第25話
ベッドに横たわる
「…失くしたと思っていた。美春が持っていてくれたとは」
赤ん坊の自分が握りしめていたのは、
「…結婚しよう」
事後のぼんやりする頭で、その言葉を反芻した
「……………は?」
と、間の抜けた声を上げた。
その様子に、
「あの日、これを渡して、そう伝えようと思っていた」
「あの日…?」
(「別れよう」ではなく?)
美春が前の人世を終えたあの日、会う約束をしていたのに果たせなかった。その前の数週間も、そういったことが繰り返されていた。それなのに。
「約束を反故にされることが増えて、美春の心変わりを疑っていた時に、決定的な場面も目の当たりにして」
休憩室でふらつき、後輩の愛川が抱き止めてくれたところを偶然見られた。
「あ、あれは…」
「…誤解なんだろう?愛川から聞いた」
「だが、あの時に思った。誰にもやるものかと…」
「……え?…」
「絶対に手離さないと…」
「俺、俺は、愛想を尽かされたと…」
「…あんなことで逃がすものか。何年片想いしたと思っている?」
「俺の執着を甘く見ない方がいい。こうやって、違う世界まで追いかけるくらいだ。美春が嫌だと泣いたって、もう離さない」
(嬉しい…)
明人のその執着を喜んでしまう。それほど自分だって、明人のことが好きで仕方ない。
「…は、離れない…」
「結婚しよう、美春。前も誰にも邪魔させるつもりはなかったが…。美春はそうじゃなかっただろう?でも、この世界なら、誰にも気兼ねはいらない」
「あ、明人…」
「『はい』と言ってくれ、美春」
「はい…もう、離さないで…!」
「美春…!」
お互いの存在を確かめるかのように抱き合い、唇を重ね、再び二人の体が熱を帯びる。
◇◇◇◇
「っ…」
陽がもう、ずいぶんと高く昇っている。
その場の雰囲気と勢いに任せて、情欲に耽ってしまったことを少しだけ後悔する。体の痛みや重怠い倦怠感は愛された証でもあるが、限度というものがある。
それから、自分と
「便利だな」
「ええ」
下腹部や腰のあたりがじんわりと温かいが、腹痛を起こす気配はない。中で出されても魔力として吸収される、というのは楽でいい。この世界は、自分にとって都合良くできている。
場合によっては魔力酔いを起こすことがあるらしいが、以前なんともなかったから、今回も大丈夫だろう。
臍の辺りをさすり、さすった左手の薬指に目を止め、思わず微笑んだ。
「そんな顔をして…。足りないか?」
いつの間にか起き上がってズボンをはいた
「さすがにもう、お腹が空きました」
と言ってかわした。
「…そうだな」
「はい。早く服を着てください」
ライトは渋々シャツに手を伸ばした。
◇◇◇◇
二人連れ立って歩く道すがら、二人は意識して「現在の名前」を呼び合う。
「ライトさん」
「ミハル」
たった数刻のことだったが、先程までの濃密な時間を前世の名前で呼びあったためか、二人とも現在の名前がしっくり来ない、という事態に陥っていたからだ。
「気を付けましょう。ライトさん」
「そうだな。ミハル。ああ、ついでと言ってはなんだが…」
「なんですか?ライトさん」
「…呼び捨てにしないか?あと、口調も、もう少し砕けたものに…恋人同士なのだから」
ライトの提案に、少しためらいながらも、
「…ライト」
ミハルが呼びかけると、ライトが目を細めた。
「…今回は早いな。前は、もっと時間がかかった」
「前」とは、上司と部下だった頃のことだ。
「きっかけを待っていました…」
小さい声でそう言いながら、顔を赤らめるミハルを
「可愛いな、ミハル」
ライトは、嬉しそうに抱き寄せた。
そんな二人の様子に、こそこそと噂をしながら、あるものは微笑ましげに、あるものは妬ましげに、町の人達が様々な感情と視線を向けていた。しかし、今の二人はそんなことは気にならないのだった。
冒険者ギルドの受付係 @migimi
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