第13話 キライ、キライ、大っキライ
いつもはあまり注目しないので物語には書かれていませんでしたが、クリスマスタウンにもたくさんの人がいます。お年寄りがいて、大人がいて、こどもがいて。この街で生まれた人も、ほかの世界からやってきた人もたまにいます。
「そういえば、あのカイとかいう人、初めて会った時から全然すがたが変わらないわよね」
「そうね。でもホーリーさんもローズさんも、そんなに変わらないし、大人ってそうなのかもしれないわ。ママが言ってたのよ『こどもの成長は早い』って」
「そうだね。僕もここのところ、ひざとか足首とか痛くって」
今日はニコの屋台をお休みして、三人で街を歩いています。今日は空も深い青色で、お日さまが建物の屋根や街路樹に積もった雪に反射してキラキラと眩しいくらいです。黄色いレンガ道にわずかに積もった雪がとけて、スニーカーでも平気そう。今日は、とても暖かい日のようです。
「いまさらなんだけど、ニコがサンタの服以外を着てるの初めて見たわ」
「わたしも。なんだか、ちょっと……不思議な感じがするね」
「え、変かな?仕事の時以外は普通の服も着るけど」
「変じゃないわ!とっても素敵だもの!」
「イヴも私も、初めて見るから不思議ってだけよ。じきに慣れるわ」
ニコは紺色のコートに白いマフラーをして、黒いズボンをはいていました。それはとってもぴったりでしたが、イヴはニコに、素直に「かっこいい」と言えませんでした。なんだかとっても恥ずかしい気がしたのです。
イヴは最近変でした。あんまりニコの目を見られないし、一緒にいたいようないたくないような、不思議な気持ちになるのです。
イヴが首をかしげていると、路地裏から男の子が飛び出してきました。その勢いといったら、端っこを歩くイヴにぶつかって、ぶつかったイヴが反対の端っこにいるニコのところまで飛んでいくほどです。
「イヴ、大丈夫?」
「なに、なにがおきたの」
「あんたね!急に飛び出したら危ないでしょ!!」
目を白黒させているイヴの代わりにジンジャーが怒ります。真っ黒で、鼻が隠れるほどに長い前髪。これじゃあ前が見えなくても仕方ありませんね。男の子は真っ直ぐにイヴを見て大きな声で言いました。
「この街の人間じゃないくせにサンタのフリなんかしてバッカみてー!!」
「なんですって!!あんたこそこの街の人間じゃないわね!!あんただれよ!!」
ジンジャーも負けじと大きな声です。大きな声の勝負だったら勝っていたかもしれませんね。
「おれはルーク!おれはおれの願った通り、永久にクリスマスを楽しんでやるんだ!願ったくせに帰りたいなんて言うバカなイヴとはおおちがいだ!」
「あなた、わたしを知ってるの?」
「はあぁ!?」
顔のパーツで唯一見えている口があんぐりと開いています。この反応を見るに、イヴがこの、ルークのことを知っていなければならない、つまり知り合いということなのでしょうか。
「わたし、あなたのこと知らないわ。あなたはわたしのこと知ってるのね?」
「おれはルークだ!あなたなんて名前じゃねえ!」
「イヴはあんたのことなんて知らないって言ってんでしょ!あっちいけ!!」
ルークは唇を噛みしめ、また勢いよくどこかへ走り去ってしまいました。
「イヴ、あの子のことほんとに知らないのよね?」
「うん。そもそも顔が見えないんだから、声をかけられたってわからないわ」
「たしかにねぇ」
「ねえニコ、わたしがサンタの手伝いをしているのって、そんなに変かしら」
イヴは、不安で仕方なくなりました。ひどいことを言われて、すっかり自信がなくなってしまいます。あの男の子――ルークは、どうしてイヴにひどいことを言うのでしょう。
「変なもんか。サンタはみんなの幸せを願うすばらしい仕事だ。それを目指して手伝うイヴだって、とってもすばらしいのに」
「ありがとう、ニコ……」
今日はほんとに暖かい日だなあとイヴは思いました。だって、こんなにほっぺたも耳も熱くて、どきどきします。日射病にはしないでね、と心の中でお日さまにお願いしました。
「あの子はイヴのこと知ってるみたいだったね」
「ほんっとなんなのかしら!」
「わたし、ニコとジンジャーくらいしかこどもの知り合いはいないわ。メランジェはロボットだし」
他はみんな、大人の知り合いです。イヴは、なんとか頭をよくはたらかせて、あの子のことを思い出そうとしました。
「頭を使う時はお砂糖がいいんだってきいたことがあるわ」
リュックから大きなチョコレートを出して、三人で食べます。イヴも知ってる国旗。それが付いたチョコはおいしいものが多いのをイヴは知っています。ふんわりとした甘さが、頭にエネルギーを送っているような気分になって、「よし、頑張ろう!」という気になりました。
「あれだけ前髪が長かったら嫌でも記憶に残るわよね」
「わたし、さっき会っただけでも記憶に焼き付いちゃったわ」
「あの黒い髪は珍しいから、忘れないと思うな」
三人は、腕を組んでうなります。三人寄れば文殊の知恵、なんて言葉もありますが、どうやらそうはいかない模様。そのまま三人黙り込んでしまった時です。
「バーカバーカ!」
さっきの男の子、ルークが雪玉を投げてきました。イヴとニコは顔や体に当たってしまいましたが、ジンジャーは素早くかわしてルークのもとへ走ります。
「あんた私たちになんの恨みがあるっていうのよ!」
「おまえらなんか知るか!おれはイヴがキライなんだ!!」
「わたしを……キライ……?」
ルークは一瞬しまったというような顔をしましたが、すぐにイヴをキッとにらみつけます。
「ああキライだ!キライ、キライ、大ッキライだ!!」
ルークは再び走り去ってしまいます。
「わたし、あの子になにか、しちゃったのかしら……」
ニコといる時とはちがうどきどきが、止まりません。そのどきどきが涙を押し出そうとしている気がして、イヴは胸を押さえました。
「僕、家に帰ったらあのルークって子のこと、調べてみるよ」
「そうね!そいつの家を調べ上げて雪玉投げ込んでやるんだから!!」
「わたし……今日は帰る……」
「イヴ。僕たち、今日はイヴの家でのんびりすごしてもいいかな」
「え……?」
どきどきがずきずきに変わっていましたが、ニコたちが自分の家にいることを考えると、すこしだけ楽になりました。ニコたちがイヴの家に来たのはイヴが風邪をひいたときだけでしたから、遊びに来るというのは初めてのことです。
「一緒に、いてくれる?」
ああ、目が熱くて視界がゆらゆらと揺れます。すこしでもほっとしたからか、次々に涙が落ちて黄色いレンガに丸い模様を作っていきました。
「もちろんよね!」
「うん。ひとりで抱え込むことないよ、イヴ」
「ねえ!じゃあ私、今日イヴの家にお泊りしようかしら!」
イヴは、こんなに素敵な友達ができて幸せだなあと思いました。そして、今日はサンタのお手伝いはお休みして、ジンジャーとお泊り会をしました。
ニコは、サンタの知り合いやパパやおじいちゃんを頼り、ルークが誰なのか調べます。
◆
「ルークが誰なのかはよくわからなかったけど、プレゼントの履歴は聞いてきたよ」
「ほんと!」
「うん。近い日から順に犬、猫、小鳥、馬、羊、熱帯魚、ウサギ……とにかくたくさんの動物がプレゼントされてるみたいだ」
「動物が好きってことかしら……」
「あんな意地悪な子に懐くかしらね。案外持て余してるんじゃない?」
「家の場所もわかってるけど……見に行く?」
「……そうね、わたしがあの子に何かしてしまったのなら、ちゃんと話し合った方がいいものね」
三人は、ニコのメモに書いてあるルークの家へと向かうことにしました。
「ここね」
街のはずれにある、広い庭の家。それが、ルークの住む家のようです。三人のうちで一番背が高いニコよりも大きな門は、押しても引いても揺すってもびくともしません。呼鈴もついていないので、中に入ることはできなさそうです。
「こらーっ!開けなさいよー!」
ジンジャーが門をよじ登ろうとしている後ろで、イヴとニコは首をかしげています。
「ねえニコ、わたしたち、一度だけここへ来たことがあるわよね?」
「僕もそれを考えていたところ。でも確か、あの時のプレゼントは動物じゃなくて……」
「あーっ!おまえら何しに来たんだよ!ここはおれの家だぞ!!」
「どーして知り合いでもないイヴのことをキライなんて言うのか聞きに来たのよ!開けなさいよ!!」
ジンジャーがしゃかしゃかと門を上り、とうとう向こう側へ落ちてしまいました。
「よっしゃ入った!いま開けるわ!」
「おいなにすんだよ!」
ジンジャーはルークが止めるのを華麗に避けて、器用に門の鍵を開けました。
「さあ入って入って!」
「お邪魔しまーす」
「おい!おれの家だぞ!」
「ルーク、わたし、どうしてもあなたと話したかったの」
「…………」
黙り込んでしまった上に、前髪が長すぎて表情が読めそうにありません。話しに来たのに話もしないなんて、怒られてるほうがまだマシです。
「ねえルーク、わたし、あなたに何か悪いことをした?」
「………………」
「嫌われるような……話もしてくれないようなことをしたの?」
「…………………………」
ずきずきと痛む胸の奥で、前にカイさんから聞いた言葉が思い出されます。「ああ、でも、けんかばっかりするようなら、きらいでもいい、なかよくしなくてもいいから、はなれた方がいいね」。そんなことを言っていました。
けんかにもならないけど、話もできないならそうした方が、きっといいにちがいありません。だって、ルークは怒ってばっかり。
「わかった。わたし、あなたに近寄らないようにするし、もう話しかけたりしないわ」
「!?」
「ここへも、もう来たりしないから、あなたもわたしたちに近寄らないって約束して」
「な、なな……な…………」
「行きましょう、ニコ、ジンジャー」
「な……なんでそうなるんだよぉ!!」
ルークが、今までで一番大きな声で叫びました(たぶん)。口が震えていて、泣くのでなければ怒りだしそうです。イヴは、これはきっと怒ってるんだな、と思いました。
「だって、あなた、わたしのことが大嫌いなんでしょう?」
「おれの名前はルークだ!!」
「だったら、どっちも近寄らない方がけんかしなくていいじゃない。何かひどいことをしたのならごめんなさい。それじゃあ、さようなら」
イヴは、ルークにプレゼントを届けた時のことを頑張って思い出そうとしていました。
(こっちへ来てからしばらく経って、ニコの魔法で色々な家へ入るのも慣れた頃。そう、たしか……こんなに庭は広くなかったはず。そして、たしかその時のプレゼントは……)
「僕らが、ルークがここへきて初めてのプレゼントを届けたみたいだね」
イヴが考え込んでいると、ニコがルークに聞こえないようにこっそりと話しかけてきました。
「ええ。たしか、その時のプレゼントって……」
「えーっと……あった。その時のプレゼントは、チェスだね」
「チェスぅ?」
「チェスねぇ……」
イヴは、おじいちゃんがチェス好きで、家に遊びに行くといろんな人とチェスをしていたことを思い出しました。イヴには難しくて、ルールを覚えてもあまりうまくはなりませんでしたが……。
「……ルークは、ここにきて初めてのプレゼントでチェスを願って。そんなにすぐに友達ができたのかしら」
ひとりでもできないことはありませんが、やっぱり相手がいた方が楽しいのがボードゲームの常です。
「あんな意地悪で友達なんてできないわよ!」
「それか、よっぽどチェスが好きだったのかもね」
「動物ばっかりほしがってるように見えたけど……」
三人がこそこそ話しながら帰ろうとするので、ルークはとうとう地団駄を踏み始めました。
「いっつもそうだ!結局、本当にほしいプレゼントなんて全然もらえないんだ!!」
この物言いには三人とも引っ掛かりました。
みんなの幸せを願って、願いを叶えたりほしいものを見つけたり、いつだってプレゼントはほしいもののはずです。なのに、ほしいものが全然もらえないというのは、いったいぜんたいどういう事でしょうか。
「いつもそうだ……どれだけともだちがほしいって願ったって、ペットばかりが増えていく」
「それとイヴとどう関係あんのよ!」
「もしかして、プレゼントを選んでるのがイヴだと思ったの?」
「ちがう!……イヴがおれと同じ、違う世界から来たって知って、イヴのことずっと見てたんだ……イヴはともだちがたくさんいて、いつも笑ってた。おれがどれだけほしくてももらえなかったのに!イヴはおれが見てることにだって気づきもしない!」
みんな、そこでやっと気が付きました。
「ルーク、あんた……イヴと友達になりたかったの?」
「…………」
また黙り込んでしまいます。イヴは、ルークに対して持っていたずきずきや嫌な感じがなくなった気がしました。そして、少しずつルークに近付きます。ルークは逃げません。
イヴはルークの目の前に。
「ねえルーク、あなたはいままでもこんなに悲しい顔をしていたのかしら」
長い長い前髪を、イヴは両手で寄せました。そこには、悲しい顔をした、怖くもなんともない、ただの男の子がいました。
「……知らない。ずっと、ひとりだし」
「動物だって友達に変わりないわ」
「動物はチェスできないだろ」
「チェスできない人だっているわ。ねえ、最初からこうしてちゃんとお話ししてくれたら、わたしたち、きっともっと早くに友達だったわ」
イヴは、すっかり元気になっていました。
「ねえルーク、どうしてわたしのことキライなの?」
「キライ…………では、ない」
「ダイキライって言った!バカとも言ったわ!」
「うぅ…………」
「ねえ、どうして?」
ルークは黙り込んでしまいましたが、イヴが前髪を持っているので今はその顔がよく見えます。
「…………真っ赤」
「うるさい!!いつまでひとの髪に触ってんだ!はなせ!」
「あ、せっかく顔が見えてたのに。ねえ、どうして顔を隠しちゃうの?」
「おれの前髪をどうしようとおれの勝手だろ!」
「そっか……顔が見えてた方が素敵なのに」
「…………」
今度はみんなわかりました。きっと今、ルークの顔は真っ赤です。もしかしたら、ルークは思ったよりも悪い子ではないのかもしれません。
「でも私たちに雪玉投げたことは忘れてないわよー!!」
後ろでなにかしてると思ったら、ジンジャーは特大の雪玉を作っていたようです。
「仲直りしてあげてもいいけど、許す代わりにこの雪玉をくらいなさーい!!」
雪だるまくらいの雪玉をくらって、みんなはなんとか仲直りすることができました。
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