(「山麓の洞窟」だ、ここ)

場所もそうだが、張られたロープや立て札の雰囲気にも見覚えがあった。実際の視点は、ゲームと少し違うが、ほぼ間違いないだろう。


ゲームでは、初回の大型アップデートにより、マップが拡張され、ダンジョンが何ヵ所か追加された。

「山麓の洞窟」と、そのままの名前で呼ばれていたこの洞窟は冒険初心者向けのダンジョンで、階層が浅く、出現する魔獣も低級のものばかりであるはずだ。

「このあたりは、魔素が少し濃いか…?」

ライトが呟く。

魔素とは、この世界の空気中に含まれる成分の一つ。魔力の基となっているもので、生き物の体内にも多かれ少なかれ存在する。

空気と共に大気中を循環するが、稀に魔素だけがその場に滞って「魔素だまり」を作ることがある。魔素だまりが持つ魔力が空間を歪ませたり、魔素が結晶化して魔石となったり、淀んで瘴気となったりする…らしい。

「空間の歪み」がダンジョンだ。それは、

(「受付係」が雑談の中で説明してくれたっけって、ここじゃ俺か?)

ミハルは、自分の知識と、実際のこの世界にどのくらい共通部分があるか確かめておきたいと思っていた。


中に入ると、意外と道幅は広い。天井は、ライトでも余裕があるくらいの高さだ。

(…こんなに歩きづらいんだ)

ランタンがあっても数メートル先しか見えない暗闇の中、整備されていない地面は、湿ったり、でこぼこしていたり、油断していると簡単に足をとられてしまう。さすがのライトも、慎重に歩いているようだった。

「あまり見ない種だが、これも魔獣の類いだな」

天井からぶら下がっていたコウモリが、人の気配とランタンの灯りに驚いて時々、こちらに向かってくる。ライトに切られて地面に落ちた一匹をよく見ると、確かに普通のコウモリにはない角やかなり長く鋭利になった鉤爪などが確認できた。

次々と向かってくるコウモリを、ライトはこともなげに短剣で振り払っている。ミハルも短剣を構えているが今のところ出番はなさそうだ。

「…あ」

少しして、地面に落ちていたコウモリの死体が消えた。

「今のは…」

(ダンジョンって、こういう仕組みなのか…)

驚くライトに対し、ミハルは一人納得していた。


洞窟内部はほぼ一本道で、まもなく行き止まりに突き当たった。正確には、分厚い木の扉に行く手を阻まれた。

ゲームの中では当たり前だったことだが、現実で目の当たりにすると、

(洞窟の中にいきなり扉ってやっぱり変だよな)

ミハルも違和感を持つ。

「さて、どうしたものか…」

ライトが少し考え、ミハルの方を見る。

「開けてみるか?」

そう問われ、ミハルは迷い無く答えた。

「開けましょう」

(このドアの先は、たぶん階段)

「…よし、では、慎重に行こう」

ライトがゆっくりと扉を開けた。

扉の先は、予想通り、と言うか、記憶通りの光景だった。

「…!」

石造りの壁に囲まれた小さな部屋で、壁には燭台が設置され、蝋燭が明々と燃えていた。

(やっぱり…)

左側に下りの階段が見える。

「確かに、『不思議な洞窟』だな」

ライトが呟く。

「そうですね…」

ミハルも、答えながら呆けてしまう。

消える魔獣の死体。洞窟の突き当たりの扉。扉の先に開かれた景色。知っていることなのに、

(確かに、不思議だ。「空間の歪み」ってこういうこと…?)

「魔獣の気配が強くなったな」

ライトの声で我に返る。

「このまま進むか?」

「はい、いきましょう」

ミハルはまた、迷わずに答えた。



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