第20話 またね、ルーク
朝、イヴはゆううつな気持ちで目が覚めました。
ルークが、帰ってしまうのです。
最初は意地悪だったけど、今では毎日楽しく過ごしている、大事な友達なのです。
「でも、悲しい思い出には、ならない」
いつも胸の中にある言葉。楽しかったことも、嬉しかったことも、嘘にはならない。いつか、思い出すだけで心が温かくなるような、そんな思い出になるのです。
「ルークに、最高に楽しい一日を過ごしてほしい」
楽しい気持ちや幸せな気持ちをたくさん持って帰ってもらいたい。そう思いました。
奇しくも、今日のプレゼントはきれいなガラスでできたチェスセットでした。
◆
「よーしそろったな!まずは朝食を作って食べる!」
「だから食べずに来いって言ったのか」
「材料はどこにあんのよー!」
「ローズさん家を借りる」
一行は既に事情を知っているローズさんの家へ向かいました。
「いらっしゃいみんな!待ってたわよ~」
「よろしくお願いします」
あれこれ言いながら作って、ブランチになってしまったごはんをみんなで食べました。少し世間話をした後で、みんなはルークの家へ向かいます。
「ルドルフさんのとこで、みんな引き取ってくれるって言うから」
ルークが動物たちを呼ぶと、一斉にルークのもとへ集まってきます。動物たちやルークの顔を見ると、きっと仲が良かったのだろう、彼らも友達だったのだろう、とわかりました。
リードなしでもきちんとついてきた動物たち。最後にご飯をあげて、みんなの名前を一つずつ呼んで、お別れを済ませます。
動物たちはなかなか離れようとせず、ルークは走って牧場から出ました。少しだけ、泣いてるような気がしました。
「もう日が暮れるなぁ」
「そうね……」
「元気ねえなイヴ」
「そりゃ出ないでしょ、友達とのお別れがあるんだもん」
「ジンジャー、おまえは平気そうだな」
「私、悲しまないタイプだから」
イヴの申し出で、夜ご飯はカイさんも招いてイヴの家で食べることにしました。
「やっぱりイヴのサンドウィッチは最高ね!」
「ルークは、むこうの世界に帰っちゃうんだね」
「うん、まあ。潮時ってやつだ。この上なくちょうどいい」
「そっか。君は幸せを見つけたんだね」
クリスマスのご馳走のほかに、イヴが作ったサンドイッチやローズさんと作ったクッキーが並びます。なんだか、いつものご馳走よりもずっとずっと、素敵に見えました。
「ねえ、プレゼントは持って帰れるかって前に聞いたでしょ?」
「うん」
みんなもうそろそろお腹いっぱい、という時に、ニコが話を切り出しました。
「おじいちゃんに聞いてみたら、プレゼントは手に持てる分だけ持って帰れるんだって」
「そっか。じゃあ、このチェスボードだけ、持って帰ろうかな」
「ねえ、お弁当は持っていけないのかしら」
「持って帰れると思うよ。持てるし、鞄にも入れられるからね」
「じゃあ、少しでも思い出になるように、サンドウィッチとクッキーを持って行ったらどうかしら。私、包んであげる!」
「ありがと。持ってくよ」
夜ご飯の後はみんなでチェスをします。だんだん、0時が近づいてきます。
「なあイヴ」
「なあにルーク」
「あー……いや、後でいいや」
「そう?」
「よし!そろそろ支度するよ。また、ついてきてくれる?」
「もちろんよ!」
ルークの家、ルークの部屋。初めて入る場所に少しまごまごして、でも、すぐにくつろぎ始めました。
「これは持って行こうかな。こっちは置いていこう」
イヴは、ルークが支度をするのを不思議な気持ちで見ていました。友達が、これからもう会えないかもしれなくなる。その支度をしている。今までの日々が、ぐるぐると頭の中を回ります。
「よし、と。時間的にもちょうどいいな。どう帰るのかはわからないけど、帰るならここだ、って決めてた場所があるんだ」
◆
「ニコの屋台って、なんだかんだで思い出深い場所だよな。おれらっていつもここに集まってなんかしてたし」
「街の真ん中の方にあるからね」
「イヴとちょっと二人で話がしたいんだけど」
「お別れまでには戻って来なさいよ!」
ルークは、イヴの手を引いて少し離れた街路樹の下に来ました。
「どうしたの?ルーク」
「まずは、手紙」
「手紙?」
「おれの名前と、住所と、電話番号と、一応おれがここに来た時の西暦と日付が書いてある」
「あ!」
「もし難しくなかったら、会いに行けるし、電話もできる」
「待ってね、じゃあ、私のも書くわ!」
イヴは、ずいぶんひさしぶりにむこうの世界を感じました。向こうでは、こうして連絡先を交換して……といっても、スマートフォンで済ましてしまうので、こうアナログではありませんでしたが。リュックの中からメモとボールペンを取り出して、思い出しながらその情報を書きます。
「いいか?お互い、これを読むのは向こうに帰ってからって約束だぞ」
「わかったわ」
「あとは、これ」
ちゃり、と何か小さなものを手渡されました。なんだか覚えのある感触に確かめてみると、そこには
「いつか会えたら、また一緒にチェスをしよう」
みんなのもとへ戻りながら、イヴは、とうとう涙をこぼしてしまいました。
「あー!最後の最後でまたイヴをいじめたのー!」
「ちがうって!」
「ごめんね、泣くことないのに……すぐ泣き止むから」
拭っても拭っても、涙は次から次へとこぼれてきます。
「イヴ、泣いてもいいんだよ」
カイさんが、優しく肩をたたきました。
「いつかは幸せな思い出になるかもしれない。でも、今、別れの悲しさを隠すことはないんだよ。君のその涙は、ルークへの友情の証でもあるんだから」
気が付くと、ニコも、あのジンジャーも、目に涙を浮かべていました。
(そっか、みんな、ルークが好きだから涙が出るんだ)
「ほら、あんまり泣かれると帰りづらいから泣き止めよ~!たぶんだけど、また会えるんだからさぁ」
「そうね……そうなのよね、私たち、また会えるものね」
星は輝き、深夜0時のベルが鳴り響きます。
「じゃあな、最高の友達!」
瞬きの間に、ルークはどこにもいなくなっていました。
ルークは、願いを叶えてむこうの世界へ帰ったのです。
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