第18話
簡単な聴取だと聞いていたが、父は翌日の夕方まで拘束され、閉店間際のパルテールに、焼け出された時と同じ格好でやってきた。
幸い、店員は私しかいなかったので、華やかな場所には這入り辛いのか、外でウロウロしていた父を店内に招き入れ、「大丈夫なの?」と、特に何についてというわけでもなく訊くと、「……ああ」とだけ答えた。
「お前、どこに寝泊まりしてるんだ。ここか?」
「お店には泊まるスペースなんてないよ。……友達のとこ。お父さんはどうするの?」
暫し沈黙した後、「まあ、何とかするよ」としゃがれた声で言った。
「お金、持ってる?」
財布を取りに奥へ引っ込もうとした私を「あるよ」と呼び止め、ポケットから財布を取り出し、一万円札を私に渡した。
「お前もいつまでも友達んとこに居続けられないだろ。後でもう少し渡すから、とりあえずこれでカプセルホテルでも泊まれ」
「いや、お父さんこそ余裕ないんだから、持っておきなよ。私は大丈夫だから」
突き返した一万円札を、私の手に押し戻して強引に握らせると、踵を返し、立ち去り間際に「明日葬式やるからな」と、やはりガサガサの声で言った。
「……うん。分かった。何時にどこに行けばいい?」
集合する家がなくなってしまったのだ。集まる場所は前もって決めておかなければならない。財布は持ち出すことに成功したのかもしれないけれど、恐らくここに訪れたということは、携帯は火事で失ってしまったのだろうから、気軽に連絡を取り合うことなどできないのだ。
携帯があった頃に、一度でも気軽に連絡を取り合うことがあったかは疑問だけれど。
「夕方――四時に奈雲葬儀場にくればいい。すぐに焼いて、そのまま墓まで持ってくから、何にも持ってこなくていい」
「――うち、お墓あったっけ」
「無料の納骨堂か――無縁仏だな。まぁあのじーさんにはお似合いだろ」
「……」
否定することも同意することもなく黙していた私との会話はここで終 りだと察し、店を出て行く父の後ろ姿は、彼の忌避していた父親にソックリだった。
そして翌日、滞りなく祖父の死後処理は終了する。立派な墓こそないけれど、最低限の供養はしたのだから、無事に天に召されただろう。
死亡届やらなにやらの手続きも全て父がやってくれたようで、祖父の死に関しての私がすべきことは残されていなかった。
肉親が燃やされる様を見届けるなんて、なんとも不思議な気がしたけれど、焼き終えた後に残った僅かな骨を見て、巷説の『死んだら土に還る』という意味が少しだけ理解できた気がした。
どんな風に生きようと、どんな風に死のうとも、後に残るのはこれっぽっちの骨だけで、死ぬまで誰かと寄り添うことの意味なんてないんじゃないかなんてことも考えたりして、でもすぐに、それはパートナーがいない私の言い訳にしか過ぎないんだろうなと思い直し、あ、パートナーって言い方は古いんだっけと、どうでもいいことに意識を持っていかれながら、三十五年間お世話になり、そしてその後半の数年間お世話をした祖父を見送った。
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