13.続・理事長室

 白夜がまるで敏腕営業マンを演じるように、モニターの脇に立った。

 雰囲気を出すためだけに眼鏡をかけ、指し棒を持つ。

 我ながら恥ずかしいが、こういうのは形から入るのが大事だし、決して照れてはいけない。


「不適切な寄付金の代わりに、今回、私どもが特別にご用意したのがこちらの商品になります」

 灯が『碧タブ』を操作して、モニターに文字を出す。

 そこには「新スカラシップ制度」とあった。


「不正な資金作りとは一線を画した新たな錬金術。新スカラシップ制度のご提案です!」


 話についていけないのか、シヅカが呆然としている。

 それも無理もない。あまりにも急ハンドルな展開だ。

 しかし、白夜は意気揚々と続ける。


「学園の悪循環、負のスパイラルを断ち切るには、これ以外に方法はありません。シヅカさん、そしてお母様の理事長にも、きっとご納得いただける商品かと思います」


 灯が操作して、モニター画面を次のスライドに移動させる。パワポで作った、マルや三角のグラフを使ったプレゼン資料が表示される。


「現状この学園は、不正な理由で手にした寄付や悪銭を経営の補填にあてています。その仕組みを根本から変えて、学園を生き返らせなければいけません」

「ちょ、ちょ、ちょっと待って。展開が早すぎて、話が見えませんわ」

 なんとか話に追いつこうと、シヅカが努力の痕跡は見せる。


「一旦、話を整理させて。つまり、こういうこと? その、いまの学園の原資というか、頼りにしている資金集めを辞めるってことですの?」

 白夜が満面の笑みで「そうです」と頷くと、シヅカが言いづらそうに顔をしかめる。


「ご立派な話です。でも、出来ないから現状があるんですわ」

「出来ます」

「簡単に言う」 

「私どもの新スカラシップ制度なら可能なのです」

「スカラシップって、あの夜祭女史が考えた、アレですわね」

「ええ。よくご存知で」

 白夜がうなずく。


「馬鹿なの?」

 戸惑いからか、丁寧だったシヅカの言葉遣いが荒れ始めている。

「あんな独裁制度、復活させてどうするつもり? 夜祭女史が追放された、元凶ですわ」

「それは違います。スカラシップはどこの学校もやっていることです」


 スカラシップは「奨学金」という意味があり、スカラシップ試験に合格すれば、特待生として学費が免除・減額される、私学では一般的に取り入れられている制度だ。


「夜祭さんのスカラシップが独裁と呼ばれたのは、その基準が曖昧だったからです。生徒会が独自に選んだ優秀な人材を、スカラシップの対象にする、条件は生徒会の独断。それでは反発が出て当然です。

 ですから、新しいスカラシップ制度では、基本に立ち戻り、学業成績や学習活動で対象者を選定します」


 聞いていたシヅカがふてくされたように首をひねる。

「まるでわからないですわ。それが、どうして赤字の補填につながるんですの? 学費を免除してしまっては、むしろ支出ですわ」

「確かにそうですね。話の順番を少し間違えました」

 灯がまたスライドを変える。


「不正な金集めを辞め、経営を刷新するには、当然どこからかお金を集めて来なければいけません。では、どこからか?」

 白夜が指を天井に向かって突き上げた。シズカが顔を曇らせる。

「上?」

「そうです。上です」

 シヅカが不安げに首を傾げる。


「上の、上の上の上の、この国の最高学府と契約をします。さらには」

 白夜が今度は手を大きく広げる。

「世界のエリート校、名門アカデミー。そういった一流機関と提携し、スカラシップの優秀な学生を送り出します」

「それは、つまり、指定校推薦ですわ」


「似ていますが、決定的な違いがあります。

 指定校推薦は、大学側が高校を指定し、出願条件をつけるものです。

 いわば大学側に主導権があります。

 ですが、その主従関係を逆転させます。高校側、つまり聖女が主導権を握るんです。わが校の優秀な生徒を、おたくに差し出します。その代わりに……」

 白夜が指で¥マークを作る。


「いくばくかの援助をいただくく」

「そんな馬鹿な話、聞いたことがないですわ! 生徒を金で売るつもりですの?」

 シヅカが顔を真っ赤にして憤慨する。


「そう聞くと印象が悪いですが、資産運用と考えてみてはどうでしょう。

 この聖女という株を、最高学府や名門アカデミーに買ってもらい、その人材を利用して儲けてもらう。

 学校は株式会社になれず、上場も出来ません。でも、この方法なら可能なんです」


 あまりに荒唐無稽な、自分勝手なおこがましい提案に、シズカが怒りを超越し、戸惑った顔を浮かべている。

「伝統と格式のある聖女ブランドがあれば可能です。

 もっとも、この堕落した学園では、そのブランドの神通力もいずれ近いうちになくなります。だからこれは、今しか出来ない方法だとも言えます。

 聖女のブランドが地に堕ちる前に、手を打つ必要があるんです」


「無茶だわ。無謀、無理。意味がわからないですわ」

「わかりました。では、こうしましょう」

 白夜が、これまでの熱量を急冷させて、あっさりと引き下がる。

 ここまではシナリオ通り。すべて織り込み済みだ。


「さすがに最高学府から援助をもらうのは諦めます。自分で言いながら、身の程知らずだと思っていました。ですが……」

 灯がモニターに、聖女の学園紹介映像を出した。

 入学説明会などで使用される、生徒たちの白々しい笑顔が並ぶ無機質な映像だ。


「聖女が主体となって、世界中の大学に、スカラシップの優秀な人材を送り込むことは可能です。各所に散った優れた人材は、わずか数年で莫大な金を稼ぐ力を得ます。

 その時、彼女たちから学校を援助してもらう。

 そこには、何のたくらみも裏事情もありません。

 ただ母校の未来を思う気持ちだけ」


 白夜が顔を輝かせる。

「どうでしょうか、私の提案する新スカラシップ制度は! 欲と泥にまみれたお金で学園を運営するより、よっぽど素晴らしいと思いませんか? こんな理想的な学校経営、他にありますか?」


「それはなんというか……」

 シヅカが言いにくそうに顔をしかめる。

「普通の、健全な私立学校ですわ」

「え? そうなんですか?! まったく知りませんでした」


 さすがにわざとらしすぎたか。白夜が自分で言って、自分で苦笑する。

 シズカがやれやれと何度も首を振っている。


「シズカさん。私は私が理想とする学園を作るために、あらゆる手を尽くす、そのためにはいかなる手段もいといません、私はそのために生徒会長になったのです」

 歩み寄って、シヅカの手を強く握った。


「シズカさん。これは投資です。

 十年で回収できます。どうか、十年、耐えてください」

 そう言って、深々と頭を下げた。

 誠心誠意の態度に、シズカが不思議そうに見返す。


「白夜女史。もしかして、あなた。本気でこの学園を改革するつもりですの?」

「私はただ、将来この学校の卒業生だと、胸を張って誇りたい。ただ、それだけです」


「呆れたわ」

 シズカが脱力し倒れ込むように、アームチェアに座り込んだ。

 大きく背中をのけぞらせて、天を仰ぐ。その姿を見て、白夜はまるで今思い出したかのようにわざとらしく「忘れてました」と呟いた。


「きょうは、もうひとつ、シズカさんにお願いがあって来たんです」

 シヅカがほとほと疲れたというように「今度は何ですの?」と言って顔を向ける。

「生徒会に入って頂けませんか」

「え?」

「ですから、生徒会に入って、をやってもらえませんか?」


              ◆


 ゆり根先輩が、萌乃先輩をその部屋に案内した。

 仕方なく朝日も後に続く。


「新派閥結成のこと、よく、おいらが考えたんじゃないってわかりましたね」

「当然さ。ヌケ根には無理さ」

「こちらです」


 ゆり根がドアを開けると、窓際に立っていたその女が振り向いた。

 背後にある大きな窓から強烈な日差しが差し込んでいて、顔がよく見えない。


「夜祭さん。お元気さ?」

 萌乃先輩が握手を求めながら、近づいて行く。

 すると、ゆり根先輩はなぜかニヤニヤと笑みを浮かべた。

 その瞬間。朝日がシルエットの違いに気づく。


「違います。夜祭先輩じゃありません。あの人は」

 朝日の言葉で萌乃先輩が足を止めた。

 手で日光を覆って、その顔をよく見る。


「……は?」

 萌乃先輩が困ったような顔で朝日を見た。

 ちょっとどう受け止めていいかわからないという様子だ。

 実際、朝日もよく意味がわからなかった。なぜ彼女がここにいるのか。


 黒幕は夜祭先輩じゃない? 新派閥結成、そして白夜へのクーデター返し、そのすべてを操っていたのが、彼女? 

 朝日が萌乃先輩と目を合わせたまま、判断に困っていると、

「どうです? 驚いたでしょう!!」

 ゆり根先輩が、間違えた声量で、高笑いを弾けさせたので、思わず両手で耳を塞いだ。


 これだからヌケ根は。

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