第13話

「……」

「……」


「お待たせしました。アラビアータのお客様――」


 膝の上に手を乗せて、無言のままテーブルにつくギリギリまで頭を下げたメラちゃんと、なんと声をかけていいのやら分からない無言のまま見詰めている私の重苦しい空間に颯爽と現れたウエイターの男の子は、きっと普段からあまり空気が読めないだろうと思しき快活な声で、手を挙げた私の前に美味しそうなパスタを置く。


「こちらフィットチーネでございます。以上でご注文はお揃いでしょうか」

「大丈夫です」

「ごゆっくりどうぞ」


 一礼したウエイター男子はパタパタと煩い足音を立てて去っていくのだけれど、その遠ざかる足音が聞こえていないのか、それとも目の前の香ばしいクリームソースの匂いにすら反応できない程落ち込んでいるのか、メラちゃんは顔を上げようとしない。


「ほら、もういいって。大丈夫だから。ありがとね。食べよ」

「……ごめんなさい」


 泣いてこそいなかったけれど、今にも泣き出しそうな潤んだ瞳で私の顔を恐る恐る見上げる彼女の可愛さたるや、世に存在する数多あまたの小動物の可愛さを数値化してそれを全て乗算した値にも余裕で勝る、圧倒的な可憐さを表現していた。


「だからもういいって。別にメラちゃん、悪いことなんてなにもしてないじゃん。むしろ私を庇ってくれてたんでしょ? だったら――」

「あの、ほんとに、思ってませんから」


 なにを? なんて野暮な質問はしない。生き遅れ的なことを、ということだろう。


「大丈夫だって。メラちゃんがそんな子じゃないのは矢満田さんより私の方が良く知ってるから。ほら、冷めちゃうよ」


 シルバー籠からフォークを取り出し、クルクルとパスタを巻いていくメラちゃん。表情は暗いままだ。というか何をそんなに気にしているんだろう。矢満田さんの口から謝罪の言葉を引き出せなかったことがそんなに悔しいのだろうか。まさかポーズだとは思わないけれど、本当に落ち込んでいるのかな?


「……全くいないわけじゃないんですよ、友達」


 突然そう切り出したメラちゃんは、パスタを大量に巻き付けたまま、口に運ぶことなくフォークを置いた。


「ああ、なんかさっき言ってたね。まぁ私も友達少ないし、世間の人も仲良い友人なんて数人しかいないよ。友達が多いなんて自称してる人は友人知人が多いことをステータスと思って自慢してるか、ほんとは一人ぼっちで虚勢を張ってるかのどっちかだよ」


「……矢満田さんは、友達たくさんいるらしいです」

「……ね? 当てはまるでしょ?」


 クスっと短く声を上げ、「確かに」と破顔したメラちゃんを人目憚らず抱きしめたい衝動に駆られた自分を律する為に、フォークの先を手の甲に強めに刺す。


「あ、手……大丈夫ですか?」

「うん、平気」


 満面の笑みで応える私にクエスチョンマークを浮かべたメラちゃんは「これ、やっぱ美味しいですよね」と、ほうとうみたいに平べったいパスタを小さな口に入れていく。可愛い子は食事しているところが絵になるなぁと、私も食を進める。


 その後、落ち気味だった気分を盛り返したメラちゃんと終始ご満悦だった私は、たわいのない会話を愉しみ、ずれ込んだ分の休憩も確りとってからお店に戻った。


 一時間経っても矢満田さんは不貞腐れた態度を解除してはいなかったけれど、メラちゃんがいないところで小さく「すみませんでした」と私に頭を下げた。


「いーえ。ほんとに気にしてないから」


 そんなやりとりで、この騒動は幕を下ろした。メラちゃんはまだ納得してないかもしれないけれど、まぁ一応当事者としてはこれ以上長引かせるのも嫌だし、別にメラちゃんの前で謝ってもらう必要なんて元々ないのだから、また今までみたいに虐められているメラちゃんを陰ながらフォローしていこうと、上機嫌で仕事を終えた私は、数日後、死にたくなる程後悔することになる。

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