第12話 イヴとナイト


「ねえニコ、あなたなんだか大きくなったんじゃない?」

「そう?まあ、そりゃあ、食べて寝れば大きくもなるよ」


毎日となりを歩くので気付きにくかったのですが、さすがにもう気付かないほどではありません。初めて会った時はイブより背がこぶし1つ分高いくらいのこどもだったのに、今はイヴよりも頭1つ分くらい背が高くなっています。髪の毛だって、結んでいて気づきませんでしたがだいぶ伸びています。おにいちゃん、というより、おにいさん、という感じです。


「そっか、私は外から来たから大きくならないみたいだけど、ニコはこの街の人だから大きくなるわよね」

「そうだね。ちゃんと名前で呼ばれる用事も多くなってきたし」

「え?」

「名前だよ。ニコってのが名前じゃないからね、僕」

「ええーっ!?」


今日いちばんの衝撃です。今までニコと呼んでいたし、初めて会った時も自分でニコだと言っていました。初めて会ったイヴに対して嘘でもついたのでしょうか。


「えーっと、説明が難しいんだけど、僕のところって……ほら、サンタのリーダーをしてるでしょ?」

「うん」

「だからファミリーネームをそのままで『ニコラウス何世』って呼ばれることがほとんどなんだ。ファーストネームはちゃんとあるし、公的な場所だとちゃんとそっちの方で呼ばれるんだけどね」

「じゃあ、ニコはニコじゃないってこと?」

「ニコラウスの略だからニコでもあってるよ」

「じゃあ、ファーストネームは?」


風邪なんかもう治ったのに、なんだか頭がぐるぐるします。イヴがホワイトを略して「W」なんて名乗っていたら、未だにWと呼ばれているようなものです。おっどろきー。


「僕はナイト・ニコラウス。照れくさくてニコって言っちゃうんだけど、ほんとはナイトっていうんだ」

「素敵な名前なのにもったいないわ」

「しかたないよ。ニコラウスの家に生まれちゃったんだもん」

「ねえナイト」


イヴがそう呼ぶと、ニコ……もといナイトは顔を真っ赤にしてしまいました。


「公的な場所で呼ばれるのも照れくさいってのにイヴったら」

「ナイトって、どういう字を書くの?やっぱりNight《夜》?」

「ううん。Knight《騎士》」

「かっこいいじゃない!」


イヴなんて、クリスマス・イヴに生まれたから、という単純な理由で「イヴ」になったのに!しかも、日付が変わってから生まれたので「イヴ」はなんだか正しくない気もします。メリーとか、アップルとかでもよかったんじゃないかな、とイヴは今でも思います。


「やっぱり恥ずかしいな。今までずっとニコって呼んでたんだし、これからもニコでいいからね」

「えーっ!」

「いいの。僕が恥ずかしくなっちゃうから」

「まあ、そうね、名前が変わったからってニコがニコじゃなくなるわけじゃないものね。きっとニコがニコラウスじゃなくても、ニコはニコだったにちがいないわ」

「……そう思う?」

「ええ。だって、名前で心は作られないと思うもの」


イヴがメリーになろうとアップルになろうと、中身はきっとイヴのままです。名前が変わったくらいでは、きっと心まで変わったりしないはず。だからニコはニコで、イヴはイヴなのです。


「そうそう、ニコにもね、渡すものがあったのよ。忙しくて渡しそびれちゃってたんだけど」


イヴは、リュックのポケットからすこしくたびれたプレゼントを取り出して、ニコへと差し出しました。


「開けてもいい?」

「もちろんよ!」


まっ白な包装紙に、空色のリボン。まるでニコのようです。


「わ、バーンスターのペンダントだ!」

「幸運のお守りなんだって。おじいちゃんとおばあちゃんのところにも飾ってあったの。私、ニコの幸せを願うって言ってたでしょ?」

「ありがとう、イヴ。僕、ずっと大事にするよ!君が元の世界に帰っても、きっと、きっと、大事にする」


どうしてか泣き出しそうなニコに、イヴは、どこかがちくりと痛むのを感じました。いつも一緒にいたから、いつまでも一緒にいるような気がしていましたが、いつかはさよならを言う日が来るのです。ニコも、ジンジャーだってきっとそうです。同じ世界から来たとしても、帰ってから会う手立てはありません。


「嬉しいことと悲しいことって、どうしていつも一緒なのかしら」

「どういうこと?」

「わたし、ニコやジンジャーやみんなと出会えて、とっても嬉しい。でも、いつかさよならすることを考えると、なんだかとっても悲しくて、胸が痛くなるの」


本当に本当に悲しくなって、イヴまで泣き出しそうになってしまいます。でもニコは、やさしくイヴに言いました。


「いつかさよならする日が来ても、僕らが楽しく過ごしたことは嘘にはならないよ。それとも、出会わなかった方がいいと思うかい?」

「いいえ!みんなに出会えて、わたし、本当に幸せだと思ってる」

「じゃあ、きっと悲しい思い出にはならないよ。いつか、思い出すだけで幸せになれる日が来るかもしれないからね」

「思いだすだけで、幸せになるかしら……」

「きっと、いつかはね。楽しい思い出が、宝物になる日がきっと来るんだ」


なんだか、ニコがずぅっと大人に見えました。


「じゃあ、もっともっと楽しい日を過ごそうね。ニコも、たまには屋台をお休みして、一緒にどこかへ出かけましょ」

「そうだね、僕も、イヴとの楽しい思い出はたくさんほしいな」

「ニコも、きっといつか、思い出して幸せな気持ちになってね」


小さなこどものままのイヴは、とうとう泣き出してしまいました。


静かな冬の空の下、雪にイヴの涙が混じります。


帰りたいのと、帰りたくないのと。


頭にふわふわの手袋を感じながら、反対のことがどっちも正しいなんて、変なこともあるんだなあと、イヴは泣きながら思いました。


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