第21話 流星



「私、願いを叶えるわ」

「決めたのね、イヴ」


ルークが去って一夜明け、またいつものようにニコの屋台に集まりました。一人分の空白が少し寂しいけれど、次に会う時を楽しみにするのです。


イヴの手の中にはルークの駒と、封がされた手紙。約束の象徴です。


「でも、気になってることがあるの。私が幸せになることがジンジャーの幸せだとしたら、やっぱりジンジャーはどうなるのかしら。一緒にいたいって願いは、叶えてもらえるのかしら」

「大丈夫よ、イヴ。私も一緒にいたいって願うから」


小さい頃に、イヴが作ったジンジャークッキー。どうにか一緒に帰りたいと、帰っても友達でいたいと願います。


「ほら、プレゼントも用意したんでしょう?なら、ニコに頼んでみましょう」

「うん……」



いつもより多い配達の後、イヴはニコを引き留めました。


「お願いがあるの」

「なぁに?」

「ニコのそりで、パパのところへプレゼントを配達したいの」


悩み悩んで決めたプレゼント。きっと、帰ったらあの日の続きをする気がするから。


「もちろん。イヴの願いなら、なんでも叶えるよ」


笛が鳴り、トナカイに引かれたそりが現れます。


「イヴ、こころの準備は良い?」

「……うん!」


しかし本当は、イヴはまだ迷っていました。パパにプレゼントをあげたいのも本当、向こうへ帰りたいのも本当。でも、ニコやジンジャーやみんなと一緒にいたいのも本当、クリスマスタウンにいたいのも本当。


反対の本当がぶつかりあって、イヴの心に渦巻きを作っていました。


でも、今考えるのはパパのこと。イヴは、気合を入れてそりへと乗り込みます。


「……よし、行こうか」

「うん!」


そりは、キラキラとした粒子を舞い上げながら、空へ、空へと、もっと高い空へと飛び立ちました。


次第に辺りが淡い虹色に光り、再び暗く、星空に出ました。


「今のはいったい……ここはどこ?」

「イヴのパパがいる国みたい」

「本当!?」

「いまからイヴのパパがいる部屋に向かって、二人を会わせてあげる」


途端に、イヴの心臓はどきどきと鳴りだしました。クリスマスタウンにいたからか、もっとずっと長いこと会ってないような気がしたからです。


「ねえイヴ、パパだけでいいの?」

「ママは家にいるから、朝起きてからあげるの」

「そっか!じゃあ、行っておいで」

「うん!」



コン、コン、と遠慮がちなノックが聞こえます。イヴのパパ、アッシュは、こんな時間の来客を不思議に思いながらドアを開けました。


「イヴ!?」

「メリークリスマス、パパ」

「イ、イヴ!?どうしてここに?なぜサンタの格好を?え、ママは?一人で来たのか?」


アッシュはすっかり慌ててしまいます。そんな姿を見て、イヴはすっかり落ち着いてしまいました。みかけは成長してないけど、中身はすっかり成長しているのです。


「パパ、落ち着いて。私ね、実はサンタの見習いのお手伝いをしてたの。今はサンタのお手伝いなんだけど」

「なんだって?」

「ほんとは秘密なんだけど、パパには教えてあげる!こっち来て!」


イヴは、アッシュの手を引いてニコのところへと戻りました。その道中プレゼントを渡してないことに気づき、立ち止まります。


「その前に、これ、パパへプレゼント!開けてみて!」

「どれどれ…………」


プレゼントを開けて、アッシュはすっかり固まってしまいました。あんまり長いことそうしているので、イヴは痺れを切らしてパパをつつきます。


「ねえ、聞いてる?それね、私がカイさんに習って描いたの」


プレゼントは、家族の肖像画でした。イヴと、パパと、ママ、それからグッピーのサマンサが、笑っている絵。イヴは、これを描くためにカイさんのところへ絵を習いに行っていたのです。本当なら絵の具が乾くまでにたくさんの時間が必要なのですが、これは魔法の絵の具なので好きな時に乾くのです。イヴは、こんな魔法も見納めなんだなあと思っていました。


「カイさん、って?」

「絵の先生よ!」

「……」


アッシュは、またしげしげと絵を眺めて、そして涙をこぼさないように上を向いて目を押さえました。


「たくさん、話したいことがあるの」

「パパもだ。イヴに、たくさんの贈り物があるんだ」

「たくさんの贈り物?」

「今のうちに渡しておこう」


アッシュは、胸元から鎖のついた小さな鍵を取り出して、イヴに渡しました。


「鍵?」

「これは、二階にある部屋の鍵だ」

「あの、いつも閉まってる部屋の?パパの書斎だって聞いてたけど……」

「帰ったら、ママに言って開けてみてくれ。ああ、できれば一緒に開けたかったけど、でも、どうにかクリスマスのうちに開けてくれ」

「わかった!ね、パパ、こっちよ!来て!」


イヴは、今度こそアッシュをニコのところへ連れて行きました。


「パパ、この子が私を連れてきてくれたの」


アッシュはニコへ、ニコはアッシュへ向き直りました。


「あ、どうも……イヴがお世話になってます」

「メリークリスマス、イヴのパパ」

「イヴといい君といい、その恰好は……」

「サンタです」

「サンタなの」


ニコの後ろには、キラキラと光る、トナカイに引かれたそり。アッシュは、一生懸命理解しようと頑張りました。


「本物のサンタなの。まあ、たくさん話したいことはあるんだけど、パパが帰ってきてから話すね」

「ああ、わかった……?」

「それじゃあ、私は帰るね!」

「あ、イヴ!」


イヴは、ニコといっしょにそりへ乗り込みます。アッシュは、あわてたようにイヴを呼び止めました。


「なあに、パパ?」

「お誕生日、おめでとう。それから、メリークリスマス。きっと、クリスマスのうちに帰るから」


イヴはアッシュとハグをして、そりへ戻りました。


飛び立つそりをみて、アッシュは呟きます。


「サンタだ……サンタは本当にいたんだ……」


幼い頃に感じた悲しみが、癒された気がしました。



「イヴ、なにそれ」

「家の部屋の鍵だって」

「鍵?」

「帰ったら開けてみなさいって言ってた」

「そっか」


それきり、ふたりは黙ってしまいました。


イヴは願いを叶えたから、もうじき帰ってしまいます。


「イヴに、謝らなければいけない」

「え、なに?」

「本当なら、そりをもらった日にこの世界へきて、願いをかなえてあげるべきだった」


そりは、来た時よりもずっと、ゆっくりと飛びます。


「でも、僕がイヴと離れたくなくて、先延ばしにしたんだ」

「私が決めたのは今日だから、ニコが謝ることないわ」

「ありがとう」

「ねえ、ジンジャーはどうなるのかしら。一緒にいたいとは願ったけど、元はクッキーだし……」

「どうなるかはまだわからないけど、悲しむことにはならないはずだよ」

「よかったぁ……」


再び、静かになってしまいます。願いを叶えた達成感と、帰るまでのカウントダウンが始まったことへの焦りとが、イヴを落ち着かなくさせました。辺りは、虹色に差し掛かったところです。


「イヴ、最後の日はどう過ごしたい?」

「最後の日は……」


イヴは、空中に浮いているような気持ちになりました。ぐらぐらと揺れて、底が抜けてしまいそうな。


(帰れる。帰りたくない。パパやママと一緒にいたい。クリスマスタウンから離れたくない。でも、時がきたらさよならしなくちゃならない。私は――――)


「イヴ!?」


イヴの体はそりやニコの手を通り抜けて、虹色から真っ暗闇の中へ落ちてしまいました。


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