第3話

 花屋は、個人経営なのかチェーン展開をしている店なのかで、業務内容が大きく異なる。


 パート職員である私は、朝六時半頃に出勤し、開店準備を始めつつ、市場に買い付けに行っているオーナーが帰店すると同時に、それらをどう売り出していくのか相談しつつ、店のディスプレイや花の見せ方をあれこれ考える。


 開店は十時。本来非正規の職員は九時半頃出勤すればいいのだけれど、唯一の社員は朝が弱く、オーナー夫妻との協議の結果、私が社員の変わりに早朝から出ることになった。


 私は早起きが苦手というわけでもなく、むしろ深夜に起きている方が余程辛いので、この申し出には快く応じた。夫妻の人間性に惹かれているから力になりたいとは表向きの理由で、決め手になったのは、早朝手当が思いの外大きかったからである。


 個人経営店ということもあり、オーナー達に運営方針の全権がある為、どんな無茶でもやってしまえるのが強みというか、融通を利かせ易いということなのだろうけれど、通常、深夜早朝の手当ては二十五%、若しくは多くても五十%増しなのだろうけれど、ここではまさかの百%アップだった。


 時給が二倍。これはなかなかに美味しい条件ではないだろうか。


 二つ返事でOKした私に、彼ら夫妻は朝食まで用意してくれる。奥さんが作って持って来てくれるおにぎりと唐揚げなどのおかずはまあそれなりには美味しくて、有難さは当然あるけれど、しかし流石にいつもいつも用意して頂くのは心苦しくもあり、過去二度三度断りを入れたのだけれど、「好きでやってることだから」と、私の思いを受け入れてはくれなかった。


 まあ、多少なりとも食費が浮くから問題はないかと自分を納得させつつ、甘んじて頂いている。


 とはいえ、オーナー夫妻に対しては特別不満などなく、かなり良くしてもらっている為、ここで働き始めてから早五年、初々しく色取り取りの花々を眺めていた三十路の私は、今や五年分の歳月を感じさせる老化を体内体外問わず、ヒシヒシと感じる機会が増えてきた。


 百五十八センチと、割と小柄なこともあってか、若く見られることの方が多いのだけれど、スッピンの顔が鏡に映った時、無意識に――いや、意識的に目を逸らしてしまう程度には歳相応のしわくすみが現れ始めているのだ。


 深くはなくとも薄らと視認できるまでに刻まれた豊麗線ほうれいせんを何とか誤魔化そうと、入浴中にマッサージをしたり、ファンデーションの種類や塗り方を変えてみたりと試行錯誤した時期もあったけれど、最近はもう諦めかけている。これからどんどんと見るに耐えない外見になっていくのだ、多少足掻あがいたところで何がどう変わるわけでもなし、高額な美容グッズやエステに通うような努力はもうすべきではないのだろうと、手を出したこともない私は自分を戒める。


 芸能人が綺麗なのはお金をかけているからだ。

 一般人で綺麗な人は苦労をしていないからだ。


 そんな風に自分を慰めつつ生き長らえて早三十六年。

 この歳になって今更ながらではあるが、毎日考えてしまう。


 ――私は何をしているのだろう。

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