第7話 雪のなかのクリスマス


クリスマスタウンの朝は、夜のうちに雪が空を大掃除するので、いつも空気がすみわたっています。イヴは、起きてからすぐに窓を開けて、この、きれいな冬の空気を胸いっぱいに吸い込むのが好きでした。


今はまだ日も昇らない、朝の手前です。なんだか目が覚めてしまったので、イヴは窓から外を見ていました。今日も、街はすっぽりと雪につつまれています。今日はホワイトクリスマスのようで、雪の降る日は、とっても静かです。「雪が音を吸収するからだ」と、いつかきいたことがありました。


「雪の夜はどうしてこんなに明るいのかしら。もうじき朝だからでは、ないわよね?」


たくさんの雪が、ほんの小さな光さえもきらきらと反射するからなのですが、小さなイヴはまだ知りません。


「それに、どうして雪で街がうまってしまわないのかしら。だれも雪かきをしていないのに。道だってきれい」


お日さまが昇ったら、屋台にいるニコにきいてみようと思いました。


「たまにはゆっくりと朝をすごすのもわるくないわよね?」


まだ暗いけど、もう朝のことをしてもいいはずです。プレゼントを開けて、クリスマスのごちそうをおなかいっぱい食べて、今日の着る服をえらんで、みだしなみを整えて、ポシェットにはお菓子とサンドウィッチをつめる。することはたくさんあります。


「今日のプレゼントはなにかしら!」


なんだか大きくてふわふわしています。大きなぬいぐるみかしら、とあたりをつけながら、きれいな空色のリボンをほどいて、きらきら模様のついた白い包みを開けました。


「わあっ!お洋服がたっくさん!」


おでかけ用のかわいくてあたたかそうな服やくつした、ぼうしにマフラーにてぶくろ、そして今持っているポシェットより大きい、リュックやショルダーバッグが入っていました。


「こんなにたくさんもらっていいのかしら?」


服はいつも、いつの間にかきれいになって壁にかけられています(きっと魔法ですね)。たしかに、ポシェットじゃサンドウィッチをいれるのに小さいかしら、とか、服がサンタ服とおでかけ服の2つしかなかったら困らないかしら、とか考えていたので、イヴはとっても喜びました。


「プレゼントはむこうへ持って帰ることができるのかしら。でも、あんまりたくさんのプレゼントを持って帰ったら、むこうのお部屋がプレゼントの海になっちゃうしママだってびっくりしちゃうわ……」


これもニコにきくことにして、朝ごはんを食べましょう。さっきから、イヴのおなかがぐうぐうと鳴っていますからね!


「きょうは早起きしたから、サンドウィッチもすこしがんばって作ろうかしら」


イヴは、ちょっと考えてキッチンの冷蔵庫をあ開けてみましたが、やっぱり空っぽでした。ピーナツバターとジャムがほしかったのですけれど、冷蔵庫に入れていないのに入っているわけがありません。魔法の氷でひんやりとした空気があるだけです。


「だから街にお店屋さんがあるのよね」


レトロでかわいいお店屋さんが街にたくさんあるので買いものをしたかったのですが、あいにくイヴはお金を持っていませんでした。1セントたりともです。


食べ物なら魔法のごちそうがありますし、服ならプレゼントでたくさんもらいました。でもやっぱり、ピーナツバターやらジャムやらの、お店で売っているものがほしくなるものです。


イヴは、なんとか仕事をみつけようと思いました。



「ねえ、わたしにもできるお仕事ってないかしら」

「仕事?」

「ちょっとしたものを買うのにお金がほしいの」

「そっか、イヴは魔法が使えないもんね。そうだ、カイさんにきいてみて……」

「ちょっと!しごとなんてしたらわたしとしあわせさがしをするのはどうするのよ!」


ニコがまだ話してる途中なのに、ジンジャーが大きな声で怒鳴りました。でもしかたありません。むこうに帰るためにがんばっているのに、クリスマスタウンで楽しくすごすために、むこうに帰るためにがんばる時間を減らそうとしているのですから。


「ジンジャーにはわるいけど、週末……はないのよね。えっと、1日ずつくらいにしてもらえたらいいなって」


イヴはすっかり困ってしまいました。ジンジャーを怒らせるつもりはなかったけれど、いつ帰れるかわからないのでなにが必要になるかわからない、だからお金はあった方がいいと思ったのです。プレゼントでももらえるのかもしれませんが、イヴは、自分でお金を出して買いものがしたいと思っていました。


「……イヴは、しごとをしたほうがしあわせ?」


すっかり「めんくらって」しまいました。もっと怒る気がしていたからです。でもジンジャーは怒りませんでした。怒らずに、まじめな顔をしてそうきいたのです。


「そうかもしれない……でも、そうしたらジンジャーはしあわせじゃないんじゃないかしら。もしそうなら、わたし、お仕事をさがすのはやめるわ」

「しあわせさがしはひとりでもできるわ!でも、わたしはおかねをもっていないから、イヴにおかねをあげられないもの……」


ジンジャーはしょんぼりとしてしまいました。でもすぐに、パッと顔を上げて笑いました。


「でも、イヴがしあわせならそれでいの!」


イヴはすこし悲しくなって、それから、もうひとつほしいものが浮かびました。


「じゃあ、イヴ、カイさんにきいてみたらどうかな。カイさんは知ってる人がたくさんいるはずだから」

「うん!ジンジャー、ニコ、ありがとう」


カイさんのところへ行こうとして、まだききたいことがあるのを思いだしました。


「ねえニコ、だれも雪かきをしていないのに、どうして街が雪でうもれちゃわないのかしら」

「それがクリスマスタウンだからだよ」


魔法、ということでしょうか?


「あとね、もしむこうに帰れるとしたら、やっぱりプレゼントはおいてけぼりになっちゃうのかしら?」

「う~ん……そればっかりはぼくにもわからないな。ぼくは、この街の外へ帰って行った人を知らないから」

「そっかぁ。ありがとう、じゃあまた夜にね!」



しばらくお店の並ぶところ(いわゆる商店街です)を歩いてみましたが、いったいどこへ行ったら仕事ができるのかわかりません。なんたってイヴはまだ10さいになったばかりのこどもですからね!しかたなく、レトロで懐かしい感じのする街の中を歩き続けます。黄色いレンガ道をなぞっていると、いつのまにか家がぽつぽつと少ないところまで来ていました。


「たいへん、雪でおうちがうまってる!!」


煙突から煙が出ているところを見ると、家の中にだれかがいることはまちがいなさそうです。それなら、もっと大変です!そのだれかが、家の中で助けを求めているかもしれません!


「だれか!だれかいるの!」


雪の中を泳ぐようにして、上の方がちょっとだけ見えている玄関を目指します。イヴは真っ白になってしまいました。体全部が水びたしの風邪ひきさんにならないことを祈りましょう。


暴れるようにして玄関の雪をどかすと、凍りついたように冷たいドアノッカーを叩きます。寒くて体がガタガタと震えて、上手く鳴らすことができません。でも、中にいるだれかは気付いたようでした。


「あら、まあ!」


絵本に描かれているような、優しそうなおばあさんでした。


「あなたはだあれ?なにかごよう?」

「うう……う……」


あんまり寒くて歯がカチカチと鳴るので、イヴは自分がだれで、どうしてここにいるのかをしゃべることができませんでした。サンタの服を着ていたのならサンタ(の見習いのお手伝い)だとわかってもらえたかもしてませんが、今日は仕事を探しにきたのです。そして今は、この家の人が無事なのか確かめにきたのです…………イヴのほうが「たいへん!」になってしまいましたけどね。


「あらまあ、寒くて凍っちゃって!とにかく中へお入りなさい」


イヴは必死にうなずいて、おばあさんの家の中へ入っていきました。



おばあさんにホットチョコレートをもらい、暖炉のそばであたたまると、ようやくいつもどおりに動くことができるようになりました。


「いきなりおじゃましてごめんなさい。わたしはイヴ。このおうちが雪でうまってたから、たいへんじゃないかしらと思って見にきたの」

「そうだったの。わたしはホーリー。雪が大好きでね、ここだけたくさんの雪が積もるようにしてもらったんだよ」

「おうちがうまっちゃってるけど、問題はないの?」

「だいたいのことはサンタたちがなんとかしてくれるからねぇ。わたしは、雪がたっくさんつもる家の、暖炉のそばで1日じゅう編み物をするのが幸せだからねえ。編んだものだって、みんなが買ってくれたりするし」


思いがけず、おばあさんの幸せをきけました。イヴには大変そうに見えるこの状況も、おばあさんにとっては1番の幸せだそうです。なんだか少し、カイさんと似た幸せを持っているんだなぁと思いました。


「わたし、お仕事を探していたの。でも、編み物はやったことがないし、どうやってお仕事をみつけるのかわからなくて困ってるの」

「だいたいのことはサンタたちがなんとかしてくれるっていったけどね、それは『もの』だけなんだ。わたしも、ちょうど探していたんだよ」

「なにを?」


おばあさんは、優しい目でイヴを見つめます。イヴは、すっかり居心地がよくて眠くなってしまいそうでした。


「外の話をしてくれる人をね、探していたんだよ。サンタたちは、眠っているあいだに来て眠っているあいだに帰ってしまうからね」

「でもわたし、おもしろいお話なんてわからないわ」

「なんでもいいんだよ。ここへ来るまでになにがあったのか、どんな日をすごしたのかを話してくれれば。それでわたしのこころはあたたかくなるんだ。イヴはそれを仕事にしたらいいよ」

「ほんとう?それならわたし、きっと、1日おきにくるわ!」

「ありがたいねえ。ここにいるのも素敵だけれど、やっぱりだれかと話したくなるからね」

「ねえ、お話だけをお仕事にしたらなんだかわるいわ」

「そんなことはないさ。イヴには簡単なことが、わたしには難しかったりするんだからね」


ホーリーさんも難しいことを言うなあ、もしかして自分がこどもだからかしら、とイヴは思いました。


それからイヴは、1日おきにホーリーさんの家へ行って、ジンジャーとの幸せ探しの話や、ニコとのサンタ見習いのお手伝いの話をすることになります。


イヴはすっかりホーリーさんが大好きになったので、ホーリーさんの家に行くのが楽しみになりました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る