第4話 あなたもわたしも……


クリスマスタウンにも慣れて楽しくなってきたころ、イヴがニコといっしょに屋台で仕事をしていると、だれかに見られているような気がしました。いまだけではありません。きょうはずっと、だれかに見られているのです。


「ねえニコ、きょうはずっと”しせん”をかんじるのよ」

「屋台がだれにも見てもらえなかったら、おやすみにしてカイさんみたいになるっきゃないな」

「んもう、そういうんじゃないのよ!」


おもちゃやお菓子を見ていくのとはちがいます。もしそうなら、イヴにちくちくとささる”視線”もかんじませんからね。だれかが、屋台でなくイヴのことをじっと見つめているのです。そう、さっきからこっちを見たり隠れたりを繰り返しているあのまがり角の…………。





「なにかごようかしら!」


そんなつもりはありませんでしたが、なんだか怒ったように聞こえて、言い直しました。


「わたしになにかごようかしら?」


イヴを見ていたのは、イヴよりすこしだけちいさな女の子でした。くるくるとしたキャラメルブロンドの髪の毛を白いリボンで結んだ、キャラメル色の目をしたかわいい女の子です。ひらひらとした白いワンピースにはカラフルなリボンやボタンがついていて、なんだかあまいかおりもします。ふしぎと、いまはじめて会ったのに、どこかで会ったような懐かしいきもちになりました。


「あなた、だあれ?」

「わたしは……そう、ジンジャー。わたしはジンジャーよ。ねえ、あなた、クリスマスタウンの外からきたんでしょう?」

「そうなの。目がさめたらこの街にいたの。あ、わたしのなまえはイヴよ。よろしくね、ジンジャー」

「よろしく。ねえ、クリスマスタウンのそとへでるほうほうをしらない?」

「クリスマスタウンのそとへ?」

「おうちへかえりたいの!」


イヴはびっくりしました。家へ帰りたいと思わなかったことに気がついたからです。だって、ごちそうも、お菓子も、おもちゃも、ふかふかのベッドも、じぶんだけの家もあって、まいにちプレゼントがもらえます。ともだちだっています。でもたしかに、パパやママがいなくて、すこしさみしいきもちもありました。楽しさのあまり、すっかり頭から抜け落ちていたのです。思い出すと気になるもので、イヴはとってもさみしくなってきました。


「なんだかなみだがでそうになってきたわ」

「あなたもおうちへかえりたいのね」

「ジンジャーがそんなことをいうもんだから、パパとママのことをおもいだしちゃった」

「じゃあ、いっしょにかえるほうほうをさがしましょう」

「どうやって?」

「はしっこがみつかるまで旅をするとか、あしたのプレゼントに転送装置てんそうそうちをもらうとか……」

「う~ん……」


(まいにちクリスマスがいいなっておねがいしたのはわたしだわ。サンタになるのもステキでいいかしら、とおもってたから、もとのところへかえるのもなんだかいやだわ。でも、ここにはあたらしくできたともだちしかいないもの。パパやママやむこうのともだちに会いたいわ。わたしはどうしたらいいのかしら)


ひとりで悩むのはよくないと思い、ジンジャーといっしょに屋台にいるニコのところまで戻りました。ニコはふたりよりもおにいさんですから、きっと頼りになるはずです。


「クリスマスタウンのそと?」

「そう。ここはたしかにたのしいけれど、わたしたち、そろそろおうちへかえりたいの」


イヴがそういうと、ニコはいつもの笑顔をなくして、なんだか困ったような顔をしてしまいました。


「……クリスマスタウンのそとへでるのは、むずかしいかもしれないね」


そういうニコの声は、とってもしずかでした。クリスマスソングやすずの音が鳴り響いているはずなのに、なんだか、街じゅうまでしずかになってしまったようなきもちです。


「たしかにクリスマスタウンがきみたちをここへよんだけれど、きみたちがそうねがわなければ、ここへはこられなかったはずだよ」

「そうよね……わたしも、たしかにいちどはねがったわ。まいにちクリスマスだったらいいのに、って」

「わたしも……でも、こんなにかえりたいとおもってるのにかえれないなんておかしいよ!」


ニコは、困ったのと笑ったのがまざったような顔になりました。


「……きみたちが、どうしてまいにちクリスマスになればいいとおもったのかわかれば、きみたちがほんとうにねがったこと、ほんとうのしあわせをプレゼントしてもらえたら、かえれるかもしれないよ」

「ほんとうのしあわせ?」

「こころのずぅっとおくに、まるでたくさんのプレゼントにかくされた宝ものみたいなねがいごとが、きっとあるはずなんだ」


イヴは考えます。


(ほんとうのサンタがいて、まいにちがクリスマスだったらいいのにってねがったわ。ここにいればそれがかなうけど、でも、さみしくなったりかなしくなったりすることは、しあわせっていえるのかしら。みんなにこにこわらってるのがしあわせだって、わたしはおもうんだけど……)


ジンジャーをちらりと見ると、ジンジャーもなにか考えているようでした。答えのわからない疑問に、イヴは頭がぐるぐる、ぐるぐると回っているような気がしました。


(まいにちがクリスマスになればいいっていうねがいごとなら、もうかえれるはず。でも、かえれないってことは、わたしのほんとうのねがいごとが、ほかにあるのかもしれない。もしかしたら、わたしさえしらない、ほんとうのねがいごとが)


「わたしは、ここからかえれたらそれでいいの!おうちにかえして!!」


ジンジャーの大きな声で、イヴは考えごとの世界から帰ってきました。それと同時に、とてもすばらしいアイディアがひらめいたのです。


「ねえジンジャー。こういうのはどうかしら。まいにち、おひさまがでているあいだは、わたしたちのしあわせをいっしょにさがすの。わたし、よるはサンタさんのみならいのおてつだいをするから」

「……ほんとに、かえれるのかしら。しあわせをみつけたら」

「きっとそうだよ。だって、ここはみんなのしあわせをねがう街、クリスマスタウンなんだから」

「でも、わたしのもといたところは、サンタさんはパパかママなのよ。ほんとうのサンタさんは、おはなしのなかだけなの」

「きっと、サンタがたりないからだね」


サンタが足りないだなんて、はじめてききました。サンタはひとりだとずっと思っていましたし、魔法かなにかで、せかいじゅうにいっしゅんでプレゼントを配れると思っていました。でもたしかに、配達はいつもじぶんの手足でしていました。じぶんの足で歩いて、じぶんの手でプレゼントを置いていました。


「わたしでも、サンタになれるかしら」

「わたしはサンタにはならないからね!はやくおうちにかえりたいんだから!」


この街のみんなのような、ふわふわの真っ白い髪の毛や青い目を持っていなくても。おひげが生えなくてもいいかしら。


「いいにきまってるよ!だれかをしあわせにしたいとおもったら、だれだってサンタになれるんだ!」


ニコは、やっといつもの笑顔に戻りました。


こうしてイヴは、おひさまがで出ているあいだはジンジャーと幸せを探して、街じゅうの星が光り出したら、サンタの見習いのお手伝いをすることになりました。


なんだかとっても忙しくなりそうな予感がしますね!


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