おまけ:エヴリーヌの日記



ボンジュール。私はエヴリーヌ。


えーっと、そう、親戚。

爵位だのなんだのは面倒だから、とにかく親戚。

その親戚の家が、画家を養ってるって聞いて、面白そうだから遊びに行った。


昼日中に薄暗い部屋で、画家のクリスチアンは絵を描いていた。体が弱いんだって。

髪の毛は真っ白で伸び放題、顔の半分を隠してる。切ってあげたらいいのに。

でも目は文句なしよ。冬空に似た淡い青い色だから。冬って好きだわ。


クリスチアンはそんな狭い世界の中にいながら、とてもきれいな絵を描いた。

窓からの景色が精一杯だろうに、どこからその景色が出てくるんだと言いたくなるくらいに美しい絵を。


お稽古や面倒なお茶会から、クリスチアンの部屋に逃げた。

クリスチアンといるのは一番楽だ。

クリスチアンも私も気を使わなくていい。

ふたりとも、ただ好きなことをするだけでいい。


イトコのジョアンナよりずーっとマシだし。


私は誰も聞いてくれない話をして、クリスチアンは絵を描く。

最初は返事がなかったけど、段々話してくれるようになって。

それはいつしか、かけがえのない時間になっていた。


私は絵が下手だけど、見るのは好き。

その中でも、クリスチアンの絵が一番好きだ。

彼が絵を描いているのを見るのも好きよ。

どうしてそこにその色を使うんだろう、って不思議なの。

でも完成すると、実にしっくりくる。


「色は寂しがり屋なんだ」と言っていた。

それはちょっとわかる気がする。


窓枠に腰掛けて、そんな午後を過ごす。

ずっとずっと、それが続けばいいと思う。


いつかクリスチアンは、私がじっとしていないから肖像画を描けないんだとぼやいた。


だって、仕方ないわよね?


話したいこともやりたいこともいっぱいある。

それに、クリスチアンのアトリエの絵は目まぐるしく変わる。

だから、目に焼き付けておかないと、私の知らぬ間に売られてしまうんだもの。


私が唯一持ってるのは、猫のメランジェの絵だけ。

焦げたメランジェみたいな顔を、クリスチアンはいともたやすく可愛く描いた。


いつか、私の肖像画だけに取り掛かることができるなら、あの木漏れ日の窓枠で、がいい。


そしたら聞いてみたいことがあるんだ。


ねえクリスチアン、あなたには世界がどう見える?


私と同じ木漏れ日を見てくれている?


それで、いつも絵しか描かないクリスチアンと、旅がしてみたい。


誰もクリスチアンと私のことを知らない場所に行って、気が済むまで世界の見え方を議論したい。


ねえクリスチアン。


いつか世界が平和になったら、一緒に世界を見て回ろう。


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