第9話 ニコとジンジャーの大ゲンカ


もう習慣となった朝のルーチンワーク。プレゼントはいつもワクワク。だって、中身は知りませんからね!イヴはふと、自分の家にプレゼントを配達しているのは誰なのか気になりました。いっしょに配達をしているのですから、ニコでないことは確かです。


「でも、教えてもらったらプレゼントのわくわくもなくなっちゃいそうだし、聞かないでおこう」


今日は、赤いビロードの箱に緑のリボンが結ばれていました。大きさは手の平に乗るくらい小さくて、うっかり見落として今日はプレゼントがないのかと思うくらいでした。


開けてみると、中にはペンダントが入っていました。溶けかけた氷のような、とろりとしたクリスタルです。中に水か何かが入っているようで、振るとそれも動きます。イヴはなんだかおもしろくなって、そのひんやりとしたペンダントをポケットにしまいました。ジンジャーとニコに見せようと思ったのです。


イヴは、いつものようにジンジャーが待つニコの屋台へ急ぎました。



イヴは、屋台に着く前からなにか大きな声が聞こえているのに気付いていました。屋台に近付くごとに、その声がはっきりと聞こえてきます。


「街の外なんていつまでも気にしてたら幸せになんかなれないよ!」

「私は外から来たんだもの!帰りたいと思うにきまってるわ!ニコはここでうまれたからわかんないんでしょ!」

「そもそも君がクリスマスを願うからここに呼ばれたのにどうしてそうなるの!」


なんだかとっても嫌な雰囲気です。イヴは、ためらいながらも二人にあいさつをしました。


「おはよう、ふたりとも……いったいどうしたの?むこうまで聞こえてたわ」


二人はそっぽを向いて、目も合わせようとしません。イヴがいくら聞いても、話だってしてくれません。


「今日は屋台はお休みだ!」

「今日はひとりにしてちょうだい!」


ニコは屋台を閉めてしまいますし、ジンジャーはどこかへ走って行ってしまいます。あっという間にイヴは一人ぽっちになってしまいました。いったいぜんたい、なにがあったというのでしょう。


「街の外がどうとか、ここでうまれたとかなんとか言ってたわ」


こんな時は、身近な大人に頼るのが一番ですね。


「お仕事の日じゃないのにいきなりホーリーさんのおうちへ行ったら、ホーリーさんが困っちゃうかもしれないわね。ローズさんはお料理教室へ行ってる。と、なると……」


そうなると、あとは一人しかいませんね。


「カイさんに聞いてみよう!」



「なるほど~。それはたいへんだねぇ」

「そうなの。ふたりとも、目も合わせようとしないの」


カイさんは、今日も絵を描いていました。


見たことあるような、ないような……と見つめていると、カイさんは少し笑って絵をしまいました。まじめにお話を聞いてくれるようです。


「イヴは、けんかはよくないことだと思う?」

「そうね、だって、どっちもいい気分ではないわ。まわりの人も」

「そうか。でもね、けんかしないとわからないことだってあるんだよ」

「どういうこと?」

「けんかしてはじめて本当に思ったことを言うこともあるし、抱えていた問題がみつかることもある。まあ、『売り言葉に買い言葉』という言葉もあるくらいだから、全部が本当ではないだろうけど」


カイさんは、おそうじロボットのメランジェにお茶を頼むとイヴの向かい側のソファに座りました。


「ぼくはね、けんかはしてもいいと思うよ」

「そうなの?」

「ただね、仲直りをしないのはよくないと思うけれど」

「それはそうね」

「ああ、でも、けんかばっかりするようなら、嫌いでもいい、仲良くしなくてもいいから、はなれた方がいいね」


イヴは少しずつ、カイさんの言っていることがわかるようになっていました。


「そうね。ニコとジンジャーはけんかばっかりじゃないから、きっと仲直りしたらいいわ!」

「イヴがふたりといっしょにいるといいよ。きっとけんかしにくいから」

「そう?」


イヴはちょっと元気になって、まずはジンジャーを探すことにしました。ニコは今の時間なら屋台にいるとわかっているけど、ジンジャーはどこへ走っていったのかわからないからです。


街を走っている中で、イヴはとても素敵なお店を見つけました。そのお店には、イヴがほしかった「もうひとつ」のものがありました。ニコとジンジャーがけんかしている時にお買いものなんてしてていいのかわかりませんが、前にママが言っていました。「いいものとの出会いは一度っきりかもしれないのよ」と。いいと思ったものを次に買おうと思っていても、次来た時にあるとは限らないから、いいものに出会ったらよく考えるのです。


「本当ににいいものにであったわ。だから、いま買うのよ」


イヴは、リュックの中から赤いタータンチェックのお財布を取り出して、その「いいもの」を買いました。



「ジンジャーは気付いたのかもしれないね。自分の幸せがなんなのか。それが、ここにいては叶わないかもしれないのが」


カイさんは、さっきしまった描きかけの絵を取り出して、続きを描きはじめます。


何度も何度も塗り直して、何度も何度も描き直して。


「あの子たちの願い、ちゃんと叶うといいんだけど」



イヴは走って走って、やっとジンジャーを見つけました。ジンジャーも、ちゃんと知ってる大人に相談していたのです。お料理教室から帰ってきていたローズさんに。


「ローズさん、こんにちは!」

「あらいらっしゃい、ジンジャーもここへきてるのよ」

「イヴ!?」


部屋に入ると、ジンジャーがびっくりして飛び上がりました。


「ど、どうしてここに?」

「ジンジャーをさがしに来たのよ」

「私は謝らないわよ!」

「まああまあ、ふたりとも座ってお菓子とホットミルクでもどうぞ」

「ありがとうローズさん」


ホットミルクと、チョコチップクッキーを出してくれました。イヴは、前に食べたジンジャークッキーを思い出して、おそるおそる食べてみました。


「あら?ねえローズさん、このクッキーとってもおいしいわ!ローズさん、お菓子作りがすっごく上手になったみたい!」

「ふふふ、ありがとう。でも今日はジンジャーが手伝ってくれたからね」

「ジンジャーが?」

「ジンジャーったらお菓子作りが得意みたいなの」

「ジンジャーが!」

「なによ……私は別に作ってないし……ちょっと口を出しただけよ」


ジンジャーは赤いほっぺを隠すようにそっぽを向きます。その赤いほっぺを見て、イヴはジンジャーへのもう一つの用事を思い出しました。


「ねえジンジャー」

「んもう!謝らないったら!ニコが謝るまで許してあげないんだから!!」

「ちがうのよジンジャー。あ、それもちがわないんだけど、今はちがうの」

「……なに?」


イヴはリュックの中を探って、さっき買った「いいもの」を取り出しました。


「これをジンジャーに渡したかったの」

「なあに?」


白い箱に、ピンクのリボンが付いた小さな箱。


「開けてみて、開けてみて!」

「もう、いったいなにが……」


箱から出てきたのは、きれいなリボンの髪飾り。ピンク色のリボンと白いレースに、キラキラと光る宝石のような飾りもついています。まるで宝石箱みたい!


「ジンジャー、いつも白いリボンを結んでるでしょ?でも私、ジンジャーにはピンクの方が似合うかしらって思ってたの。でも、いつものリボンがお気に入りだったら、これは棚に飾っておいてもかわいいと思うわ」


だって、光が当たるとキラキラして、そのキラキラがリボンやレースにも!見てるだけでなんだか素敵な気分になります。


「イヴ……私がこれをもらってもいいの?」

「ジンジャーにって買ったのよ。ジンジャーがもらわなくて誰がもらうの」

「ああ、イヴ……私、つけるにきまってるわ。ええ、そうよ。イヴがくれたものだもの、つけないわけがないのよ」


ジンジャーは、ぽろぽろと涙をこぼしてしまいました。


「ねえイヴ、イヴがこれを私の髪につけてくれる?」

「もちろんよ。じっとしててね……」


白いリボンをほどいて、ジンジャーの髪をくしでとかします。とてもふわふわしているのに、ちっともくしに絡まったりしません。


「ほら、やっぱり!」

「鏡いるかしら?」

「うん!」


ローズさんが持ってきてくれた鏡で見てみると、ジンジャーはもっと涙をこぼしてしまいました。


「ジ、ジンジャー、気に入らなかったかしら……」

「ちがうわ!ちがうの、幸せで涙が出てくるの」


ジンジャーは、白い袖で涙をぬぐいます。


「私も、イヴを幸せにできるかしら……ちっちゃくても」

「そうね、今はニコと仲直りしてくれたら幸せよ」

「私、わるくないもの」

「どうしてけんかしたのか、教えてくれる?」

「うん……」



私はね、あの時ニコの屋台のところでイヴを待ってたのよ。


「イヴはやく来ないかしら」

「君はそればっかりだねえ」

「だってはやく帰りたいもの。イヴはやく来ないかしら」

「君もすこしはこの街を楽しんだらいいのに」

「私の幸せはここにいることじゃないもの」

「帰るにしても、楽しんだ方がいい思い出になると思うよ」


ニコったら、私が帰れるかどうかなんてどうでもいいみたいに言うんだもの。頭に来ちゃったわ。


「だから言ってるでしょ!?私の幸せにはここにはないの!」

「そんなのわからないじゃないか。わからないから幸せ探しをしてるんだろう?」

「わかるわ!!私が望んだのは私の世界のクリスマスであってクリスマスタウンなんかじゃないの!!」

「街の外なんていつまでも気にしてたら幸せになんかなれないよ!」

「私は外から来たんだもの!帰りたいと思うにきまってるわ!ニコはここでうまれたからわかんないんでしょ!」

「そもそも君がクリスマスを願うからここに呼ばれたのにどうしてそうなるの!」


だから、私が願うのはクリスマスタウンじゃないの。


私の世界のクリスマスなの。



「私だって、ニコの言うこともわかるわ……でも、どうしたらいいのかわからないんだもの」


ジンジャーは、頬杖をついて口をとがらせました。イヴも、二人の言うことがわかるので何と言っていいのかわかりません。すると、ローズさんが二人の前にしゃがみこみました。


「ねえ、ジンジャー。あなた、ここが嫌いかしら」

「……わかんない」

「じゃあ、ニコや私は嫌いかしら」

「嫌いだったらここに来てないわ!屋台にだって!」

「そうよね。じゃあ、この街のことも、嫌わないであげて。あなたに意地悪するためにここへ呼んだわけじゃないと思うから」

「……そうかしら」

「そうよ。だってここはクリスマスタウン。みんなの幸せを願う街だもの」


にっこりと笑ったローズさんは、歌を歌っていた時よりもずっとずっと幸せそうでした。


「……ニコに、ごめんなさいって言うわ」

「それがいいわ」

「でも、帰るのはあきらめないわ」

「うん、それもいいわね」

「……イヴ、ついてきてくれる?」

「そのために来たのよ」


ジンジャーとイヴはローズさんにお礼を言って、二人で手をつないでニコの屋台へと向かいました。ほんの少しの時間しか見られませんが、夕焼けがとてもきれいです。



「イヴにジンジャー」

「あのね、ニコ……私ね……」

「今朝はごめんねジンジャー。ぼくったらつい言いすぎた」


ニコは、ジンジャーの姿をみつけるとすぐに謝ってきました。


「なんでニコが謝るのよー!私がごめんなさいって言いに来たのよ!!」

「え?だって、ぼくも言いすぎたし……」

「私も言い過ぎたのよ!ごめんなさいニコ!!」


イヴは、おかしくなって笑いだしてしまいました。だって、イヴが心配にならなくても、二人はちゃんとわかっていたのです。ちゃんと仲直りができたのです。


「二人が仲直りしてくれてよかったわ!私もうれしい!」

「私、ここにいる間くらいは、すこしは楽しめるようにするわ」

「ぼくも、もうすこし二人の話をまじめに聞くよ」

「はい!じゃあ仲直りのあくしゅよ!」


イヴはニコとジンジャーの手を取りました。


「ごめんねニコ」

「ぼくもごめんねジンジャー」


それからというもの、ジンジャーにはほんの少し、笑顔が多くなりました。


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