第8話 深夜0時のベルが鳴る
この世界には、たくさんの「いい」「わるい」があります。
いいことわるいこと、いいニュースわるいニュース、いい休日わるい休日。いいプレゼントわるいプレゼント。
でも、細かく見ていくと、すべてのいいわるいは、みんながみんな同じとはかぎらないのです。
いいと思ってしたことで怒られたり、わるいと思ったことにありがとうを言われることもあります。
それは、みんなが「ちがう人」だからです。みんな好き嫌いがちがって、顔もこころも声も、みーんなちがいます。
みんなが同じなら争いはおこらないという人もいます(これもみんなちがいます)。みんなが同じなら幸せでしょうか。
ひとつ、例えばの話をしましょう。きらきらと光るダイヤモンドがひとつあります。そして、ほしいひとはふたりいます。ひとりがダイヤモンドを手に入れて「幸せ」になると、もうひとりは手に入れられなくて「幸せじゃない」。だからといって奪い合うと、どちらも幸せじゃないし、どちらもあきらめても幸せじゃない。
では、ふたりとも、ちがうものがほしかったらどうでしょう。
ひとりはルビーがほしくて、ひとりはエメラルドがほしい。これでどちらも幸せですね。
でも、みんながみんなちがっても、よくないことはあります。
みんなほしいものがちがうと、だれがどれをほしいのかわからなくて、ちんぷんかんぷんなことをしてしまうかもしれません。相手を喜ばせたい気持ちがあってもです。
だから、みんなは話し合うのです。
そのひとの「いい」「わるい」をわかることができなくても、そのひとはそうだと「知る」ことができます。
それが、幸せへの第一歩、なのかもしれませんね。
◆
「わたしがお話をしなきゃいけないのに、ホーリーさんがお話してくれてるわ」
「ふふふ、順番にお話しをするほうがきっと楽しいよ」
イヴは、あれからきちんと1日おきにホーリーさんの家へ、お話をしに来ています。お仕事というよりは、ホーリーさんとお話するのが楽しみで来ていました。だって、ホーリーさんはなんでも知っているのです。木の実のジャムの作り方も、ふっくらしたパンの焼き方も、とびっきりのアップルパイの作り方だって知っています。
「じゃあ次は、わたしのお話!そうだ、むこうのお話もしていいかしら」
「むこう?商店街のほうかい?」
「いいえ。わたしがもと住んでいたところなの」
「ああ。じゃあイヴは、クリスマスタウンの外からやってきたんだね」
「クリスマスタウンの外を知ってるの?」
「知ってるとも。わたしはね、外からここへきて、また外に帰って行った子を知っているんだ」
イヴは、どきどきしてほっぺたが熱くなるのを感じました。外には、帰ることができるのです。帰った人がいたのです!
「ねえ、お話の前に、その子のこと教えて!その子はどうやって帰ったの?」
「そうねえ……あの子はね、夢を叶えたんだよ」
「夢を?」
「そうそう…………」
ホーリーさんは、その子のことをゆっくりと思いだしながら話してくれました。
◆
その子の名前はリース。いつの間にか街の中にいました。リースはいつもニコニコ笑顔で、なにか夢のためにがんばっていたらしいのです。
リースは長くこの街にいたけれど、街の人とちがって大きくなることはありませんでした。帰るその時まで、来た時の姿のままだったのです。
がんばってがんばって夢を叶えた日、深夜0時のベルが鳴ったのを境に、リースはこの街からいなくなりました。街のみんなにお別れをいっていたので、帰ることがわかっていたようです。
でも、だれもその内容を知りません。リースがどうやってこの街へ来て、どうやってこの街を去ったか、だれも知らないのです。
◆
「帰り方はわからないのね……でも、帰れるんだってわかったからいいわ!」
「イヴは、どうしてそんなに帰りたいんだい?」
「え?だって、家族やともだちがむこうにいるんだもの……しばらくこっちにいたから、ママが心配してるかもしれないし」
「イヴがこの街にいるということは、この街にきた理由がちゃんとあるんじゃないかしらねえ。イヴは、なにを願ったんだい?」
イヴは、考えました。
そうです。イヴは自分で願ったからここにいるのです。毎日がクリスマスで、本当のサンタがいたらいいなと願ったからここにいるのです。
「そうだわ、わたし、毎日がクリスマスで本当のサンタがいたらいいなって思ってたの。でも、そうならわたしの夢は叶ってるわ。でも、帰ったら毎日がクリスマスじゃなくなるから、わたしはずっと帰れないってこと?」
いわゆるパラドックスというものにイヴが困っていると、ホーリーさんが笑いました。
「そんなにたいそうなことじゃないよ。イヴの本当の夢が別にある、っていうだけのことよ」
「夢がべつにある……」
プレゼントがたくさんほしいのならそれも叶っていますし、いったい自分の願いや夢や幸せがなんなのか、イヴはわかりませんでした。そもそも、願いも夢も幸せも、まだまだあやふやではっきりしません。まだ10さいのイヴは、いったいなにを願ってクリスマスタウンに来たのでしょうか。
帰り道もサンタの見習いのお手伝いをしている時も、寝る前も考えてみましたが、結局まだわかりませんでした。イヴは、悩んでいるのは幸せではないなと思いつき、もう少しこの街を楽しむことに決めました。
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