第18話 ジングル・ベル
その日イヴは、花火の音で目が覚めました。
「わあっ……!」
いつもたくさんの色で街じゅうを彩るキラキラの飾りたちは、今日はすべて金色の飾りで統一されていたのです。アイシクルドロップや、知恵の実や、星や、キャンディケインも、今日は何もかもが金色なのです。空には花火が次々上がり、商店街も朝からにぎやか。
「何かのお祭りなのかしら?」
イヴは急いで支度をして、もはやみんなのたまり場になっているニコの屋台まで走りました。
◆
「おはようジンジャー、ルーク!ニコは?」
「さあ?屋台お休みらしいのよ」
「この街、今日はいったいどうしたんだ?」
「私もそれを聞きに来たの。朝起きてびっくりしちゃった」
「クリスマスタウンって、こんなにたくさんの人が住んでいたのね」
辺りを見回すと、レンガ道が見えないほどの人混みができていました。みんな、いつもよりもウキウキとした雰囲気です。その中に、見知った顔が歩いているのを見つけて、人混みをかき分けて進みました。外ではまず見ない顔です。
そこは広場の真ん中で、なにか催し物をしているようでした。
「カイさ~ん!」
「うん?イヴの声が聞こえた気がしたんだけど」
「こっちこっち!」
「やあ、イヴ」
カイさんは、広場の真ん中で人混みに囲まれて、とても大きなキャンバスに絵を描いていました。キラキラと空を飛ぶ絵筆が、カイさんの手指のように自由に動いて色を置いていきます。カイさんは、絵を描く手を休めてイヴたちの方へやって来ました。
「ねえカイさん、今日は何か特別な日なの?」
「あ、聞いてないんだ。今日は、お祭りだよ。選ばれたサンタがそりを貰う日だからね」
「そりを!?」
「そう。だから僕も、そりを貰う式を描くために呼ばれたんだ。今はまだ前座だけど」
カイさんは、鼻歌を歌いながら、軽い調子で筆を振っています。空には雪でなく白い花弁が舞い、いい香りが街を包んでいました。
「きれーい……」
「ニコったらこんな日までお勉強なのかしら!」
「ほら、式が始まるよ」
壇上に、そりを貰うサンタが並びます。今回は二人。
「ニコ!?」
「ナタリーもいるわ!!」
「あいつ、そりを貰えることをおれたちに黙ってたのか!」
「君たちを驚かせたかったのさ。サプライズプレゼントみたいにね」
壇上のニコがイヴたちに気づいて、少し申し訳なさそうに、でもとっても嬉しそうに手を振ります。隣のナタリーはそんなニコを面白くなさそうに、でも嬉しさを隠せないように見ていました。
「ま、ここまではお互い想定内ね。ここからが勝負よナイト」
「うん……」
「なによ気の抜けた返事ね」
「いや、頑張るよ」
その時空から、そりに乗ったサンタが降りてきました。大きくて優しそうで、まさに「サンタ」。周りからニコラウス23世をたたえる声が上がっています。どうやらあれが、ニコラウス23世、ニコのおじいちゃんなのでしょう。
「ナイト・ニコラウス。前へ」
「は、はい!」
ニコは、ニコラウス23世からなにかきらきら光る小さなものを受け取りました。次いでナタリーが同じもの受け取り、街じゅうが大きな拍手に包まれました。ニコラウス23世がそれを制すと、しんと静まり返りました。
「そりの授与のほかに、もう一つ、式をしたい」
ざわざわとささやきが走ります。
「この度私はリーダーの役目を、譲ることにした…………ニコラウス24世の誕生だ!」
街じゅうが、またさっきのように拍手で溢れます。ニコもナタリーも一瞬驚き、そして笑顔になりました。
それからというもの街はお祭り騒ぎ。踊り歌う人混みをかき分けて、ニコがみんなのところへやってきました。
「メリークリスマス、みんな」
「ニコ!おまえなんでおれたちに秘密にしてたんだよー!」
「そーよあんなに応援してたのに教えてくれないなんて!」
「でも、そりをもらえて、とってもおめでたいと思うわ!私たちも、誇らしい気持ちよ!」
「ありがとう!ほら、式の日まで誰にも言っちゃいけないって決まりがあるから……」
ニコは、両頬を真っ赤に染めて、照れくさそうに袖をいじります。
「今日はとってもおめでたいからって、三日三晩くらいはお祭りになるよ」
「そうなの?」
「サンタの仕事はいつもどおりだけどね!時間は少し遅くなるよ、みんな夜まで騒いでるから」
「そっか。ねえニコ、私たちも時間までお祝いしましょ!」
「そーよ!ひとつの夢が叶った日だもの!」
イヴたちは、ニコやカイさんまでもを連れてお祝いに出かけようとしました。
「あ、待って。ねえ、ナタリーは?」
「え?どうだろう、家に帰ってるかも」
「イヴ、あの子は気にしなくていいじゃないの!」
「一緒にそりをもらったんだもの、お祝いだって一緒にしてもいいはずだわ」
イヴがきょろきょろとあたりを見回していると、ジンジャーが叫びました。
「そうよ!そりをもらったってことは、ニコも遠くへ行って帰ってこなくなっちゃうの!?」
イヴは、ちくちくと胸が痛くなって、なんだか走って逃げだしたい気持ちになりました。
「いや。だって、まだ大人じゃないし……」
「なんだか含みのある言い方だねぇ」
お酒を飲んで酔っ払ったカイさんがみんなの上に寄りかかってきます。
「おもい!」
「おとなってこれだからイヤんなるぜ」
「この街にいたい理由があるんだろぉ~う?」
「う~ん……まあ、そだね」
みんなで力を合わせて、カイさんを近くのベンチに放ります。
「みんなもっとていねいにあつかってくれよぉ~ひさしぶりにそとにでたんだから~」
「はいはい」
「ねえニコ、この街にいたい理由って……?」
「うん……僕さ、君たちの幸せを見届けたいんだ。君たちは街の外からやってきたから、君たちの願いが叶うまで一緒にいたくて」
みんなの願い。それを見届けたら、ニコもこの街を出てどこか遠くへ行ってしまうのでしょうか。
「ね、ねえニコ。さっきもらったのがそりなの?」
「ううん。これはそりを呼び出す笛なんだ。これを吹けば、いつでもどこでも、ルドルフさんの牧場からそりが呼び出せる」
「すごーい!ねえイヴ、今日の配達はそりに乗せてもらったら?」
「それは……悪いんじゃないかしら。せっかくもらったばかりのそりなのに……」
「え?僕は最初からイヴを乗せるつもりだったよ」
今日はこんなに街が綺麗なんだし。と付け足して、ニコは笛を吹きます。鳥のさえずりのような音が鳴ると、目の前にそりとトナカイが現れました。
「すごーい!」
「まだちょっと時間に余裕があるけど、行こうか、イヴ」
「ほんとにいいの?」
「そりがイヴを乗せたがってる」
イヴは少し笑って、ニコの隣に乗り込みました。ニコがトナカイたちに声をかけると、ふわりと空へ飛び上がります。
「わぁっ……」
「街が、星空みたいだね」
夜空を泳ぐように進むと、町全体が見渡せます。星のような光の集まりが、街の中心あたりでしょう。そこから外側へ、少しずつ減りながらも光が続きます。歩いても端が見えないだけあって、とっても大きな街です。
「ねえニコ」
「なぁにイヴ」
「私の気持ちが決まったら、パパとママに送るプレゼントを、一緒に考えてくれる?」
気持ちが決まったら、というのは、帰る決心がついたら、ということでした。イヴはまだ、帰りたい気持ちとクリスマスタウンにいたい気持ちが闘っていたのです。
いつのまにか、この街が、この街の人が、大好きになっていました。
「もちろんだよ。君の幸せのためなら、僕はきっとなんだってする……けど」
「けど?」
「イヴがむこうの世界に帰ってしまうのが、とっても寂しい」
「そうね……私も、この街やみんなと……ニコとお別れするのが寂しい。でも、悲しい思い出にはならないって、ニコが教えてくれたから」
いつの日かこの街で過ごしたことを思い出して、今日みたいにあたたかい気持ちになることがあるかもしれない。そう思うと、イヴは少しだけ幸せになる勇気が湧くのです。
「僕、きっとイヴに会いに行くよ。このそりに乗って、イヴのところまで行って見せるから」
「きっとよ、ニコ。私、毎日空を探すから」
パパを想っていた時のように。空を見上げて、きっと探してしまう。
そりは光をまとって、街じゅうへ幸せを届けました。
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