第6話 いいプレゼント わるいプレゼント


イヴがクリスマスタウンへ来て、いったいどのくらいの日が過ぎたでしょうか。お昼にはジンジャーと「幸せ探し」をして、夜にはサンタの見習いのお手伝いをします。毎日忙しくて、なんだかおとなになったみたい。仕事をすると、こんな感じなのですね。


……さて、きょうもイヴは「幸せ探し」に出かけます。幸せとクリスマスプレゼントが近い関係にあると思ったので、幸せといっしょにプレゼントについてもきいています。本当に大忙しですね。まずは、話をしてくれる人をさがして……。


どこからか、とてもきれいな歌声がきこえてきました。


「ねえジンジャー、この歌声、とってもすてきだわ!」

「そう。じゃあ、きょうはこの歌を歌ってるひとにはなしをききましょうか」

「うん!」


この歌は、イヴも知っていました。クリスマス・キャロルのサイレント・ナイトです。さすがクリスマスタウン、いつもきこえてくるのはクリスマスの歌ばかりです。声を頼りに探していくと、庭にポインセチアやシクラメンがたくさん咲く大きなお屋敷にたどり着きました。イヴの身長よりもずっと高い柵には、バラ色の字で「ローズ」と書かれた、ミルキーホワイトのプレートがかかっています。どうやらここには、ローズという人が住んでいるようです。


「こんにちはー!」


レンガの道と噴水を超えて、やっとドアがありました。イヴの人生で初めて見るくらい、とっても大きなドアです。丸い輪っかのドアノッカーを鳴らして、ローズさんが出てくるのを待ちました。クリスマス・キャロルはまだきこえています。もう一度ドアノッカーを鳴らして「こんにちはー!」とさけぶと、やっと歌が止まりました。イヴとジンジャーがおとなしく待っていると、大きなドアがゆっくりと開かれました。


「なにか、ごよう?」


庭に咲くポインセチアのように赤い髪の毛の、きれいな声の女の人が出てきました。カイさんと同じくらいの大人です。


「わたしは、サンタみならいのおてつだいのイヴです!しあわせとプレゼントについてききたいんです!こっちはともだちのジンジャー」

「です」

「あら、サンタさんなのね。わたしはローズよ。よろしく」

「みならいのおてつだいですけどね!」


ローズさんが家に入れてくれて、紅茶と、自分で作ったのだというジンジャークッキーまで出してくれました。クリスマスの街にいたのに、ずいぶん久しぶりにジンジャークッキーを見た気がしました。ひとかじりしてみたところ、なんというのでしょう、あんまり、おいしくはありませんでした。ローズさんは、そんなイヴとジンジャーの様子を見てため息をつきました。


「そうよね、おいしくないのはわかってるの……」

「おいしくないというわけでは……」

「おいしくないね」


ジンジャーはいつも正直です。正直じゃない方がいい時まで、というのがたまにきずですが。ローズさんは怒る様子もなく、お話をきかせてくれました。


「わたし、料理が大好きなの。上手じゃないけどね」

「じゃあ、プレゼントにりょうりがじょうずになる魔法をもらったら……」

「ちがうの!わたしは、自分のちからでがんばって上手になりたいの。魔法のプレゼントをくれればすぐに上手になるかもしれないけど、わたしは……」

「じゃあ、プレゼントはなににしたらいいでしょう」

「……歌を、歌えなくする魔法がほしいわ」

「なんですって!!」


イヴは、びっくりしすぎて大きな声を出してしまったことをあやまりました。だって、それほどびっくりしたのです。あんなにきれいなサイレント・ナイトを歌うのに、どうして歌えなくする魔法がほしいのでしょうか。


「わたしね、歌うのがだいきらいなの……上手だけどね」

「なんだかあべこべなきぶん……」

「じゃあやめたらいいのに」

「やめられないわ!わたしの歌がだれかの幸せになるから、歌うことがやめられない。だから、たとえ魔法でも歌えなくなってしまえば、わたしはもう歌わなくてもいいの」

「でも、あなたは歌うことでしあわせじゃないんでしょ」


めずらしく、ジンジャーが口をはさんできました。まっすぐにローズさんを見つめています。なんだかちょっとこわいくらいに。


「なら、歌わなくていい。歌うのをやめて、おりょうりをすればいい」

「でも、上手じゃないのよ。こんなおいしくないものじゃ、だれも幸せにならない」

「あなたがしあわせになるわ」

「わたしが?」

「あなたは、あなたのために生きられるようになってはじめて人のためになにかができるの。だからまず、あなたがしあわせにならなくちゃだめじゃない」


ジンジャーは、ローズさんの肩にそっと手を置いて、優しくたずねました。


「あなたのしあわせはなぁに?」

「……わたしの幸せは、好きなだけ料理をして上手になること。それで、だれかに……できるなら、あなたたちにおいしいって言ってもらえるようになりたいわ」

「わかった。じゃあ、歌を歌えなくする魔法をプレゼントにするわ。ほんとうに、いいのね?」

「ええ、もちろん、もちろんいいわ!ああ、こんなに幸せなことって世界をどれだけ探してもないんじゃないかしら!」


ローズさんは、ほっぺたを赤くして喜び飛び回りました。イヴは「なんだかジンジャーのほうがサンタさんらしく見えちゃう」と思っていました。サンタとしてここへきたのに、ただ話を聞いただけです。


「イヴ、ジンジャー、ほんとうにありがとう!」


ローズさんは、イヴたちをお見送りする時もずっと、さいごまでステキな笑顔で喜んでいました。イヴは、なんだか納得がいきません。


「あんなにきれいな歌声をなくしてしまうのって、ほんとうにしあわせかしら」

「ローズさんはね、そのきれいな歌声のせいでくるしかったんだよ」

「どうしてくるしくなっちゃうのかしら」

「ほしいものともってるものはちがうんだよ」

「ジンジャーもむずかしいことをいうのね。なんだかカイさんみたい」

「いっしょにしないでよ!イヴがまだこどもなだけよ!」

「ジンジャーのほうがこども……あれ?ジンジャーはなんさいなの?」


けっこう仲良しになった気がしていましたが、イヴはジンジャーのことをなにも知りません。年齢も、好きなものも、どこに住んでいるのかさえ。そもそも、どうしてイヴを見つめていたのかもわかりません。


「わたしは…………5さいくらい」

「5さい!?5さいのほかのこよりもずっとおとなにみえるわ!」

「だいたい5さいってだけよ。きっともっとおとななんだから」

「じぶんのねんれいなのにあやふやなのね」

「……ずっと、ながいあいだこの街にいたからね」

「そういえば、この街にいてもたんじょうびってくるのかしら。でもまいにちがクリスマスだし……でも、わたしのたんじょうびもクリスマスだから1日に1さいずつとしをとってるかもしれない……!」

「それはない。そもそも、ここには日づけがないわよ」

「ええ!?」

「むこうの24日と25日をずぅーっとくりかえしてるようなものよ」


それはおどろきです。クリスマスイヴをむかえたら次の朝にはメリークリスマスで、でもその夜はまたクリスマスイヴで……。頭がこんがらがってしまいますね。イヴは、この街について考えるのをやめることにしました。


「ローズさん、ほんとうにいいのかしら……」

「まだいってるの!ローズさんはね、じょうずなことだからといって、やりたいことっていうわけじゃなかったのよ。やりたくないことがたまたまじょうずだっただけ」

「……なんだか、かなしいね」


好きなことが上手にできなくて、やりたくないことが上手にできる。やりたくないことが上手にできる、というのはわかりませんが、好きなことが上手にできない、というのはイヴにもわかりました。はじめてローラースケートを買ってもらったとき、イヴは楽しくて大好きになって、たくさん練習しました。でも、いまもあんまり上手にはすべれません。


好きなことと、きらいなこと。やりたいこととやりたくないこと。上手なことと上手じゃないこと。いいプレゼントとわるいプレゼント。


やっぱりなんだか悲しいけれど、イヴは、ローズさんが今夜のプレゼントを喜んでくれることを祈りました。


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