第15話

 睡眠を取る時間もなく、翌日は通常通りの早朝に出勤し、オーナー夫妻に事情を報告した。


 暫くの間は騒動の後始末に追われるので、休みを頂くことが多くなりそうだと告げると、旦那さんはただただ大丈夫かと心配してくれて、奥さんは何かあったら力になるから言ってきなと、二人とも優しい言葉をかけてくれた。


 心配されるほどに弱ってはいない私は親不幸ならぬ祖父不幸なのかもしれないけれど、祖父の葬儀やその他手続きの他に、火事を起こしたことの責任の取り方も分からないし、何をどこまで賠償し弁償しなければならないのか、これから多額のお金を請求されるのだと思うと、只管ひたすらに憂鬱でしかない。


 貯金だって大してないのだから、大家さんがもしも火災保険に入っていないとなると、自己破産覚悟で借金をしなければならないのだけれど、流石にそれはないだろうし、昨日のリアクションからすると、そこまでショックを受けている印象でもなかったので、恐らく費用はかからず建て直しができるのではないかと、希望的観測を抱きつつ、自分を騙すことにした。


 オーナー夫妻だけではなく、同僚にも当然伝えなければならない。


 詳細まで説明する気はないけれど、とりあえず家の都合で暫くは満足に仕事に来ることはできないので、代わりに出てもらえる日があるのならお願いできるか訊いて回ったのだが、矢満田さん以外は同情を交えて快諾してくれて、彼女も「はぁそうですか」と、面倒そうではあったが出れる日は出てもいいですよと言ってくれた。


 メラちゃんに至っては、涙声で「大丈夫ですか……?」と自分のことのように心配してくれて、その甲斐甲斐しさというか可愛らしさやらに、なぜかもらい泣きしてしまい、それを祖父を失った悲しみの涙と受け止めたのか、私の背中を摩ってくれて、「私にできることがあったらなんでもしますから!」と、彼女は強い口調で宣言した。


 メラちゃんにしてもオーナーにしても、頼って欲しいと言ってくれたのだけれど、生憎私は誰の手を借りるつもりもなくて、自分でできる限りのことは自分で始末をつけるつもりだ。


 ただ、何分初めての経験が多過ぎて、何から手をつけていいのか、何をすればいいのかすら不明なので、オーナーには出勤頻度が落ちると伝えたけれど、もしかしたら今までと変わらず仕事に出られるかもしれないし、一日たりとも出ることは不可能な状況なのかもしれないのだ。


 少し前までだったら、店を空けるのは不安要素だらけだったけれど、最近は矢満田さんが気持ち少しだけではあるが、心を開きだしたような気がするのが救いで、相変わらずメラちゃんには態度を変えないけれど、仕事に集中する時間が増えたようにも見えて、これなら彼女に任せても大丈夫かなと、安心とまではいかないまでも、そこまで頼りなくは感じていない。


 こうして、なんやかんやとプライベートのことばかり考えながら時間が過ぎていき、特別代り映えのない一日の仕事を終え、お疲れさまでしたと帰途に着こうとした途端、私には帰る家なんてないことに気づく。


 足を止め、泊まらせてもらえそうな友人知人の顔を思い浮かべるも、ひとりとして、それほど仲の良い関係を築けていないことに思い至り、思考も止める。


「あれ……どうしよう」


 ほんとに、どうしよう。

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