第4話

「は? なに、やってないの? やっといてって言ったよね?」

「あの、先にこれオーナーに頼まれてまして……」


 一週間で最も憂鬱な月曜日の始まりを告げるのは、小鳥のさえずりでも朝のニュースに映し出される生気を感じさせないサラリーマンの姿でもなく、バイトの女の子が行う新人イビリである。


「いやいや、あたし聞いてないんだけど。さっき『はい』って言ったよね? 頼んだ時、オーナーに頼まれた仕事があるって言わなかったよね?」


「あの……言ったと思います。『先に任されたこっちの仕事終わってからで良いですか?』って聞いたら『いいよ』って矢満田やまださんに言われたので……」


「だからぁ、それオーナーに頼まれた仕事だって言ってないじゃん。普通さ、そう言うの言うよね? 誰に頼まれたかで優先順位が変わるのとか分からない?」


「えと、矢満田さんが後回しにしてもいいと言ってくれたので――」


「しつこいなぁ。何? そんなにあたしのせいにしたいの? てかさ、やってないのは自分じゃん。なんで被害者みたいな目線なの?」


「そんなつもりは――」

「あるよね? 絶対あるよ。目、見れば分かるから」

「……」


 はぁ……と、溜め息を吐いたのは彼女達のどちらでもなく、今日の午後にお客さんが取りに来る予定の花束を作っていた私だ。


「つかさ、言い訳してる暇があったらさっさと作業進めれば? 口ばっか動かしてないでさ」

「……はい」


 矢満田瑠美奈るみなはそう言って、最新機種であろうスマートフォンを弄りだした。この店では仕事中の携帯電話の使用は特別禁止されてはおらず、窮屈な思いを従業員にして欲しくないからと、服装髪型に関しても割と自由であり、過度に派手じゃない限りは誰も文句を言いはしない。


「あ、枝藤えとうさーん」

「――なに?」

「あたし今日予定あるんで早退させてもらいますねー」

「あ、うん。オーナーはいいって?」

「あー……はい。いいって言ってました」

「……そう。じゃあいいんじゃないかな」

「ですよねー。じゃーよろしくお願いしまーす」


 古代人のような長い爪で、器用にラッピング用の包装紙を整え、備品の確認を始める彼女は、過度に派手である花魁おいらんのように盛った金髪をバッサバッサと揺らし、鼻歌交じりに帳簿に目を走らせている。


「……メラちゃん、今日休憩何時に行きたい?」


 入口付近で一生懸命バケツを洗っているメラちゃんこと落谷目羅尼おちあいめらには、「あ、何時でも大丈夫です」と、思わず抱きしめたくなるような笑みで応えた。


「じゃああたし一番に行ってもいいですか?」


 後ろで電話の子機を握り締めながら、楽し気に矢満田さんは一番手の休憩を申し出る。


「いいよ。じゃあ私と落谷さんはその後一緒に行こっか」

「あ、はい。じゃあ急いで終わらせちゃいますね!」


 バケツの汚れを擦る手を速めるメラちゃんの肩を軽く叩き、ゆっくりでいいよと目で合図する。

 彼女は可愛らしい小さな目を瞬かせて、ニコリと笑い小さく頷いた。

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