第2話 

 ミハルには、前世の記憶がある。物心ついたときには、この世界が前の人生で好きだったゲーム『Another World』にそっくりだと気付いていた。


 前世は「高遠美春たかとおよしはる」という、読書やゲームが趣味の、どこにでもいるようなサラリーマンだった。

『Another World』は、魔獣や魔法が当たり前に存在する世界が舞台となっているオンラインゲームだ。「勇者になって魔王を倒す」といった壮大なストーリーはなく、その世界の人間として生活し、依頼をこなしていく。薬草の採取、魔獣討伐などのほか、屋根の修理や犬の散歩、溝さらいなんて依頼もあった。

 美春が大学生の頃に配信が開始され、初期の頃からのユーザーだった美春はかなりやりこんで、あらゆる依頼を受けてみたし、キャラクターのレベルやスキルがカウンターストップするほどに育て上げ、界隈では「レジェンド」と呼ばれる数人の一人だった。

 ただ、前世を終える間際は、ほぼログインできていなかったが。

 そのゲームそっくりの世界に、美春は「ミハル」として存在している。

(これ、異世界転生ってやつ?)


 この世界で、ミハルは捨て子で、町の外に置き去りされていたのを冒険者に保護された。保護したのは、当時A級冒険者だったガンツという男で、今はミハルの養父となっている。

 保護したときのミハルは、ふんわりとしたブランケットにくるまれ、左手には純銀製の指輪を握りしめており、その持ち物から「貴族の子」と養父のガンツは推測した。しかし、周囲にミハルを置き去りにした者の形跡はなく、保護した後も「貴族の子供が行方不明」といった情報が、一切入ってこなかったらしい。

 ミハルがくるまれていたブランケットも握りしめていた指輪も、かなり上質のものだということは分かるが、産地などが特定できず、ミハルの身元を特定する手がかりにはならなかった。

 ミハルは、ブランケットに見覚えがあった。前世、「美春」が会社で使用していた膝掛けだ。それは恋人からの唯一のプレゼントで、とても大事にしていた物だった。

 指輪については覚えがない。しかし、こちらもなにかしら前世に関係があるのだろうとは思っている。

 ブランケットは現在も愛用し、指輪は革ひもを通して首から下げている。何となく肌身離さず持っていたいと思ったが、サイズが大きくて、指には嵌められなかった。

(前世から「持ってきたもの」だとしたら、この世界で産地の特定はできないよね)

 ミハルはそう、密かに納得していた。

(俺の身元が分からないのも、きっと同じ理由だ)

 転生に気づいた時ミハルは、自分がゲームで育てたキャラクターになったのでは?と期待した。しかし、そうではなかった。ミハルの姿は、ほぼ前世の「高遠美春」だった。

「ミハル」は十八歳。残業続きだったサラリーマン時代のようなくたびれた感じはない。この世界では、普通に生活しているだけでも前世より鍛えられる感じで、サラリーマン時代よりよっぽど健康的だ。だが、この世界の男性の平均的な体格に比べると、美春はやや小柄で細身だった。黒目と黒髪、白い肌という姿もこの世界で、となると珍しい。

 ミハルは自分のことを、前世で死んだ時に、赤ん坊の姿に戻って、この世界に「持ち込まれた」と推測していた。

 ただ、前世の記憶を持ったまま転生した意味はどう考えても分からない。

 ここがゲームの世界と仮定したら、倒すべき魔王は存在しないはずだし、勇者とか聖者とか、そういったチートな存在として召喚されたわけでもなさそうだ。ゲームの知識は攻略本並みにあると思うけれど、果たしてそれが役に立つかどうか。

 時々、死ぬ間際に聞こえた声を思い出す。


 ーここじゃない世界を、生きてみる?ー


 この言葉は、ゲームのタイトルと共に、スタート画面に現れる問いかけだった。

 あの時、たぶん美春は「YES」を選択したのだろう。

(あの声、俺を転生させた「何か」なのかな?)

 それも分からない。あの声が救済だったのか、自分の選択が正解だったのかも。

 どっちにしろ、前世での自分はもう、限界を迎える寸前だった。

 意味は分からないけれど、転生したこと自体、

(良かったか悪かったかで言えば、良かったと思う)

 この世界も、もちろんいいことばかりではない。なにしろ、魔獣という驚異で、この世界は前世に比べて人の死が身近だ。でも、だからこそ「生きる」ことが目的で、日常を過ごしているだけで充実感を得られる。そんな今の生活が、ミハルはとても気に入っていたのだった。






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