第11話 イヴはしあわせの夢を見る


「見て!私よりもおっきい雪だるまを作ったのよ!」

「体はわたしが作ったの!」

「へえ、すごいなあ。でも、ふたりともびしょびしょだね。大丈夫?」

「大丈夫よ!家に帰れば着替えもお風呂もあるもの!」

「風邪とかひかないといいけど……」

「ニコは心配性ね~」


イヴとジンジャーは、幸せ探しのかわりに楽しいことをするようになっていました。今日はホーリーさんの家で雪遊びをしたようです。ホーリーさんとジンジャーは初めて会ったのですが、そうは思えないくらい、とっても仲良しになりました。


それからイヴはお仕事としてでなく、友人としてホーリーさんのところに来ることに決めました。お仕事としてホーリーさんと話すよりも、友人として話す方がずっと楽しくてどちらにもいいからです。お仕事とはいえ、おばあさんからお金をもらい続けるのも、なんだか悪いですしね。


――――夜、イヴはニコの屋台へ来ませんでした。プレゼントを配らなくてはならないため、ニコは先に行き、配り終えた後にイヴの家へ寄ってみました。


イヴの家から、咳の音が聞こえます。窓からのぞいてみると、床に赤い顔をしたイヴが倒れているではありませんか!


どうやら、雪遊びをしたイヴが風邪をひいてしまったようです。


ニコは魔法で鍵を開けて、イヴをベッドに寝かせ、冷たいタオルを頭に乗せました。こどものニコにできるのはここまでです。看病の仕方をよく知りませんからね。あとは明日にでも、誰か大人に頼むしかありません。


「やっぱり、こどもって無力だなあ」


最後に一度だけタオルを取りかえて、ニコはイヴの家を後にしました。



イヴが目を覚ますと、懐かしい部屋にいました。クリスマスタウンではなく、元の世界の自分の部屋です。


「ゴホ、ゴホ……あれ?ここ、私の部屋……?」


部屋を見回そうにも、なんだか頭はくらくら体はふらふら、意識もぼーっとしてはっきりしません。イヴはやっと、自分が病気だと気が付くのです。


「あらイヴ、目が覚めたのね!よかったわ」

「ママ?」

「どうしたの不思議そうな顔して?せっかくのお誕生日でクリスマスに風邪をひいちゃうなんて、ちょっと残念ね」

「誕生日?だれの……」

「やあねえイヴったら!あなたのお誕生日でしょう!」


イヴはなにもかもがぐるぐるするような気持ちになりました。体だって重いのに世界は回ってるし、ママの顔もはっきり見えない。イヴは、自分の熱がけっこう高いんだなと思いました。


「ほら、もう少し寝てなさい。チキンスープを作るから」

「ママ……私、クリスマスタウンにいたのよ」

「クリスマスタウン?」

「毎日がクリスマスで、魔法のごちそうもあって、プレゼントもたくさんで、私、サンタの見習いのお手伝いをしてたの」

「あっはは、なにそれ~!イヴったら絵本のような夢でも見てたのね」

「夢かしら……夢じゃないと思うの」

「はいはい。さ、スープができるまでおとなしくしてるのよ」


ママは、チキンスープを作りに行ってしまいました。


「夢……だったのかな」


ずいぶん寝た気がしたので眠れずに、イヴはベッドを抜け出します。セントラルヒーティングのほかに小さなヒーターを置いてくれたからか、部屋は暖かくてパジャマでも大丈夫そうです。


窓際に打ち付けた釘には靴下がふたつぶら下がっていて、その中にはプレゼントがありました。


「プレゼント……」


誕生日のプレゼントと、クリスマスのプレゼント。


「わたし、毎日プレゼントがほしかったから、クリスマスを願ったんだったかしら……」


赤い包装紙に緑のリボンがかけられたプレゼントと、緑の包装紙に赤のリボンがかけられたプレゼント。


「どっちがどっちのプレゼントかしら。私は今日で、10才になったのよね……きっと」


二つのプレゼント。


「開けてもいいのよね」


イヴがプレゼントのリボンをほどこうとした時でした。


「イヴ!お誕生日おめでとう!!」

「パ……パパ!?」


落ちていた砂時計を蹴飛ばして、パパが帰ってきました。イヴはびっくりぎょうてん、世界がひっくり返る思いでした。


「ああそうだお前のパパだよ」

「どうして……ここにいるの?」

「どうしてって、だって今日はクリスマスだろう?家族一緒にいなきゃおかしいじゃないか」

「そうだけど……だってパパ……」

「さあ、チキンスープを飲んで元気になろう!そしたらパパとママとおまえと、あと金魚のサムも一緒に、お前の好きなDVDをたっくさん見よう!」


パパは笑顔でニッコニコ。ママも笑顔でニッコニコ。金魚じゃなくてグッピーのサムも、ニッコニコ。テーブルにはチキンスープとごちそう、ジンジャーブレッドハウスにジンジャークッキーにペパーミントバーク、エッグノック(これはパパとママのですが)やアップルサイダーだってあります。


家族みんな一緒で今日は素敵なクリスマス!


しかしイヴは、ぼうっとお皿の上を見つめるだけでした。


「どうしたのイヴ?」

「食べないと元気にはなれないよ?」

「うん……でも……」


お皿には、ジンジャークッキー。その一番上に、ひとつだけ豪華で不格好なクッキーがあります。白地のアイシングに、カラフルな飾りを好きなだけ乗せた、女の子の形のジンジャークッキー。


「……わたし、まだ帰れないわ。まだ、むこうでやることがあるの」


液晶テレビから流れるクリスマス・キャロルが聞こえなくなり、温め終わるのを待っていたレンジは音もなく止まりました。


「夢を見るだけでは幸せにはなれないわ」


パパも、ママも、グッピーのサムも。


夢幻では悲しさが増すだけです。


「わたし、ちゃんと自分で幸せになる」


頭はぐらぐら、体はふらふら。世界はゆらゆら。


夢の世界はキラキラと消えていきます。


真っ暗闇に落ちる前に。


イヴは。



「あ、イヴ!目が覚めたんだね!」

「ニコ……?」

「なかなか起きないからすっごく心配したんだから!!」

「ジンジャーまで……わたし、どうしたの?」

「風邪ひいて倒れちゃったんだよぉ」

「カイさん!?」

「ぼくらこどもだから、どうしたらいいかわからなくて……」

「暇そうな大人があの人しかいないと思って」

「カイさんが看病してくれたの?」

「いーや」


ふたりは首を振ります。じゃあ、誰がイヴを看病したのでしょう。


「おそうじロボットのメランジェが看病したんだ!」


ドラム缶のような見た目のメランジェがこちらにアームを振ります。


「あ、ありがとうメランジェ。とっても助かったわ」

「メランジェがね、ウイルスも掃除してくれたのよ!」

「そうなの!?ありがとうメランジェ、ほんとうに」


ふりふり、とアームを振っている。イヴは、なんだかかわいいな、と思いました。


「わたし、幸せについて思ったことがあるの」

「なになに!」

「わたし、自分で幸せになるわ」

「自分で?」

「そう。わたし、夢を見て思ったの。誰かに叶えてもらうだけが幸せじゃないなって」


奇跡も確かに幸せだけど。


「まだ、どうしたらいいとかわからないんだけど、わたしはわたしなりに頑張ってみようと思うのよ」

「イヴまだ熱出てる?」

「ちがうけど、でも今日と明日はお休みするわ」


たまにはじっくり休んで、心の中の自分と向き合ってみるのもいいかもしれませんからね。


「わかった。でも、なにかあったら言ってね!」

「うん。でも、どうやって?」

「窓にSOSを書くかい?」

「魔法がつかえないもんね」

「電話がないし……」


ニコが、ぽん、と手をたたきました。


「今日配達するプレゼントを小鳥にできないか聞いてみるよ。それで、もし朝起きて小鳥がいたら、名前を付けて、キスをしてあげて。簡単な伝言くらいならしてくれるはずだから」

「小鳥!小鳥をもらえるの!?」

「望めば、犬や猫やポニーだってもらえるよ」

「いい、大丈夫……」


みんなが帰って、イヴはやっとひとりになりました。窓ガラスの水滴を袖でふき取ると、真っ暗な空のおかげで鏡のようです。


「ねえイヴ、わたしはどうしたらあなたを幸せにできる?」

「それはね、まずはなにが幸せなのかわからなくちゃいけない」

「やっぱりそこからね……ふりだしにもどった気分だわ」

「そうでもないわ。だってわたしは、幸せの夢を見たんだもの」

「幸せの夢……そうね。ママがいて、パパがいて、グッピーのサムもいて。ああでも、熱はない方がいいわ……叶うかしら?」

「イヴが叶えたいと思えば、いつだって奇跡は起こるのよ」

「あなた、わたしなのになかなかいいこと言うわね」

「ええ、わたしだもの」

「わたしの幸せは、家族一緒にクリスマスを過ごすことよ」

「ここにいたら叶わないわね」

「いいえ。希望はあるのよ」

「わたしって、いつだって希望を持ってるものね」

「そう。だから、頑張れるわ。それに、幸せってひとつじゃないもの。ジンジャーやニコだって幸せにしたいのよ。全部叶えてから帰ってもいいはずよね」

「頑張りましょうね」

「ええ」


叶えるまでに問題はいくつかあるけれど、イヴは自分の幸せの形をつかみはじめていました。


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