第23話 クリスマスタウン



「もーニコったらおっそーい!私たち今日帰っちゃうんだからね!!」

「ごめん、家の方でちょっと用事があって……って、ジンジャーも帰るの?」

「そうよ!イヴの幸せが叶って、私ももう思い残すことないからね!」

「ありがとう、ニコ。忙しいのに来てくれて」

「イヴ、今日は最高の一日にしようね!」


涙はしまって、最高の想い出を作る一日が始まりました。


「さ、ふたりは何がしたい?」

「遠くに住んでるみんなにあいさつをしたいわ」

「私も!最後にローズさんとお料理したいわ!」

「わかった。じゃあふたりとも、そりに乗って!」


笛の音がそりを連れてきます。イヴは慣れたように、ジンジャーは恐る恐る乗って、空へと出発しました。聞き慣れたはずのクリスマスソングが、今日はやけに楽し気に聞こえます。


「ローズさんと料理ってことは、ローズさんのところへはお昼に行った方がいいかな」

「そうね、ご馳走をおなかいっぱい食べちゃったから」

「じゃあ、ルドルフさんのところにでも行こうか」

「えーっ!!トナカイのところ!?」

「ふふっ、ジンジャーはクッキーだから、トナカイたちが寄って来ちゃうのよね。私も、小鳥のママレードを頼みたかったし」

「いい運動になるよ!出発!」


ジンジャーは、そりに乗る前もニコのトナカイたちに集まられていました。食べられないように必死にイヴの後ろに隠れていたので難を逃れましたが。


「ルドルフさん!」

「やあみんな!」

「私とジンジャー、今日でむこうの世界に帰るの。だからあいさつにと思って。小鳥のママレードも頼みたくて」

「任せてくれ!そうか、寂しくなるな……最後に、ごはんをあげていくかい?」

「うん!」

「ま、最後くらいなら仲良くしてあげてもいいわよ」


と、強がってみるものの、数分後にはトナカイたちに集まられて、最後まで逃げ回るジンジャーなのでした。


「次はどこに行こうか」

「ホーリーさんのところかしら」

「そうね!」


そりは方向を修正しながら空を滑ります。


「ホーリーさん!私とイヴ、今日で元の世界に帰るのよ!」

「そうかい、すっかり寂しくなっちゃうねぇ。そうだ、これを持ってお帰り」

「お揃いのマフラーだ!ホーリーさん、ありがとう!きっとずっと、大事にするわ!」


外の話や元の世界の話をしていると、すっかりお昼になってしまいました。話したいことは数えきれないほどあります。しかし時間は限られていて、大事なことはすべて話しました。


「それじゃあホーリーさん、元気でね。体に気を付けてね」

「マフラー、大事にするわ!」

「イヴもジンジャーも。向こうでも元気でね」

「うん!」

「あ、それとイヴ」

「なぁに?」

「リースによろしくね」

「え?」


次の場所へそりを走らせる中で、イヴは考えていました。


「どうしてリースによろしくなんて言ったのかしら」

「もしかしてだけど、むこうの世界の人はみんな知り合いだと思ってるんじゃないかな」

「そっか!」

「さ、次はローズさんのとこよ!ちょうどお昼だもの!」


たくさん走ったり喋ったりしたおかげか、おなかもすっかり空いています。ローズさんのところへ、最後に一緒に料理をするべく向かいました。


「ロ、ローズさんこんにちは……」

「あら、なんだかみんな疲れてない……?」

「思ったよりもハードで……」

「そう……?」


ミートローフにサラダにミネストローネ、ライ麦パンとアップルパイを作ってお昼ご飯の始まりです。


「ローズさん、私とイヴ、明日には向こうへ帰るの」

「願いが叶ったのね!」

「うん。寂しくなるけど、会えてよかった」

「あなたたちは、私のいちばんの幸せを叶えてくれた。だから、あなたたちがそれを叶えること、私は誰よりも嬉しく思うわ!」


ローズさんは感極まって泣き出してしまいました。夜の分に、と料理を包んでくれて、最後に強すぎるハグをしてみんなを送り出しました。


「……もう、夕焼けだ」

「あと、挨拶するのは……」

「ナタリーにもあいさつしたかったけど……」

「僕の分の仕事をしてくれたせいで忙しいからね、僕から言っておくよ」

「ありがとう、ニコ」

「それじゃあ、あの暇人くらいかしら!!」


暇人。


「で、僕のところに来たと」

「暇だったでしょ!」

「暇というのは難しい言葉で、時間を作ろうと……」

「はーい今日は時間ないからね!あいさつしに来たの!」

「カイさん、あの絵、パパすごく喜んでた」

「それは教え甲斐があったというものだね」

「本当に、カイさんにはお世話になりっぱなしで、何もお返しができなかったのが残念」

「いや、君達には多くのものをもらったよ」


静かに、でも優しく、会った時と比べると雰囲気の変わったカイさん。それが、イヴたちのおかげだと微笑みました。


「楽しかった。その一言に尽きる。君たちが願いを叶えて旅立つというのなら、僕は喜んで見送ろう」

「ありがとう。きっと見送りに来てね。ニコの屋台にいるから」

「もちろんさ」

「じゃあ、荷物をまとめに行こうか」

「イヴん家にね!私はもうまとめたから!」

「だからリュックがパンパンだったのね。私も、重くなるからって置いてこなければよかった」

「イヴに時間をあげたくて持ってきただけだもの!気にしなくていいの!」


最後になる、イヴの家。キッチンも、リビングも、バスルームも、部屋も、何もかも。最後に一度ずつ見回って、荷物を一番大きなリュックにまとめます。


「たくさんは持っていけないから、昨日選んでおいてよかった。カイさんからもらった絵と画材セットに、ローズさんの料理、ルークの手紙と駒に、パパの鍵、ホーリーさんのマフラーは着けていくとして……」

「プレゼントは持って帰らないの?」

「持って帰るよ。ニコからもらった、サンタの服。これだけは、どうしても持って帰りたくて。でも、あとは入らないから置いてくよ。あと……」


大事なものだけを詰め込んだリュック。どれも大事なクリスマスタウンの想い出。


「あと、オーナメントをひとつ、もらっていこうかな」


いつもイヴを出迎えたクリスマスツリー。帰るとなると、なんだか惜しくなるもので。


「いいなー!わたしも持って帰ればよかった!」

「じゃあ、ジンジャーとおそろい」


色の違う同じオーナメントをジンジャーに。これで本当に、この家とはさよならです。


「もう星が光ってる!」

「急がなくちゃ!」


最後に挨拶をしたい人はもう決まっています。


「ニコ!」

「やあ、ふたりとも」


日の暮れた街には雪が降りだして、なんだかとても静かです。


「イヴ、ニコと二人で話してきたら」

「え、ジンジャーは?」

「私は悔いないから!この暇人と話してるし!」


と、カイさんを指します。イヴは少し首をかしげて、ニコと二人で、あの大きなヒイラギの木の下へ走りました。


「いいの?あいさつしなくて」

「後でするわよ」

「で?なにか僕に話でも?」

「いつも描いてた絵、完成したの?」

「……してたらここにはいないよ」

「はぁ~……ま、アンタがそれでいいならいいけど」


それからカイさんとジンジャーはぽつぽつと、イヴとニコが帰ってくるまで他愛ない話をしていました。


「イヴ。君に、渡したいものがあるんだ」

「なぁに?」

「これを、君に」


ニコは、イヴの首へ何かを掛けました。イヴが見てみると、淡く虹色に光る結晶のペンダントでした。


「きれい……」

「虹の橋の欠片なんだ」

「虹の橋……欠片?」

「……ねえイヴ、僕は、イヴのことが大好きだよ」

「私だって……ナイトのこと、大好きなんだから」


ふたりは笑いながら泣いて、どちらともなく手をつなぎました。


「きっと、きっと、会いに行くからね」

「待ってるからね」


話したいことが押し寄せて何も言えなくて、初めて会った時からのことを思い返していました。


「ニコったら最初は私とそう変わらなくて、『幸せそうじゃないね』って声をかけてきたのよね」

「落ち込んでたからね、イヴったら。それからサンタのお手伝いをしてもらって……」

「最後までお手伝いできなくてごめんね」

「君は、誰かの幸せを願う限り、いつまでだってサンタだよ。見習いでもお手伝いでもなく、イヴだって立派な一人前のサンタだ」

「ありがとう」


ニコに出会ってサンタの見習いのお手伝いになって、カイさんやジンジャーやみんなに出会って、不安になったり、悲しくなったり、幸せを考えたり、誰かの幸せを願ったり。


「毎日がクリスマスだった」

「ここは、クリスマスタウンだからね」

「ううん。毎日、大切な誰かと一緒にいられて、特別で、幸せだった。私、きっと向こうへ帰ってもうまくやっていけるわ。こんなにあたたかい思い出があるんだもの」

「僕も。きっとニコラウス25世になってみせるよ。誰かに言われたからとか、家のためとかじゃない。僕は、僕のために、みんなに幸せを届けるニコラウスになるんだ」


時計の針が、真上に集まり始めます。それを見て、ふたりはジンジャーとカイさんの待つ屋台の方へと戻りました。


「しっかりと手をつないで。何があっても離れないと願うんだよ」

「わかった!」


もう、あと間もなく、深夜0時のベルが鳴ります。


「ナイト!」

「イヴ……」

「大好きよ。ずっとずっと、待ってるから!」


ニコの頬に少しの熱を残して、イヴとジンジャーは、クリスマスタウンのどこからもいなくなりました。


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