第20話 またね、ルーク



朝、イヴはゆううつな気持ちで目が覚めました。


ルークが、帰ってしまうのです。


最初は意地悪だったけど、今では毎日楽しく過ごしている、大事な友達なのです。


「でも、悲しい思い出には、ならない」


いつも胸の中にある言葉。楽しかったことも、嬉しかったことも、嘘にはならない。いつか、思い出すだけで心が温かくなるような、そんな思い出になるのです。


「ルークに、最高に楽しい一日を過ごしてほしい」


楽しい気持ちや幸せな気持ちをたくさん持って帰ってもらいたい。そう思いました。


奇しくも、今日のプレゼントはきれいなガラスでできたチェスセットでした。



「よーしそろったな!まずは朝食を作って食べる!」

「だから食べずに来いって言ったのか」

「材料はどこにあんのよー!」

「ローズさん家を借りる」


一行は既に事情を知っているローズさんの家へ向かいました。


「いらっしゃいみんな!待ってたわよ~」

「よろしくお願いします」


あれこれ言いながら作って、ブランチになってしまったごはんをみんなで食べました。少し世間話をした後で、みんなはルークの家へ向かいます。


「ルドルフさんのとこで、みんな引き取ってくれるって言うから」


ルークが動物たちを呼ぶと、一斉にルークのもとへ集まってきます。動物たちやルークの顔を見ると、きっと仲が良かったのだろう、彼らも友達だったのだろう、とわかりました。


リードなしでもきちんとついてきた動物たち。最後にご飯をあげて、みんなの名前を一つずつ呼んで、お別れを済ませます。


動物たちはなかなか離れようとせず、ルークは走って牧場から出ました。少しだけ、泣いてるような気がしました。


「もう日が暮れるなぁ」

「そうね……」

「元気ねえなイヴ」

「そりゃ出ないでしょ、友達とのお別れがあるんだもん」

「ジンジャー、おまえは平気そうだな」

「私、悲しまないタイプだから」


イヴの申し出で、夜ご飯はカイさんも招いてイヴの家で食べることにしました。


「やっぱりイヴのサンドウィッチは最高ね!」

「ルークは、むこうの世界に帰っちゃうんだね」

「うん、まあ。潮時ってやつだ。この上なくちょうどいい」

「そっか。君は幸せを見つけたんだね」


クリスマスのご馳走のほかに、イヴが作ったサンドイッチやローズさんと作ったクッキーが並びます。なんだか、いつものご馳走よりもずっとずっと、素敵に見えました。


「ねえ、プレゼントは持って帰れるかって前に聞いたでしょ?」

「うん」


みんなもうそろそろお腹いっぱい、という時に、ニコが話を切り出しました。


「おじいちゃんに聞いてみたら、プレゼントは手に持てる分だけ持って帰れるんだって」

「そっか。じゃあ、このチェスボードだけ、持って帰ろうかな」

「ねえ、お弁当は持っていけないのかしら」

「持って帰れると思うよ。持てるし、鞄にも入れられるからね」

「じゃあ、少しでも思い出になるように、サンドウィッチとクッキーを持って行ったらどうかしら。私、包んであげる!」

「ありがと。持ってくよ」


夜ご飯の後はみんなでチェスをします。だんだん、0時が近づいてきます。


「なあイヴ」

「なあにルーク」

「あー……いや、後でいいや」

「そう?」

「よし!そろそろ支度するよ。また、ついてきてくれる?」

「もちろんよ!」


ルークの家、ルークの部屋。初めて入る場所に少しまごまごして、でも、すぐにくつろぎ始めました。


「これは持って行こうかな。こっちは置いていこう」


イヴは、ルークが支度をするのを不思議な気持ちで見ていました。友達が、これからもう会えないかもしれなくなる。その支度をしている。今までの日々が、ぐるぐると頭の中を回ります。


「よし、と。時間的にもちょうどいいな。どう帰るのかはわからないけど、帰るならここだ、って決めてた場所があるんだ」



「ニコの屋台って、なんだかんだで思い出深い場所だよな。おれらっていつもここに集まってなんかしてたし」

「街の真ん中の方にあるからね」

「イヴとちょっと二人で話がしたいんだけど」

「お別れまでには戻って来なさいよ!」


ルークは、イヴの手を引いて少し離れた街路樹の下に来ました。


「どうしたの?ルーク」

「まずは、手紙」

「手紙?」

「おれの名前と、住所と、電話番号と、一応おれがここに来た時の西暦と日付が書いてある」

「あ!」

「もし難しくなかったら、会いに行けるし、電話もできる」

「待ってね、じゃあ、私のも書くわ!」


イヴは、ずいぶんひさしぶりにむこうの世界を感じました。向こうでは、こうして連絡先を交換して……といっても、スマートフォンで済ましてしまうので、こうアナログではありませんでしたが。リュックの中からメモとボールペンを取り出して、思い出しながらその情報を書きます。


「いいか?お互い、これを読むのは向こうに帰ってからって約束だぞ」

「わかったわ」

「あとは、これ」


ちゃり、と何か小さなものを手渡されました。なんだか覚えのある感触に確かめてみると、そこにはルークの駒がふたつありました。


「いつか会えたら、また一緒にチェスをしよう」


みんなのもとへ戻りながら、イヴは、とうとう涙をこぼしてしまいました。


「あー!最後の最後でまたイヴをいじめたのー!」

「ちがうって!」

「ごめんね、泣くことないのに……すぐ泣き止むから」


拭っても拭っても、涙は次から次へとこぼれてきます。


「イヴ、泣いてもいいんだよ」


カイさんが、優しく肩をたたきました。


「いつかは幸せな思い出になるかもしれない。でも、今、別れの悲しさを隠すことはないんだよ。君のその涙は、ルークへの友情の証でもあるんだから」


気が付くと、ニコも、あのジンジャーも、目に涙を浮かべていました。


(そっか、みんな、ルークが好きだから涙が出るんだ)


「ほら、あんまり泣かれると帰りづらいから泣き止めよ~!たぶんだけど、また会えるんだからさぁ」

「そうね……そうなのよね、私たち、また会えるものね」


星は輝き、深夜0時のベルが鳴り響きます。


「じゃあな、最高の友達!」


瞬きの間に、ルークはどこにもいなくなっていました。


ルークは、願いを叶えてむこうの世界へ帰ったのです。


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