第8話 深夜0時のベルが鳴る


この世界には、たくさんの「いい」「わるい」があります。


いいことわるいこと、いいニュースわるいニュース、いい休日わるい休日。いいプレゼントわるいプレゼント。


でも、細かく見ていくと、すべてのいいわるいは、みんながみんな同じとはかぎらないのです。


いいと思ってしたことで怒られたり、わるいと思ったことにありがとうを言われることもあります。


それは、みんなが「ちがう人」だからです。みんな好き嫌いがちがって、顔もこころも声も、みーんなちがいます。


みんなが同じなら争いはおこらないという人もいます(これもみんなちがいます)。みんなが同じなら幸せでしょうか。


ひとつ、例えばの話をしましょう。きらきらと光るダイヤモンドがひとつあります。そして、ほしいひとはふたりいます。ひとりがダイヤモンドを手に入れて「幸せ」になると、もうひとりは手に入れられなくて「幸せじゃない」。だからといって奪い合うと、どちらも幸せじゃないし、どちらもあきらめても幸せじゃない。


では、ふたりとも、ちがうものがほしかったらどうでしょう。


ひとりはルビーがほしくて、ひとりはエメラルドがほしい。これでどちらも幸せですね。


でも、みんながみんなちがっても、よくないことはあります。


みんなほしいものがちがうと、だれがどれをほしいのかわからなくて、ちんぷんかんぷんなことをしてしまうかもしれません。相手を喜ばせたい気持ちがあってもです。


だから、みんなは話し合うのです。


そのひとの「いい」「わるい」をわかることができなくても、そのひとはそうだと「知る」ことができます。


それが、幸せへの第一歩、なのかもしれませんね。



「わたしがお話をしなきゃいけないのに、ホーリーさんがお話してくれてるわ」

「ふふふ、順番にお話しをするほうがきっと楽しいよ」


イヴは、あれからきちんと1日おきにホーリーさんの家へ、お話をしに来ています。お仕事というよりは、ホーリーさんとお話するのが楽しみで来ていました。だって、ホーリーさんはなんでも知っているのです。木の実のジャムの作り方も、ふっくらしたパンの焼き方も、とびっきりのアップルパイの作り方だって知っています。


「じゃあ次は、わたしのお話!そうだ、むこうのお話もしていいかしら」

「むこう?商店街のほうかい?」

「いいえ。わたしがもと住んでいたところなの」

「ああ。じゃあイヴは、クリスマスタウンの外からやってきたんだね」

「クリスマスタウンの外を知ってるの?」

「知ってるとも。わたしはね、外からここへきて、また外に帰って行った子を知っているんだ」


イヴは、どきどきしてほっぺたが熱くなるのを感じました。外には、帰ることができるのです。帰った人がいたのです!


「ねえ、お話の前に、その子のこと教えて!その子はどうやって帰ったの?」

「そうねえ……あの子はね、夢を叶えたんだよ」

「夢を?」

「そうそう…………」


ホーリーさんは、その子のことをゆっくりと思いだしながら話してくれました。



その子の名前はリース。いつの間にか街の中にいました。リースはいつもニコニコ笑顔で、なにか夢のためにがんばっていたらしいのです。


リースは長くこの街にいたけれど、街の人とちがって大きくなることはありませんでした。帰るその時まで、来た時の姿のままだったのです。


がんばってがんばって夢を叶えた日、深夜0時のベルが鳴ったのを境に、リースはこの街からいなくなりました。街のみんなにお別れをいっていたので、帰ることがわかっていたようです。


でも、だれもその内容を知りません。リースがどうやってこの街へ来て、どうやってこの街を去ったか、だれも知らないのです。



「帰り方はわからないのね……でも、帰れるんだってわかったからいいわ!」

「イヴは、どうしてそんなに帰りたいんだい?」

「え?だって、家族やともだちがむこうにいるんだもの……しばらくこっちにいたから、ママが心配してるかもしれないし」

「イヴがこの街にいるということは、この街にきた理由がちゃんとあるんじゃないかしらねえ。イヴは、なにを願ったんだい?」


イヴは、考えました。


そうです。イヴは自分で願ったからここにいるのです。毎日がクリスマスで、本当のサンタがいたらいいなと願ったからここにいるのです。


「そうだわ、わたし、毎日がクリスマスで本当のサンタがいたらいいなって思ってたの。でも、そうならわたしの夢は叶ってるわ。でも、帰ったら毎日がクリスマスじゃなくなるから、わたしはずっと帰れないってこと?」


いわゆるパラドックスというものにイヴが困っていると、ホーリーさんが笑いました。


「そんなにたいそうなことじゃないよ。イヴの本当の夢が別にある、っていうだけのことよ」

「夢がべつにある……」


プレゼントがたくさんほしいのならそれも叶っていますし、いったい自分の願いや夢や幸せがなんなのか、イヴはわかりませんでした。そもそも、願いも夢も幸せも、まだまだあやふやではっきりしません。まだ10さいのイヴは、いったいなにを願ってクリスマスタウンに来たのでしょうか。


帰り道もサンタの見習いのお手伝いをしている時も、寝る前も考えてみましたが、結局まだわかりませんでした。イヴは、悩んでいるのは幸せではないなと思いつき、もう少しこの街を楽しむことに決めました。


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