第11話 イヴはしあわせの夢を見る
「見て!私よりもおっきい雪だるまを作ったのよ!」
「体はわたしが作ったの!」
「へえ、すごいなあ。でも、ふたりともびしょびしょだね。大丈夫?」
「大丈夫よ!家に帰れば着替えもお風呂もあるもの!」
「風邪とかひかないといいけど……」
「ニコは心配性ね~」
イヴとジンジャーは、幸せ探しのかわりに楽しいことをするようになっていました。今日はホーリーさんの家で雪遊びをしたようです。ホーリーさんとジンジャーは初めて会ったのですが、そうは思えないくらい、とっても仲良しになりました。
それからイヴはお仕事としてでなく、友人としてホーリーさんのところに来ることに決めました。お仕事としてホーリーさんと話すよりも、友人として話す方がずっと楽しくてどちらにもいいからです。お仕事とはいえ、おばあさんからお金をもらい続けるのも、なんだか悪いですしね。
――――夜、イヴはニコの屋台へ来ませんでした。プレゼントを配らなくてはならないため、ニコは先に行き、配り終えた後にイヴの家へ寄ってみました。
イヴの家から、咳の音が聞こえます。窓からのぞいてみると、床に赤い顔をしたイヴが倒れているではありませんか!
どうやら、雪遊びをしたイヴが風邪をひいてしまったようです。
ニコは魔法で鍵を開けて、イヴをベッドに寝かせ、冷たいタオルを頭に乗せました。こどものニコにできるのはここまでです。看病の仕方をよく知りませんからね。あとは明日にでも、誰か大人に頼むしかありません。
「やっぱり、こどもって無力だなあ」
最後に一度だけタオルを取りかえて、ニコはイヴの家を後にしました。
◆
イヴが目を覚ますと、懐かしい部屋にいました。クリスマスタウンではなく、元の世界の自分の部屋です。
「ゴホ、ゴホ……あれ?ここ、私の部屋……?」
部屋を見回そうにも、なんだか頭はくらくら体はふらふら、意識もぼーっとしてはっきりしません。イヴはやっと、自分が病気だと気が付くのです。
「あらイヴ、目が覚めたのね!よかったわ」
「ママ?」
「どうしたの不思議そうな顔して?せっかくのお誕生日でクリスマスに風邪をひいちゃうなんて、ちょっと残念ね」
「誕生日?だれの……」
「やあねえイヴったら!あなたのお誕生日でしょう!」
イヴはなにもかもがぐるぐるするような気持ちになりました。体だって重いのに世界は回ってるし、ママの顔もはっきり見えない。イヴは、自分の熱がけっこう高いんだなと思いました。
「ほら、もう少し寝てなさい。チキンスープを作るから」
「ママ……私、クリスマスタウンにいたのよ」
「クリスマスタウン?」
「毎日がクリスマスで、魔法のごちそうもあって、プレゼントもたくさんで、私、サンタの見習いのお手伝いをしてたの」
「あっはは、なにそれ~!イヴったら絵本のような夢でも見てたのね」
「夢かしら……夢じゃないと思うの」
「はいはい。さ、スープができるまでおとなしくしてるのよ」
ママは、チキンスープを作りに行ってしまいました。
「夢……だったのかな」
ずいぶん寝た気がしたので眠れずに、イヴはベッドを抜け出します。セントラルヒーティングのほかに小さなヒーターを置いてくれたからか、部屋は暖かくてパジャマでも大丈夫そうです。
窓際に打ち付けた釘には靴下がふたつぶら下がっていて、その中にはプレゼントがありました。
「プレゼント……」
誕生日のプレゼントと、クリスマスのプレゼント。
「わたし、毎日プレゼントがほしかったから、クリスマスを願ったんだったかしら……」
赤い包装紙に緑のリボンがかけられたプレゼントと、緑の包装紙に赤のリボンがかけられたプレゼント。
「どっちがどっちのプレゼントかしら。私は今日で、10才になったのよね……きっと」
二つのプレゼント。
「開けてもいいのよね」
イヴがプレゼントのリボンをほどこうとした時でした。
「イヴ!お誕生日おめでとう!!」
「パ……パパ!?」
落ちていた砂時計を蹴飛ばして、パパが帰ってきました。イヴはびっくりぎょうてん、世界がひっくり返る思いでした。
「ああそうだお前のパパだよ」
「どうして……ここにいるの?」
「どうしてって、だって今日はクリスマスだろう?家族一緒にいなきゃおかしいじゃないか」
「そうだけど……だってパパ……」
「さあ、チキンスープを飲んで元気になろう!そしたらパパとママとおまえと、あと金魚のサムも一緒に、お前の好きなDVDをたっくさん見よう!」
パパは笑顔でニッコニコ。ママも笑顔でニッコニコ。金魚じゃなくてグッピーのサムも、ニッコニコ。テーブルにはチキンスープとごちそう、ジンジャーブレッドハウスにジンジャークッキーにペパーミントバーク、エッグノック(これはパパとママのですが)やアップルサイダーだってあります。
家族みんな一緒で今日は素敵なクリスマス!
しかしイヴは、ぼうっとお皿の上を見つめるだけでした。
「どうしたのイヴ?」
「食べないと元気にはなれないよ?」
「うん……でも……」
お皿には、ジンジャークッキー。その一番上に、ひとつだけ豪華で不格好なクッキーがあります。白地のアイシングに、カラフルな飾りを好きなだけ乗せた、女の子の形のジンジャークッキー。
「……わたし、まだ帰れないわ。まだ、むこうでやることがあるの」
液晶テレビから流れるクリスマス・キャロルが聞こえなくなり、温め終わるのを待っていたレンジは音もなく止まりました。
「夢を見るだけでは幸せにはなれないわ」
パパも、ママも、グッピーのサムも。
夢幻では悲しさが増すだけです。
「わたし、ちゃんと自分で幸せになる」
頭はぐらぐら、体はふらふら。世界はゆらゆら。
夢の世界はキラキラと消えていきます。
真っ暗闇に落ちる前に。
イヴは。
◆
「あ、イヴ!目が覚めたんだね!」
「ニコ……?」
「なかなか起きないからすっごく心配したんだから!!」
「ジンジャーまで……わたし、どうしたの?」
「風邪ひいて倒れちゃったんだよぉ」
「カイさん!?」
「ぼくらこどもだから、どうしたらいいかわからなくて……」
「暇そうな大人があの人しかいないと思って」
「カイさんが看病してくれたの?」
「いーや」
ふたりは首を振ります。じゃあ、誰がイヴを看病したのでしょう。
「おそうじロボットのメランジェが看病したんだ!」
ドラム缶のような見た目のメランジェがこちらにアームを振ります。
「あ、ありがとうメランジェ。とっても助かったわ」
「メランジェがね、ウイルスも掃除してくれたのよ!」
「そうなの!?ありがとうメランジェ、ほんとうに」
ふりふり、とアームを振っている。イヴは、なんだかかわいいな、と思いました。
「わたし、幸せについて思ったことがあるの」
「なになに!」
「わたし、自分で幸せになるわ」
「自分で?」
「そう。わたし、夢を見て思ったの。誰かに叶えてもらうだけが幸せじゃないなって」
奇跡も確かに幸せだけど。
「まだ、どうしたらいいとかわからないんだけど、わたしはわたしなりに頑張ってみようと思うのよ」
「イヴまだ熱出てる?」
「ちがうけど、でも今日と明日はお休みするわ」
たまにはじっくり休んで、心の中の自分と向き合ってみるのもいいかもしれませんからね。
「わかった。でも、なにかあったら言ってね!」
「うん。でも、どうやって?」
「窓にSOSを書くかい?」
「魔法がつかえないもんね」
「電話がないし……」
ニコが、ぽん、と手をたたきました。
「今日配達するプレゼントを小鳥にできないか聞いてみるよ。それで、もし朝起きて小鳥がいたら、名前を付けて、キスをしてあげて。簡単な伝言くらいならしてくれるはずだから」
「小鳥!小鳥をもらえるの!?」
「望めば、犬や猫やポニーだってもらえるよ」
「いい、大丈夫……」
みんなが帰って、イヴはやっとひとりになりました。窓ガラスの水滴を袖でふき取ると、真っ暗な空のおかげで鏡のようです。
「ねえイヴ、わたしはどうしたらあなたを幸せにできる?」
「それはね、まずはなにが幸せなのかわからなくちゃいけない」
「やっぱりそこからね……ふりだしにもどった気分だわ」
「そうでもないわ。だってわたしは、幸せの夢を見たんだもの」
「幸せの夢……そうね。ママがいて、パパがいて、グッピーのサムもいて。ああでも、熱はない方がいいわ……叶うかしら?」
「イヴが叶えたいと思えば、いつだって奇跡は起こるのよ」
「あなた、わたしなのになかなかいいこと言うわね」
「ええ、わたしだもの」
「わたしの幸せは、家族一緒にクリスマスを過ごすことよ」
「ここにいたら叶わないわね」
「いいえ。希望はあるのよ」
「わたしって、いつだって希望を持ってるものね」
「そう。だから、頑張れるわ。それに、幸せってひとつじゃないもの。ジンジャーやニコだって幸せにしたいのよ。全部叶えてから帰ってもいいはずよね」
「頑張りましょうね」
「ええ」
叶えるまでに問題はいくつかあるけれど、イヴは自分の幸せの形をつかみはじめていました。
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