第11話

 いつものようにランチのプレートをミハルの前に置いて、ディーがカウンターに頬杖をつく。顔を覗き込みながら、

「とうとう『落ちた』んだって?」

「…!」

 ミハルは、口をつけようとしていたスープを危うく吹きだすところだった。

「…~~っ!ちょっ…、ディー!」

 自分のタイミングだけで話しかけてくるのは、ディーのよくない癖だと、ミハルは思う。

(せめて食べ終わってからにしてほしい…)

 にやにやと何か言いたげなディーを見て、ミハルは少し口ごもった。

「…『落ちた』とか、そんな…」

 いつもと違う、煮えきらないミハルの態度に、ディーは一瞬驚いた顔をして、

「えっ?…ほんとなの?!」

 と、目を輝かせた。いつもながら声が大きい。

「一緒に買い物してたとか、手繋いで歩いてたとか全部!?」

(結構、見られてる…)

 順を追って確認され、ミハルは顔を赤らめた。昨日の締めくくりを思い出したからだ。

「ねえねえ!」

「ほんとに、やめて…」

 片手で顔を覆い、もう片方の手でディーを制止する。

「わあ…」

 と、ディーは遠い目をした。が、すぐに視線を戻して、

「っていうか、ミハルのその初々しさ、なんなの?」

 珍しい生き物でも見るみたいな目をする。

「『手ぇ繋ぐ』で赤くなるとか…。普段その手にチューまでされてるじゃん!」

(昨日、口にもされた)

 とは言えない。

 顔の熱が引かないミハルはパタパタと、両手で顔を扇いだ。

 ディーが差し出した水を一口飲むと、少し熱が引いた気がする。

「…ねえ、決め手はなんだったの?絆されちゃった?」

 ディーは、容赦なく切り込んでくる。テーブル席の方で、周りの客も秘かに聞き耳を立てているが、カウンター席のミハルはそれには気付かず、少し考えて、

「…よく、分かんない」

 と、答えた。本音だった。

「え~…?」

 ディーは、呆れ声をあげ、両手の平を上に向けて、「やれやれ」と首を横に振る。そばで聞き耳を立てている者たちも、ある者はため息をつき、ある者はテーブルに伏し、ある者は顔を覆って天を仰いだ。

「…決め手、みたいのは、正直、よく、分かんない。よく分かんないんだけどさ…」

 考えがまとまらないミハルは、思いつくままを口にする。

「けど…絆されたとか、ではないかな…」

 また、少し考えて、

「あ、こういうの『落ちた』っていうのかな?」

 その言葉に、ディーは大きな目をさらに見開いた。周りの者達も息をつめてミハルを見る。

「…ちょっとぉ…」

 ディーが何か言いたげなのには気づかず、ミハルは、昨日のことを思い出していた。

 ライトの隣にいる自分に、しっくりときた瞬間が確かにあった。自分の中で膨らんだ思いを認めてしまうと、体が軽くなった。

「なんて言うか『すとん』って、収まるところに収まった、って言うか、そんな感覚…。うん『落ちた』って、こういうこと?ディーの言う通りだった」

(…前世を忘れられないと、思っていたけど、俺、ライトさんが…)

「ミハル…。…なんか、良かったね」

「うん…」

 幸せそうに微笑むミハルを、ディーも後ろの者達も、ミハルと同じ表情で見つめていた。


 ◇◇◇◇


 シンガ村は、畜産や酪農が盛んな土地だが、旅の中継地点としての機能もあり、「村」と言っても、中心部はかなり栄えていた。

 前世、ゲームの中で立ち寄ったこともあるはずだが、視点が違うからか、ミハルが思っていたよりも村は大きく、賑やかな雰囲気に思えた。


 行き先が同じだという商人に、護衛を兼ねて荷馬車に乗せてもらえたおかげで、予定よりも早く村についた。

 歩いて、となると、かなり時間も体力も費やしただろう。

 ミハルとライトは、早々に宿に入って荷ほどきをし、村長のもとに赴き話を聞いたが、ギルドで得た情報と大差なかった。明朝、現場を訪れることにし、今日はもう宿で休むことに決めた。


「…先日も思ったが、うまそうに食べるな」

 宿で二人、夕食を取りながらライトが微笑む。

「そりゃ…美味しい、ですから…」

 食事しているところを人からまじまじと見られることがないので、少し気恥ずかしい。

 シンガ村は酪農が盛んというだけあって、料理にも、乳製品がふんだんに使われている。ミハルは、クリームシチューを食べ終えるところだった。ジャガイモやニンジン、鶏肉の団子等がゴロゴロと入ったボリュームのあるシチューは、素材の良さもあって、こくがあって美味しい。この村は、野菜も肉も豊富なようだ。

 ライトも、チーズをのせて焼いたパンと、鶏肉のハムを肴にエールを飲んでいる。

「ついてる」

 ミハルの唇のすぐ横を拭い、その指先をペロリと舐めた。

「!」

「たしかにうまい」

「それだけで?!…あの、そういうことは…」

 不意打ちに赤くなり、モゴモゴと文句を言うミハルに、ライトは余裕の表情を返す。

「いいだろう?このくらい」

(油断してた…)

 道中、魔獣や盗賊への警戒を怠らず、村長との打ち合わせも、てきぱきと進めていくライトを見て「公私をちゃんと分ける人なんだな」と感心していた。そんなミハルの思いを見透かすように、ライトは、

「もう、私的な時間だろう?」

 そう言って、いたずらっぽい視線を向け、楽し気にエールを呷る。

「…」

 ミハルが皿をきれいにしたのを見計らって、

「そろそろ、部屋に行こう」

 と、ライトが促した。
















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