第10話 トナカイと、そりと、ニコラウス
「はぁ~……」
「どうしたのニコったら、今日はためいきばかり」
プレゼントを配り終えて、そろそろ帰ろうかという頃。ニコは今日何度目かわからないためいきをつきました。
「はやく大人になりたくて」
「大人に?」
「そう。ぼくらってこうして歩いてプレゼントを届けているけどさ、大人は違うんだ」
ニコは、星空を見上げてほうっと息を吐きました。
「大人はさ、『そり』をもらえるかもしれないんだ」
「そり?」
「そう。そりをもらえたら、街のはずれの牧場からトナカイをもらって、空を飛んでプレゼントを配れるんだ」
「空を!それって絵にかいたようなサンタさんね」
「そう、そうなんだよ!サンタはみんな憧れるんだ。そりをもらったサンタは、どんな遠い所へもプレゼントを届けに行けるんだから!」
「どんな遠い所へも……」
もしかしたら。もしかしたら、イヴたちの世界へプレゼントを届けたりもしているのかもしれません。
「ねえ、そりをもらったサンタって、この街にいるのかしら」
「う~ん……そりをもらったサンタって、みんな忙しいみたいだから……」
「そうなの?」
「わかんない。遠くまでプレゼントを届けるのに、朝からずっとどこかへ行くんだって。だから、この街にはとどまってないみたい」
「そうなの……」
イヴは、ちょっとだけがっかりしました。もしそりをもらったサンタがいたら、ジンジャーといっしょに元の世界へ乗せていってもらえるかもしれないと思ったからです。
「そりはプレゼントにお願いできないのかしら」
「遊び用のそりならもらえるだろうね。でも、サンタのそりは、とくべつなサンタからもらわないとだめなんだ」
「とくべつな、サンタ?」
ニコは、言おうかどうか迷った感じでうろうろして、イヴが帰ろうかと思った頃にようやく口を開きました。
「ニコラウス23世……ぼくの、おじいちゃんなんだ」
「おじいちゃん!?」
「今日はもうおそいから、明日話すよ。ちょっと時間をくれる?」
「わかった。じゃあ、おやすみニコ」
イヴは、なんだかどきどきしたものを抱えながら家へ帰りました。
◆
「えー!幸せ探しにいかないの!?」
「行かないわけじゃないわ。ニコがお話をしてくれるの」
「じゃあ私も聞こうっと」
「ねえ、楽しむって決めたんなら、幸せ探しじゃなくてもいいんじゃない?」
「ニコったらまたじゃまするの!」
「ちがうちがう。そうやって誰かに話を聞くのに必死になるより、二人でどこかへ出かけたり遊んだりのんびりしたり、君たちが楽しいことをした方がいいかなって思うんだ」
イヴとジンジャーは考えました。今みたいに誰かの幸せの話を聞くより、二人でなにか楽しいことをする……。
「それもいいわね。ニコ、たまにはいいこと言うじゃない」
「サンタだからね。いつでも君たちの幸せを願ってるんだよ」
イヴは、ニコの顔をまじまじと見つめました。
(ニコはサンタで、わたしたちの幸せを願って、でもニコの……ううん、サンタの幸せを願ってくれる人はいるのかしら)
幸せをくれる人にも、誰か、幸せをくれる人がいるのでしょうか。
なんだか、できるだけ「輪」になっていてそれぞれが幸せになれるといいなと思いました。
「じゃあ、わたしがニコの幸せを願うわ」
「ぼくの幸せを?」
「私だって願ってあげるわよ!」
「そうよ。ニコがわたしたちの幸せを願って、わたしたちがニコの幸せを願ったら、わたしたちみんな幸せになる気がするもの」
「……ありがとう」
「あ、ニコが赤くなった!」
みんな、こうやって三人で笑っていられるのもきっと幸せだな、と思いました。
「じゃあ、昨日言った話をするね」
「うん!」
「この街にはサンタがたくさんいるけれど、とくべつなサンタはいつだってひとりだけなんだ。サンタのリーダーみたいなものさ。どんな魔法でも使えて、どんなに遠くへもプレゼントを届けられる。トナカイとも仲良しで、サンタの中のサンタで……」
憧れるような眼差しから一転して、視線を足元に落とします。
「ニコラウス23世。今は、その人がサンタのリーダーで、ぼくのおじいちゃんなんだ。ニコラウス23世は、サンタにそりを与えることができる唯一の人で、サンタの見本みたいな人。サンタはみんな、ニコラウス23世みたいになれるように日々がんばってるんだ」
ニコは困ったように頭をぽりぽりとかきました。
「だからぼくもがんばらなきゃいけないんだけど……」
「待って!じゃあ、ニコは、ニコもニコラウス……なんとかってこと?」
「そう、なるのかな……一応、ニコラウス25世に」
「すっごい!大人になったらニコがリーダになるの?」
「おじいちゃんの次にパパがなるだろうから、それでパパの次にもしかしたら……ってだけで、すごくないよ……おじいちゃんやパパみたいにすごい魔法なんて使えないし、みんなから期待されるようなサンタにはなれない」
ニコは、話し終えるとしょんぼりとしてしまいました。イヴとジンジャーは顔を見合わせます。ニコの幸せを願うんだと言ったばかりですし、ここはなんとか元気づけたいところ。
「ニコのおじいちゃんってことはおじいさんなんでしょう?ニコはまだこどもだから、もっと大きくならないとわからないわよ!」
「そうよね。こどもの可能性は無限大だって昔パパが言ってたわ」
「そうかなぁ……おじいちゃんがぼくくらいの時には、もうずいぶんサンタとして活躍してたらしいけど……」
「そうだ!今日は、ニコもいっしょに連れて行ったらどうかしら!」
「え?」
「ま、しかたないわね。幸せを願うんだって言ったばっかりだし」
「ね、ね。そりはもらえないけど、トナカイは見せてもらえるかしら」
「うん。トナカイに慣れることも大事らしいし、いつでも見せてもらえるようになってるよ」
「じゃあそこへ行きましょう!」
今日は三人でおでかけすることに決まったようです。
◆
「ずいぶん歩くのね……」
「もう少しだから頑張って」
「ねえねえ私お腹すいちゃったわ」
「あ、わたしサンドウィッチ持ってきたのよ!みんなの分もあるの」
「やったー!ねえ、少し休憩しましょ!」
一面の雪原に、雪のぼうしをかぶった切り株がぽこぽこと生えています。三人は、ひときわ大きな切り株をみつけると、雪をはらってそこでお昼を食べることにしました。お昼の太陽が雪をキラキラと輝かせます。
「ねえ、ニコといっしょにおでかけするのって初めてね!」
「そうだね。街のはずれの方までくるなんて、ずいぶんと久しぶりだ」
「ねえ、もしこのままずーっと歩いたら、そこには何があるの?」
「う~ん、ずうっと雪原が広がっているだけだって言われてるけど」
誰かの足あとすらない、まっさらな雪原。これがどこまでもどこまでも、ずうっと続く……。
「試しにずうっと歩くには怖すぎるわね……」
「そうね、それだけはやめておきましょう」
どこまで続くかわからないのですから、遭難やお腹が空いて倒れるなんてことはごめんです。クリスマスタウンにすら帰れなくなったらと思うと、怖くてたまりません。
ピーナツバターとジャムのサンドウィッチや、ターキーやステーキやサラダのサンドウィッチ、クリームやフルーツのサンドウィッチだってあります。
「イヴはサンドウィッチを作るのが上手だね」
「魔法のごちそうがおいしいからよ」
「そんなことないわ!イヴはサンドウィッチを作るセンスがあるのよ」
三人でお腹いっぱいサンドウィッチを食べると、もう少しだけ歩いてトナカイのいる牧場へとやって来ました。
「わあ、トナカイがたくさん!」
「やだ、こっちに来るわ!イヴ、たすけて!」
「ジンジャーはトナカイに人気者だね」
入口についてすぐ、たくさんのトナカイが押し寄せてきました。ふんふんと鼻を鳴らしながらトナカイに集まられて、ジンジャーはすっかり縮み上がっています。
「やあ、こんにちは」
「こんにちは!トナカイを見せてもらいに来たの」
「どうぞどうぞ。久しぶりのお客さんでトナカイたちも喜んでるみたいだ」
イヴたちは、順番に名前を言って握手しました。
「私はルドルフだ。よろしくね」
茶色い髪とひげのおじさんは、ルドルフ、というそうです。にこにこ笑顔でイヴたちを迎えてくれました。
「そうだ、トナカイにごはんをあげるのを手伝ってくれるかい?」
「わあっ!ぜひやりたいわ!」
「ぼくも!」
「私は見てるだけでいいわ……」
ジンジャーは、イヴの後ろにぴったりくっついてきました。イヴとニコは、ルドルフさんにバケツを渡されます。中に、トナカイのごはんがはいっているそうです。
「クッキー?」
「そう。ここのトナカイたちのごはんはクッキーなんだ」
「わ、トナカイたちがあつまってきた!」
「さあ、みんなに食べさせてあげてね!」
ルドルフさんは慣れた手つきで、とっても大きなバケツから、トナカイたちにごはんを食べさせています。
「わたしも!さあ、トナカイさんたち、ごはんよ」
「ぼくも!おいでおいで、ごはんだよ~」
「私はごはんじゃないの!食べようとしないで!」
それぞれ、日の暮れるまでトナカイたちとふれあいました。
◆
「くすぐったいよ、ぼくもう帰らなきゃなんだから」
「ニコは、ずいぶんトナカイと仲良くなったんだね。めずらしいな」
「だって、ニコはニコ……なんだったかしら」
「ニコラウス25世ね」
「なんだって!そうか、お孫さんか!いやあ、今のうちからこんなにトナカイと仲良くなれるなんて、将来は安心だね!」
「そうかなぁ……」
「そうさ。サンタにとって一番大事なのはなんだと思う?」
「すごい魔法を使ったり……そりをもらうこと?」
ルドルフさんは、大きな声で豪快に笑いました。
「あっはっはっはっは!いやいや、そんなことは小さなことだよ。本当に大事なのは、いろんな人と仲良くなれることさ!」
「なかよく?」
「そう。幸せへの近道は、仲良くすること!だからサンタには大事なことなんだ」
「じゃあ、ニコは大丈夫よ!ステキなサンタになれるわ!」
「そうね、魔法が使えなくても誰かを幸せにできるって、私イヴに教わったもの」
「そうかな……」
「そう!」
その日のニコは、やっと安心したような嬉しそうな、少し大人になったような顔に見えました。
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