第4話

 受付フロアまでの廊下を歩きながら、

(俺、「大人」なのにな…)

 ディーへの大人げない態度を、ほんのちょっとだけ反省する。

 前世の記憶のせいか幼少期は「子どもらしくない」と言われることが多かった。でも、最近ミハルは、精神年齢が実年齢に引っ張られているような気がしている。

(仕事離れると、ダメだな)

 受付のカウンターにやって来る冒険者たちの中には、一癖も二癖もあるものも多いが、そういう人たちの相手をするときには、前世での社会人経験が役に立っていると思う。しかし、ライトのスキンシップや、ディーのからかいは、いつも上手くあしらうことができない。特にライトのスキンシップは、なぜかかわせない。

(そもそも、「そういう経験」は少ないし…)

 前世では恋人は一人だけだった。現世では、思いを伝えられることはあっても「子ども」相手に、そんな気持ちを持てない。

 でも、今、心がざわついている。それを持て余し、ミハルはため息をついて胸元をぎゅっと掴む。服の下の指輪を握りしめるのは、小さい頃からのミハルの癖だ。


 午後もギルドの受付カウンターには人が途切れることなく訪れ、ミハルのもとには、クエストの受注、素材の買い取りといった雑務が次から次へと舞い込む。忙しいが、他のことを考える暇もないことは、少しありがたい。

 日が暮れ、そろそろ町の門が閉まる、という頃になって、ようやく、ギルド内の冒険者の姿も減ってきた。

 書類の整理や周辺の片付けをしながら、ミハルは自分の姿と前世のゲームに登場するNPC《ノンプレーヤーキャラクター》を重ねている。

 プレーヤーが操作する冒険者には、自分で設定した名前があるが、NPCにはそれがない。「村人」や「町の護衛」など、職業や役割で呼ばれている。

 ミハルが思い浮かべたのは「ギルドの受付係」というNPCで、通常は受付カウンターにいるが、チュートリアル画面にも登場する、ゲームの解説役でもあった。

 前世ではなんとも思わなかったが、今の自分ミハルは、髪と瞳の色が違うだけで、ゲームの中のあのキャラクターと、顔立ちや体格も似ているような気がしてくる。

 現在「ギルドマスター」となっているミハルの養父ガンツも、「食堂の給仕」のディーも、ゲーム内ではNPCだった。

 ミハルやガンツ、ディーがNPCだとしたら、冒険者である「ライト」は、

(誰かが育てたキャラだ…)

 ソロの大剣使いをA級冒険者に育てあげた「誰か」がいるとしたら、かなりやりこんでいたプレーヤーだろうと想像して、勝手に親近感を覚える。

(…そういや『隠しパラメーター』なんてあったっけ)

 あまり知られていなかったが、NPCの一部には表には出ない「好感度」が設定されている。好感度を上げると、そのNPCの名前を教えてもらえたり、会話の内容が少し変わったりするので分かる。

ゲーム内で美春は、はじめに「ガンツ」、次に「ディー」の名前を聞き出すことができた。

個別のデザインがある、名無しのNPCは、隠しパラメーターが設定されていると思って良い。「だから、やたらとビジュアルが作り込まれてるのか」

 と、妙に納得したのを覚えている。

 また、NPCによっては「冒険の仲間にできる」という噂が真しやかに流れていたが、成功したという話は聞いたことがない。


 その時、夕刻を知らせる鐘が聞こえた。ミハルははっとした。

(…違う。ここはゲームじゃない…)

 この世界にいる人は、キャラクターでもNPCでもない。みんな意思があって、名前があって、それぞれの人生を歩んでいる「人間」だ。

(不謹慎だったな…)

 と、ミハルは反省し、苦笑いした。

(「大人なのに」とか、「不謹慎だった」とか、今日は、なんか、反省してばっかりだ)

 ここは、ゲームの世界に似ているだけであって、まぎれもなく「現実」なのだ。


 ふと、ミハルは思い出した。過去、それを思い知らされ、「ギルドで働こう」と思うきっかけとなった出来事を。


 ◇◇◇◇


 ミハルが八歳の頃、ローサ支部の管轄区域で「狂化した魔獣を見た」という目撃情報が相次いだ時期があった。

 狂化した魔獣と聞いて、ミハルが真っ先に思い浮かんだのは、

大暴走スタンピード…)

 だった。

 大暴走スタンピードとは、瘴気によって狂化した魔獣による災害。

 美春は前世で、ゲーム中に一度だけスタンピードに遭遇したことがある。


「狂化した魔獣」の目撃情報が一定数を越えると、

「瘴気の発生源を探し出し、浄化せよ」

 という強制クエストが発令される。

 強制クエストは、ログイン中のプレーヤーが、参加を強いられ、最優先で取り組まなければならない依頼だ。

 瘴気の浄化自体はそう難しくない。瘴気が湧くところは、地形などから特定しやすい。

 しかし、制限時間内に瘴気の浄化ができないと、今度は、

「狂化した魔獣を討伐せよ」

 という強制クエストが発生する。

 これは、プレーヤー全員で、一定数の魔獣か、ボスを倒せば成功だが、狂化して能力の上がった魔獣は、高ランク冒険者でも簡単には倒せず、多くの場合、「依頼失敗」となってしまう。

 すると、ナレーションで、「スタンピード発生」と語られ、ペナルティーで、冒険者達のランクがひとつ下がる。

 最下級Fランクの冒険者は、それ以上下がりようがないためか、「ギルドからの登録抹消」となって、新たにキャラクターを作り直さなくてはならない。


 ゲーム中、プレイヤーの体力が0になってしまった場合、魔法や道具、宿屋への宿泊で回復できる。しかしその場合と違って、「登録抹消」となった冒険者は、その存在自体がゲーム内からなくなってしまう。

(本当に死んじゃったみたい)

 前世ではなんとなくそう思っていた。


 この世界はゲームじゃない。現実世界で大暴走スタンピードが発生したら…。冒険者だけの問題ではない。

 ミハルが、この世界で「死」というものを身近に感じた瞬間だった。





             

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