15.大講堂

 朝日は、帰宅しようとする生徒たちに大講堂に立ち寄るよう入口で大声を張り上げていた。


 最初は素通りする人も多かったが「新生徒会長、安楽あんらく白夜びゃくやに断固反対する」と声をかけると、中等部のほとんどの生徒が興味を持って足を止めてくれた。


 騒ぎに気づいた高等部の生徒も「すわ、生徒会の内乱か」と面白半分で加わり、次第に話が広がると、一旦寮に戻った生徒まで戻ってきて、気づけば講内は人で埋め尽くされていた。


 遠くにある生徒会議事堂の時計塔を見ると、時刻はまもなく午後五時になろうとしている。

 時間になったので、朝日は誘導をやめて、急いで講堂の中に入った。


 舞台袖にある、スタジアムのロッカールームのような控室に回ると、萌乃先輩を始め、織姫おりひめ先輩やゆり先輩など『反乱軍』が勢ぞろいしていた。

 暇そうにしているなら手伝ってくれてもいいのに。雑用はすべて朝日任せだ。


「萌乃先輩、時間です。そろそろ、ステージにお願いします」

「まだいいさ。少しぐらい待たせた方が、期待感があおれるさ」

 そう言われてしまうと、朝日は黙るしかなかった。

 直属の上司に歯向かう勇気も義憤も持ち合わせていない。

 気を使ったのか織姫先輩が代弁してれた。


「もったいぶらずにブチかまして来いって。早く白夜を叩きのめしてやろうぜ」

「アイツら、ぜってえ、許せねえし」

 隣でベガ先輩も興奮気味に急かしてくれる。


 二人は、これまで以上に派手に吹っ切れたメイクで、もはや元の顔の原型をとどめていない。

 すっぴん写真拡散事件で、意気消沈し、大人しくなった織姫派だったが、今回の新派閥結成の話を持ちかけると、すっかりやる気を取り戻した。

 新しいメイクは、朝日にはとっ散らかっているようにしか見えず、まるで趣味ではないが、落ち込んでいるよりは数倍いい。


 いま気づいたが織姫派のアル先輩もいる。この人は本当に存在感がない。


「――うるさいさ。言われなくてもわかってるさ」

 織姫先輩にあおり立てられ、少し機嫌を損ねた萌乃先輩が、いらいらと貧乏ゆすりをする。

 あまりに激しいので、もはや足踏みのようだ。

 顔は高揚からピンク色に火照り、額にはうっすら脂汗がにじんでいる。


「なんだ萌乃。緊張してんのか?」

 織姫先輩がさらに刺激する。

「はあ。馬鹿にしてんのさ? やったるさ!」

 すると、部屋の一番奥に座っていた新派閥の代表が「それぐらいにしておけ」と声をかけた。


 萌乃先輩が苦々しい顔で舌を出し、頭を掻く。ようやく重い腰をあげた。

「んじゃ、まあ、行ってくるさ」

 その背中に「かましたれ!」「いったれ!」「たのんます!」と、ベガ先輩やゆり根先輩の威勢のいい声が飛んだ。


「おう!」

 力強く拳を振り上げた萌乃先輩に、朝日が舞台袖まで付き添った。


 控室を出て、短い階段を上がり、薄暗いステージ裏まで来ると、人の気配がした。

 まだ闇に目が慣れていない朝日が、瞬きをやめて目を凝らす。


 そこに、今回の計画を仕組んだあの人がいた。

 彼女は、萌乃先輩に気づくと「よろしくお願いします」とだけ声をかけて、すぐにその場を後にした。


 それまで何度か生徒会ですれ違ったことはあったが、直接話したことはなかった。向こう側の人間だと思っていたので、一週間前、初めて会ったときには素直に驚いた。

 その上、自分と同じ〝末端の人間〟だとばかり思っていた。

 まさか、こんな大それたことを考えていたなんて。


 思考を中断するように位置ベルが鳴り、盛大な入場テーマが流れ出したので、慌てて萌乃先輩の背中を押して、ステージに送り出した。


            ◆


 白夜が、灯らと講堂に入ると、流行りのポップソングがガンガンに鳴り響いていた。

 スピーカーがハウリングを起こしそうなほどの大音量。

 白夜たちは最後尾に空席を見つけて、七人並んで腰を下ろした。


 同時に、大音量の曲に合わせて、萌乃が両手をあげて意気揚々と登壇した。


「あー、ども。忙しいとこ、こーんな蒸し暑いとこに集まってもらって、感謝、感謝さ」

 演台のマイクに向かって、フランクに語りかける。


「にしても、たくさんの人さ。それだけみんな、白夜を許せんと思っているんさね。結構、結構なこった。そりゃあ、中等部にとっちゃ、三年間、外出外泊禁止の『監獄プログラム』なんてモンが実行されたら、一大事さ。気が気じゃないのもわかる」


 白夜の前の席に座っていた生徒が、背中に異様な空気を感じたらしく、後ろを確認するように振り返った。

 白夜と目が会い、ギョッと驚いたような顔をして、慌てて少し遠くの席に移動した。

 おかげで萌乃の顔が見やすくなった。


「もちろん、うらたち生徒会もこの状況を放置していいなんて思っちゃいないさ。確かに、クーデター選挙は白夜が勝った。でも、たった一票差さ。そんなの誤差みたいなもんさ。それに、裏でいろいろ悪どいことしてたっちゅう噂もあるさね。そのへんは今、特定班が裏取りを急いでいるところさ、結果が出たら必ず報告させてもらうさ、しばらく待っていてほしいさ」


 畏まらず、演説ぶらない口調が、逆に聴衆の共感を呼ぶ。


「……でもなあ、そんな悠長なこと、言ってもいられないんさ。『監獄プログラム』だけじゃない。こうしている間にも、白夜は自分勝手な学園改革を進めているわけさ。絶対にそれだけは阻止せんと。白夜が学園を私物化しているのを、生徒会としてはこのまま黙って見過ごすわけにはいかないのさ。で、前置きが少し長くなったのだけど……」


 萌乃が、演台に置かれていた水差しからコップに水を注いだ。高い位置からゆっくりと。


「何を言いたいかって話さ。生徒会も白夜に対抗するために、一致団結しなきゃって話になったさ。共闘ってやつさね」

 萌乃がコップに注いだ水を一気に飲み干す。


「そんなわけで、うらたちは新しく派閥を立ち上げるさ!」


 その瞬間、会場は嵐のような歓声、拍手喝采、スタンディングオベーション――

 そんなものは当然、起きるはずもなく。

 萌乃は肩透かしを食らったような顔をする。

 白夜の隣で、有栖と日々が笑いを堪えているのがわかった。


 それはそうだろう。

 一般の生徒にとって生徒会に新しい派閥ができようが、それほど関心はない。

 誰が生徒会長になって、どんな新しい規則が出来るのか。

 興味の本質はそこにある。


「……さて、盛大に盛り上がったところで」

 萌乃が気を取り直して、

「みんなに紹介したい人がいるさ」

 そう言って舞台袖を見た。

 そこに控えていた誰かから、準備が整っているという合図があったのか、短くうなずいた。


「新しく立ち上げる派閥の顔、代表となる人さ。白夜に対抗するには、この人しかおらんさ!」

 演台からマイクを外して、ハンドマイクに切り替える。


「……不本意に生徒会を追放されて、公の場に出るのはちょっと久しぶりさ。でも、決して学園を見捨てたわけじゃない、影で生徒会をずっと支えてくれていたさ。

 かくゆううらもこの方に何度も救われたさ。

 この人が代表になれば、鬼に金棒。虎に翼。猫に小判。学園の明るい未来は保証されたも同じさ。それではそろそろご登場頂くさ! 

 その一挙手一投足を、瞬きせずにその目に焼き付けたらいいさ。我らが代表、絶対的唯一神、地獄から舞い戻った伝説の最高指導者! この人さ!!」


「いや、出にくいわ!」


 元夜祭派代表 夜祭よまつり摩耶まや(高校二年)


 ヘッドセットのマイクを付けた夜祭が、舞台幕から顔だけを覗かせる。

 会場がどっと湧いた。

「めっちゃ恥ずいんだけど、あの、帰って良い?」


「夜祭さぁ――ん」

 萌乃が駆け寄って抱きつくと、「離れろ離れろ」と言って夜祭が萌乃の顔を手のひらで押し返した。


「こっち来るさ、こっちさ」

 萌乃が夜祭を引っ張って、ステージの中央に連れて行く。


 制服の上に羽織った夜祭の真っ白いマントが翻る。マントの色にも負けないほどに真っ白い髪が、マッドサイエンティストのような雰囲気を醸し出している。

「あとな、自分、話ながいのよ。袖でどんだけ待ったと思ってんの」


 その見た目とは裏腹の、飾らないざっくばらんな夜祭の語り口に、生徒たちの顔が自然にほころんだ。

 まだ少し残っていた緊張感がほぐれる。完全に場を支配している。


 一瞬で、空気が変わったことを白夜は肌で感じていた。

 そうだ、夜祭は人の心を懐柔して、掌握するのが、抜群に上手かった。

 狙ったものなのか、あるいは天性で持っている素質か。


「ささ、場はあっためておいてあげたさ。みんな待ってるんで、ご挨拶さ」

 萌乃が演台の前に夜祭を押し出し、自らは少し後方に控えた。


「どこが温まってるって? 最悪の前説だろ。これ、何言っても、さぶい空気にしかならないだろ。ったく、自分なんかに任せるんじゃなかった」

 ぶつぶつと口の中でつぶやきながら、夜祭が初めて客席の方を向いた。


「ええと。お久しぶりです、夜祭です。……皆さん、その節は大変失礼をしました」

 屈託のない苦笑いを浮かべて、おちゃめに舌を出した。

「ほんとあの頃は、いい気になって、ちょっとばかり好き勝手にやりすぎました。反省してます」


 独裁と恐れられたあの夜祭が、まさかの謝罪。聴衆が驚いた顔をしている。

 実際、「夜祭ってこんな奴だっけ?」という声が、あちらこちらから聞こえてくる。

 それは夜祭の術中にハマっていることを意味する。

 ヘラヘラとしたいい加減な態度は誠実さには欠けるが、照れ隠しの愛嬌にも感じられて、好感度を増している。


「いまはもうすっかり生まれ変わって、清くみずみずしい心を取り戻しました。清廉潔白をわかりやすく示そうってことで、見て下さい、この通り、髪の毛も白く」

「元からですやん、牛乳でも頭から被ったんか」

 萌乃がなぜか関西弁で合いの手を入れる。


「ハッハハハハッ」

 大して面白くもない冗談も、夜祭が豪快に明るく笑い飛ばしたので、面白い気がしてしまう。正解は夜祭。そんな誤解と錯覚が起きている。


「独裁だとか、悪の皇帝だとか、支配者だとか、ジャイアンだとか、自分、いろいろ言われましたけど、生徒会追放されてようやく目が覚めました。

 いかに自分が愚かだったか。奢っていたか。不勉強だったか」


 今度は自虐――かつての夜祭は絶対に自分を卑下することなんてなかった。

 その新鮮さが、また聴衆を引ききつける。

 夜祭が遠い目をして昔を懐かしむ。

「あの頃は、若かった」

「半年前さ!」

 また萌乃が突っ込んだ。


「でね、自分ずっと、いろいろ考えていたんです。どうすればよかったのか。ボランティアしながら考えて、考えて…」

「夜祭さんがボランティアとは、驚きさ」

「考えて、考えて、考え抜きました! でも、結論は出ませんでした!」

「それじゃダメさー」


「ただこれだけは言える」

 テンポのある掛け合いから、一転して真面目な顔になる。

 ここが勝負どころだと見たのだろう。

 その切り替えの速さ、勘の良さには敵ながらさすがと言わざるを得ない。


「もう一度チャンスをもらえるなら、もう二度と間違ったことはしない。

 時間を戻せるなら今度こそちゃんとやり直す。転生できれば、過ちを悔い改める! 

 そう強く願って生きてきました。

 ……そんなときでした。今回の新派閥の話を持ちかけられたのは」


 夜祭が頭の上で大きく手を振った。

 すると、あらかじめ演出が決められていたのか、ステージ上以外の照明が落ちて、スポットライトが夜祭を浮かび上がらせた。

 夜祭を際立たせるため、萌乃はさらに一歩後ろに身を引いた。


「願ってもない話でした。でも、一度は断ったんです」

 夜祭は演台を離れ、ステージ上をゆっくり右に左に動きながら、話を続ける。

 そんな夜祭をスポットライトが追いかける。


「やり直したい気持ちと同時に、夜祭はもう過去の人間。自分が戻る場所はない。

 晴れ舞台の光を浴びるには、自分は闇に浸かりすぎた。そう思ったんです。でもね  

 ――あの女の悪事を聞いて、考えを変えました」


 大げさな身振り手振りで、聴衆を鼓舞する。

「選挙で彼女が何をしたのか。これからあの女が何をしようとしているのか。

 話を聞いて愕然としました。驚きました。呆れました。

 そうして、気づいたんです。安楽白夜は過去の私なんだと……」


「言いたいこと言いやがって」

 日々が誰に言うでもなく呟いた。

「白夜っち。選挙、なんか不正したの?」

「まさか。何もしてないよ」

「証拠だって何もないのに」

 くすりの疑問を有栖とまほろが瞬殺する。

「本当に何もしていないんですの?」

 シズカがもう一度確認したが、白夜は無言を貫いた。

 諦めてシズカが灯を見ると、同じように口を真一文字に結んで、硬い表情をしていた。


 夜祭の洗脳のようなスピーチに、聴衆が心を掴まれていく。


「二度とこの学園で、同じ過ちを繰り返してはいけない! 悪を知る自分だからこそ、悪を制することが出来る。そう思ったからこそ、今、自分はこの場にいます。

 皆さん、一緒にこの学園の最大の危機に立ち向かいましょう!」


 会場の半分ぐらいから「おお」と狼煙のような声があがった。

「では、具体的に我々が何をするのか。こちらをご覧いただきたい」


 スポットライトが落ち、巨大スクリーンに映像が映し出された。

 3・2・1とカウントダウンムービーのあとに「特報」という仰々しい文字と効果音。


 続いて、夜祭、萌乃、織姫の表情が順番に大写しになる。

 その後、画面は三分割され、三人がどこかに向かって歩いている姿に切り替わる。

 やがて三人は生徒会議事堂の前で集合。

 お互いに手を重ね合わせた。まるで、どこかの政党のPR動画のよう。

 次の瞬間、生徒会議事堂から大きな垂れ幕が落ちてきた。


 【生徒会再編 新派閥「銀世界」結成】


 真夏にも関わらず画面に白い雪が降り積もる。これはCGか。

 最後に雪の結晶をモチーフにした新派閥のシンボルマークが大写しになって映像は終わった。


 馬鹿馬鹿しい。心の中で言ったつもりが口に出てしまっていたようで、有栖と日々がぎょっとした顔で白夜を見た。

 馬鹿馬鹿しい三文芝居はこれだけでは終わらなかった。


「ここに新党『銀世界』結成を宣言する」

 夜祭の言葉を合図に、織姫やベガたちがステージ上になだれ込み、夜祭を囲んだ。ベガやゆり根、朝日もいる。


「不透明な生徒会から脱却して、雪のように白い生徒会を目指す。

 新派閥にはその願いを込めた。どうか我々の新たな一歩を見届けて欲しい!」

 今度は会場の大半から「おおお」と地鳴りのような歓声があがった。


 ステージ上では、萌乃の合図で、万歳三唱が始まった。万歳、万歳、万歳。夜祭を胴上げでもするかのような勢い。

 くだらない茶番もここまで徹底されると――怒りが込み上げてくる。

 我慢が出来ずに、気づくと白夜は、会場の最後尾の席から立ち上がっていた。


「ちょっと、ちょっと、白夜ちゃん!」

 有栖が座らせようとするが、白夜は頑として動かない。

 白夜に気づいた生徒から順番に後ろを振り返る。

 その動きが後方から前方へ、ウェーブのように広がってステージまで届いた。


 客席の波と異様な雰囲気に気づいた朝日が、萌乃にそっと耳打ちする。

 フェードアウトするように万歳の声は小さくなり、静寂と張り詰めた緊張だけが残った。

 そこに、萌乃の甲高い声が響く。


「なんさ、白夜。何しに来たんさ?」

 萌乃が挑発するように見たが、白夜の視線は夜祭に向けられていた。


 夜祭は鼻で笑うと、愉快そうに見つめ返す。両雄が、ついに相まみえる。


「質問、よろしいでしょうか」

 白夜が静かに右手を上げる。夜祭が許可を出す前に、

「夜祭さんは具体的にどのような改革、政策をお考えでしょうか? 先程から聴衆を煽るばかりで、私には何も見えてこないのですが」


「偉そうに、でしゃばんじゃねぇ。それを今から話すんだろうが!」

 吠えたのは織姫だった。

 その織姫を制して、夜祭が前に出た。

「もちろん考えているさ。

 我々の政策、それは――安楽白夜を全否定する。これが第一」


 そう断言すると、

「まず、自分がやろうとしている、外泊禁止の『監獄プログラム』を凍結する」

 中等部の生徒が鬨の声が上がった。


「それから組閣だな。適当な人材を外部から招いて、総務、外務、財務、法務、その他、重要なポストを身内だけで固めようとしてるらしいが、そんなお友達内閣を、断固阻止する」


 会場がざわつく。生徒たちにとって組閣の話は初耳だったが「白夜ならありえる」と信じたようだった。

 夜祭が満足気に舌なめずりをしていると、横から萌乃が耳打ちした。

「あとは予算の件さ」


「ああそう、忘れるところだった。そういえば、自分ら、足りない予算を捻出するために、いくつかの部を廃部しようとしているそうじゃないか」

 会場から今日最大級の大きな声があがった。

 何だそれ、まじか、嘘でしょ、聞いてない。

 驚きと悲鳴が入り混じった阿鼻叫喚に夜祭が酔いしれる。


「そんなことは絶対にさせない。もう一度言う、我々は、安楽白夜を全否定する!」

 呼応して、織姫が腕を振りあげた。

「白夜ゆるすまじ!」

 そして、ベガも。

「白夜めっすべし!」


 まるでそれが合言葉かのように、生徒たちにけしかける。


「白夜ゆるすまじ! 白夜滅すべし! 白夜ゆるすまじ! 白夜滅すべし!」


 自然と会場に大合唱が広がった。

 皆、ある種の集団催眠にかかっている。


「白夜ゆるすまじ! 白夜滅すべし! 白夜ゆるすまじ! 白夜滅すべし!」


 ほとんど唯一催眠を逃れた、白夜陣営が縮こまり、身を寄せ合う。

「え、なにこれ……怖いんですけど」

「こんなの、おかしい」

「いくらなんでもやりすぎですわ」

「許せねえ」

「さすがにひどすぎる」


 すると、白夜がそれまでの冷酷な表情を崩した。

 場違いに朗らかで優しい笑顔を見せる。

 実際、ククククと子どものような笑い声が漏れている。


 夜祭が両手を頭上で振って、大合唱を鎮めてから「何がおかしい」と白夜に迫った。


「いえ、申し訳ありません、ホッとして、思わず笑いが我慢できなくなってしまいました」

「ああ?」

 夜祭が苛立った声を上げる。


「何か大きな政策でも掲げるかと思って懸念していたのですが、皆さん、何もされないということがわかりましたので、とても安心しました」

「悔しまぎれに何を言うさ!」


「だって何もないじゃないですか。

 結局、私を否定するだけで、自分たちで何も新しいことを生み出さない。

 反対するばかりで、自分たちが何をしたいのか、まったく見えてこない。

 それは見えないのではなく、結局、何もないということなのでしょう。

 強いて言えばゼロ政策。そんな人たちにこの学園は変えられない」


 白夜が踵を返して、背中を向けた。

「まるで私の相手ではありません」


 捨て台詞を残して、白夜が講堂を後にしたので、あわてて有栖や日々が後を追った。

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