第5話 しあわせをさがして
朝、窓から入るお日様の光で目が覚めます。夜にサンタをしているせいで、イヴはクリスマスタウンに来てからすこしお寝坊さんでした。今日はジンジャーと出掛ける約束なのに、きっと急がなければ間に合いません。
「あしたのプレゼントは、めざましどけいをもらうべきね」
サンタの服を着るかどうか迷って、最初の日にもらった服を着ることにしました。サンタ見習いのお手伝いに行くんじゃないですからね。顔を洗って、髪の毛をみつあみにして、今日のプレゼントを開けます。きれいな空がたくさん載っている写真集でした。
おなかから何か聞こえた気がして、喜ぶのもそこそこに、イヴは動きを止めました。おなかがすいているのです。イヴは、ごはんを食べるかどうか迷いました。
「ママはいつもスムージーをのんでいたわね。パパはどうだったかしら、たしかコーヒーしかのんでいなかったとおもうけど。でもわたしはたべざかりだから、あさごはんをたべないとじゅぎょうちゅうにおなかがなっちゃうのよ」
いまもおなかが鳴ってるわ!
イヴは、少し考えてテーブルの上からナイフをつかみました。パンとターキーとを少しずつ切って、パンの間にターキーとサラダをはさみました。ターキーサンドイッチの完成です。ペーパーで包んでお菓子といっしょにポシェットになんとかつめこんで、ジンジャーとの待ち合わせ場所へと走ります。
◆
「イヴ、おっそーい!」
「ごめんねジンジャー、ここへきてからおねぼうになっちゃったの」
この街へ来るまでは、スズメよりも早起きさんだったのに。ジンジャーを見つけるころには、もうしばらくでお昼になってしまう時間でした。もとの世界に帰ってもお寝坊さんだったらどうしましょう。やっぱり、目覚まし時計が必要ですね(それか、おじいちゃんとおばあちゃんの家のように、朝早くに大きな声でなく「おんどり」をもらうかですね)。
「はぁ……それより、はやくわたしたちの『ほんとうのしあわせ』をさがしましょ!」
「そうねぇ……ジンジャーは、しあわせっていったらなにをおもいつく?」
「きれいなおようふく!カラフルなかざりがついているともっといいわね!イヴは?」
「わたしはねぇ……そうだなぁ、おじいちゃんとおばあちゃんのおうちで、おえかきしたり、うたをうたったり、ブルーベリーをつんだりするのがしあわせかしら」
「そう……クリスマスタウンじゃできないことね」
「でも、ほかにもあるよ。ママがケーキをやくのにせいこうしたときとか、ママにおさがりのアクセサリーをもらったときも。チョコミルクをもう1本のんでいいっていわれたときも。……ねえ、ジンジャーは?おようふくのほかにはなにがしあわせ?」
「……イヴのしあわせをきいてたらわかんなくなっちゃたわよ」
ちっちゃな幸せからおっきな幸せまで、どれが「本当の幸せ」なのかさっぱりわかりません。カイさんのプレゼントの時にも似ています。
「そうだ!カイさんにおはなしをききにいこう!カイさんなら、きっとなにかわかるかもしれない!」
「カイさん、ってだれ?」
「カイさんはね、すっごくきれいな絵をかくひとなのよ!ほしいプレゼントがないっていってね、でもちゃんとみつけたの!」
「ふぅ~ん……」
ジンジャーはつまらなさそうに雪をけっていたので、イヴはジンジャーの手をひいてカイさんの家まで歩くことにしました。
◆
「こんにちはカイさん。このこはジンジャーよ」
「いらっしゃ~い、いまメランジェがお茶を出すからね~」
「メランジェ?」
「きみたちがくれたおそうじロボットの名前だよ。名前がないと、呼ぶ時に困るからね」
「イヴ、ここえのぐがあちこちについててきたない」
「まえにきれいにしたはずなんだけどね」
カイさんにとっては、この家ですら、小さなキャンバスに感じているのかもしれません。でも、カイさんは前よりもずっと幸せそうな顔をしていました。それを見ると、イヴはサンタをやってよかったなあと思うのです。まあ、サンタの見習いのお手伝いですけれど。細かいことはいいのです。
「カイさんのしあわせについてききにきたの」
「これまた難しい質問をするね~」
「ねえイヴ、このひとたよりになるの?」
「しーっ」
「あはは、一度はプレゼントがわからなくなったくらいだからね」
カイさんは、絵を描いていた筆をおくと、イヴたちの方へお茶を飲みに来ました。きっと休憩してイヴたちにお話をしてくれるのでしょう。
「でもね、いちばんの幸せはいつでも変わらないよ」
カイさんは、まっすぐで、優しい目をしています。イヴは、カイさんにこの世界がどんなふうに見えているのか、ちょっとだけ気になりました。
「ぼくのいちばんの幸せはね、絵を描くことだよ」
「それだけ?」
「あっはっは!ジンジャーはきびしいなあ!でもね、それだけのことが、ぼくの人生にはとても大きなことだったんだ。大きくて、つぶされてしまいそうに苦しくて」
「くるしいのに、しあわせなの?」
「君たちにはまだ、難しいかもしれないね。たとえ苦しくてもつらくても、それが幸せだと思えることもあるんだよ」
カイさんのお話は難しいなぞなぞのようで、イヴたちにはよくわかりませんでした。わかったのは、カイさんはとにかく絵を描くのが好き、ということだけ。なんとなく、部屋じゅうの壁に飾られたきれいな絵を見回しました。
「気に入ったのがあったら持っていって」
「いいの?だれかのプレゼントになるんじゃないの?」
「プレゼントになるのはほんの一部だよ。まあ、こうして壁に飾るくらいしか使い道はないけど」
こんなにきれいな絵をもらっていいといわれたら、もらわないわけにはいきません。イヴは、絵を見回し、1枚の絵を指差しました。
「これ、この空の絵、とってもきれいだわ。これをもらってしまってもいい?」
「もちろんだとも!」
実は、イヴがたった1枚の絵をあんまり熱心に見ていたので、カイさんは絵をプレゼントしたくなったのでした。イヴが見ていたのは、大きな雲の浮かんでいる、青い青い、空の絵でした。
「イヴは、空がすきなのかい?」
「そうね、空を見ているとふしぎなきもちになるの」
「ふしぎなきもちってなによ」
「ジンジャーもよかったら絵をもらっていって」
「いらないわ。絵なんかすきじゃないもの」
「ジンジャーはほんとうにきびしいなあ!」
いらないと言われたのに、カイさんは楽しそうに笑います。イヴは、やっぱりカイさんってふしぎだなあ、と思いました。
「さて、もうそろそろ夜になっちゃうわね」
「え、もうそんなじかん!?」
「かんけいないことまでたくさんはなしてたからよ!」
「ご、ごめん」
「べつにいいけど。あ、そうだ。わたし、わすれものしちゃったからきょうはここでおわかれね」
「そっか、わかった。じゃあまた……あした?」
「うん、あしたね」
「またあしたね、ジンジャー!」
◆
「おや、やっぱり絵がほしくなった?」
「いらない。そうじゃなくて、ききたいことがあるの」
カイさんは、また絵を描いています。さっきとはちがう絵です。
「なんだい?」
「あなたも、クリスマスタウンのそとからきたんでしょ」
絵をかく手が止まります。カイさんは、ゆっくりとこっちを振り返りました。
「それって、なにか関係ある?」
「かえりたいとおもわないの?」
「さあねぇ。ぼくはね、理想の絵が描けたらそれでいいんだ」
「あなたのしあわせは、むこうにないってこと?それとも、ここじゃかなわないってこと?」
むこうの世界に幸せがあれば、ここにいては幸せにはなれない。でも、幸せになれなければむこうの世界には帰れない。それって、おかしい。
「ぼくは、ぜったいにしあわせにはなれないってことだよ」
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