第6話

 その後、私とメラちゃんは、お店から歩いて二分程の所にあるパスタ屋さんに向かい、昼食を取る。


 彼女は何度も私に謝罪と感謝の言葉を吐き、「いつも何だか申し訳ないです」とサラダの上に散りばめられたシラスをフォークで突きながら、彼女には珍しく愚痴を溢した。


「気にしないで」と気にしている人間に言ってあげる程度の優しさや思い遣りの心を私は持っているつもりだけれど、同時に「はい! じゃあもう気にしません!」と切り替えられる者は元から然して気にしてなどいないんだろうなと、ある程度年齢を重ねてから思い至ってもいて、安易に頭に浮かんだ台詞を口にすることを避けてもいるので、ここでは「年長者だからね、一応。なんかあったらすぐ言って」と、先輩風を吹かすことで彼女に安堵をもたらそうとしたのだけれど、彼女の表情は曇ったままだった。


「私……いつも失敗ばっかで……矢満田さんにも凄い怒られてますし……」


 必要以上に自信を失ってしまうのは、新人特有の憂鬱で不安定な精神状態ではよくある症状だけれど、彼女の場合、特に仕事ができないわけでもなければ遅いわけでもなく、一生懸命やっているのは伝わるので、矢満田さんが言う程悪い部分なんてないという見解を、私はもちろん、オーナーも、唯一の社員である葉柳はやなぎさんもしている。


「矢満田さんの言ってることは――まぁ百パーセント間違いってわけでもないんだけど、でも言い方もやり方も良くないっていうのは私も思ってるんだよね。何だろ、多分あの子、あんまり自分に自信がないんじゃないかな」


「え……? あの矢満田さんがですか?」

「うん」


 驚くのも無理はないのかもしれない。一般的に横暴且つ細かいことに目くじらを立てる人間は、自信に満ち溢れているイメージを持たれがちなのは当然だし、本当に過剰な程に自分を絶対だと信じて止まない人間もいるだろう。


「でもね、意外とそうでもないこともあるんだよ。細かい人ってさ、『このやり方じゃないと駄目』って考えだから、他人にも強要したりするでしょ? それは他のやり方だとできる自信がないからだったりするの。社長とかオーナーとか、その人が経営しているんだったらまだしも、一従業員が自分のノウハウを他者に押しつける場合、他のやり方ができないからっていう側面が必ずあると私は思う。何でもそうだけどさ、『一番効率がいいとされる動き』ってあるじゃない? で、それをやっておけばまあ間違いはないんだろうけど、でもさ、あれやこれやって試行錯誤したり、思わぬ棚ボタで新しい閃きみたいなのに出会えることもあるでしょ。普通はそうやってどんどん進化していこうとするんだけど、彼女みたいな人は新しいことに消極的なの。今現在自分が持っている知識や技術以上のことをこなせる自信がないし、これでできてるんだからこれでいいじゃんって考え方なんだと思う。だから、自分よりも新しいメラちゃんには上から押さえつけるようにあんな言い方になっちゃうんだと思うよ」


「は~」とナポリタンをフォークに巻き付けたまま固まるメラちゃんは、私の目を見て目を大きく見開いている。


「そういう見方もあるんですね~」

「うん。まあ偏見かもだけど」

「いや、私もそう思います。そうかぁうんうん、成程。言われてみればそんな気もしてきました」


 しきりに頷き、限界まで巻き付けたパスタを小さな口を目一杯開いて頬張るメラちゃんは小動物っぽくてとても可愛かった。


 マムマムと咀嚼しながら何やら考えを巡らせているのか、視線を宙に漂わせ、小刻みに頭を上下に動かしているメラちゃん。先に食べ終わってしまっている私の皿が視界に入ったのか、慌てて飲み込もうとする彼女に「ゆっくりでいいから。まだ三十分近くあるし」と言いながら、自然と笑みが込み上げてしまう。凄くいい子なんだよな~、この子。


「……いつも嫌な思いさせちゃってごめんね。――こういうのはあんまり言っちゃいけないのかもだけど、正直、私も葉柳さんも矢満田さんは持て余してるんだ。仕事ができないわけじゃないし――ルーズなところもあるけど、彼女なりに色々やってくれてるからね。悪い子じゃないんだけど、でも異様にプライドが高いとこもあるから、注意するのも注意が必要というか……。まあ何だかんだ気を使う子ではあるんだよね」


 マムマム。メラちゃんは咀嚼を続けている。ていうか飲み込むの遅くない?


「というわけで、もう少し何とかするからさ。シフト別々に組んであげられれば一番いいんだけど、それは二人の都合もあるから私の一存でどうこうってことでもないし。あんまり大事おおごとにするのも何だし、矢満田さんには上手く話してできる限り改善してみるよ」


「何から何まですみません。私も少しでも早く慣れるように頑張ります」


 ンゴクと漸く口内のパスタを飲み込んだメラちゃんは、オレンジ色のソースがべったりとついている皿に髪の毛が入りそうになる位深々と頭を下げ、そう言った。


「いいえ。ま、ゆっくり慣れていこうよ」


 あと二口程度で完食できそうな彼女の食の進み具合を見て、ウエイトレスさんに食後のアイスティーを頼む。


「ちなみにさ、私が休みの時って葉柳さんは何かフォローしてくれる?」

「特になにも」


 ああ、私は彼女のこの快活な笑みが大好きだ。

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