第17話 ヒイラギの木の下で



「ジンジャー、最近幸せについてあれこれ言わなくなったわね?」


今日はローズさんの家でクッキング。ターキーを上手においしく焼けるように特訓です。ジンジャーも、ホーリーさんにもらったエプロンですっかり得意気。


「そりゃそうよ!イヴも楽しそうだし」

「私?」

「いやーっ!!ターキーが飛び立とうとしてるわ!!」

「あしを結ばないからよ!!」


朝早くからてんやわんやで、なんとか食べられるターキーが出来上がる頃には、すっかりお昼を過ぎていました。


「よし、これくらいなら合格ね」

「ありがとうジンジャー先生!」

「ジンジャーはお料理が上手なのね。私よりも小さいのにすごいわ」

「まあね!」


ターキーでお腹が膨れていたので、歩くのはゆっくりです。ニコはお勉強、ルークはどうぶつたちをルドルフさんの牧場まで遊びにつれていくというので、今日は予定もなくひさしぶりにふたりっきりになりました。


「なんだかこうしてゆっくりするのって久しぶりね!」

「そうね。ねぇ、ジンジャーは、幸せ……願い事みつかった?」

「そうねぇ……まあ、見つかってるようなもんよね」

「そうなの!ジンジャーの願いって、どんなの?」


ジンジャーがくるりと振り返ります。


白いワンピースに、カラフルな飾りを好きなだけ付けた女の子。髪のリボンだけは、イヴがプレゼントしたピンクのリボンを留めていますが。


ジンジャーは「もういいか」というように頷き、イヴへ一歩踏み出します。


「私の幸せは、イヴの幸せよ」

「ジンジャー、私きっと、あなたのこと知ってるわ」


会った時から、不思議と懐かしい感じがしていました。きれいな洋服が好きだと言っていたのに、きっとプレゼントにたくさん洋服をもらったはずなのに、いつも同じワンピースを着ていました。


「私も。イヴのこと、ずっと知っていたわ」

「じゃあやっぱり……」


イヴは、いつかのクリスマスを思い出していました。


パパのお仕事が急に休みになった時のことです。奇跡だと喜んだその先で、ひとつのジンジャークッキーがなくなりました。それは、ママと一緒に作って、一つだけイヴが飾り付けをした「お友達」だったのです。


名前は付けなかったけれど、きっともう、名前は知っている。


「あなたは、私の作ったジンジャークッキーなのね。あの時、私に奇跡をくれた」

「どうだろう。私、あの時イヴが笑ったのを見てから、ずっとクリスマスタウンにいるから」

「私、一緒に帰りたい。ジンジャーを連れて、私の時代に帰りたい」

「サンタさんにお願いしてみよっか」


イヴの大事な大事なジンジャークッキー。あなたはいつでも、イヴの幸せを願っていましたね。


「わ、街で一番大きな木……ヒイラギの木だったのね」

「ヒイラギって、こんなに大きく育つのかしら?空を貫いているみたい」

「ま、ここはクリスマスタウンだしね」

「それもそうね」


気が付くと、懐かしい気持ちさえ覚えるほどに、クリスマスタウンにいました。


「はじめてここへ来た時のことを思い出しちゃうな……毎日おどろきと感動であふれてた」

「私も、なんだか懐かしく思っちゃう」

「ね、ジンジャーがここへ来た時のことを教えてくれる?」

「いいわよ、イヴの頼みだもの!」


ふたりは、街いちばんに大きなヒイラギの木の根元に座りました。


「そうねぇ、私は感動とかよりも『動きたい!!』でいっぱいだったわ。ちっちゃなクッキーだったからね。それで初めてのプレゼントにこの姿をもらって、外に出ようとしたわ。街の外にね」

「そうだわ、毎日がクリスマスだったらいいのにって願わなかったの?」

「私が願ったのは、イヴがパパに会えて、できれば毎日パパと一緒にいられたらいいなってことよ。まあ、そういう意味ではクリスマスをも願ったわね。あとは今と変わらず、街の外へ出ようとしたり、帰る方法を探したり」

「そうなんだ……私もね、クリスマスを願ったのよ。毎日がクリスマスだったら……そのうちの一日くらい、パパが帰ってきてくれるんじゃないかって思ったから」


イヴは、初めて自分の願いがわかりました。イヴは、パパに会いたかったのです。パパと、一緒にクリスマスを過ごしたかったのです。そして……。


「みんな一緒のクリスマスで、パパとママに、プレゼントを渡したかったのよ」


毎日学校までイヴを迎えにきてくれるママだけでなくて、休みの日に帰ってこないパパとも一緒にいたかった。枕元のプレゼントを開けて、ふたりにプレゼントを渡して、本当のクリスマスをしたかった。


「パパは、どこにいるの?」

「わかんない……海の向こう。クリスマスにも、飛行機は飛ぶから」

「イヴのパパは、パイロットなのね」

「うん……私がお休みの日には家にいないの。なにもない日にたまに、学校から帰って寝る時間までの少しの間一緒にいるだけ。いつも、どこかの国のお土産をくれたわ。私、いつも空を見ては、どこかでパパが頑張ってるんだって、不思議な気持ちになってた。でも、どうしても、クリスマスを、私の誕生日を、一緒に過ごしたかったの。私もう10歳よ?あと何回一緒のクリスマスを過ごせるかしら!」


イヴは顔を覆って泣き出してしまいました。ジンジャーはそっとイヴの頭を撫でて、空を見上げます。クリスマスタウンとは繋がっていないかもしれないけれど、この空のどこかに、イヴのパパがいるのでしょう。


「ねえイヴ、ヒイラギの木の下では、誰でもキスをしていいのよ」

「キス?」

「だから私、イヴに誓いのキスをするわ。私は絶対、イヴの願いを叶えるって」


ジンジャーは、イヴのおでこへ、そっとキスしました。


「じゃあ、私は、ジンジャーと一緒に帰るって、誓うわ」


イヴも、ジンジャーのおでこへキスを返します。


「イヴ、パパにプレゼントを渡しに行きましょう」

「え?」

「びっくりさせるの。魔法でもなんでもいいから、パパに一泡吹かせるのよ!」

「それはちょっと、おもしろそうかも」

「よーし決まりね!私たち、キスに誓ってもう秘密はなしよ!」


ヒイラギの木の下で、ふたりの少女が誓いのキスを交わしました。


それは、互いの幸せを願うキス。きっと、かならず、叶うでしょう。


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