14.第一政務室
「結局、生徒会の活動資金、どうしようかねえ」
有栖が、自分の席でスナック菓子を頬張りながら、呆けた様子で呟いた。
クーデターから一週間が過ぎて、部屋のレイアウトやそれぞれの定位置も決まってきた。
ドアを開けて真正面、広いガーデンテラスを背に鎮座しているのが、生徒会長の白夜。
そのすぐ斜め右のデスクは灯。
ただ、デスクの背後にある書庫に籠っていることが多く、灯が在席していることはほとんどない。
今も姿が見えないので、おそらく書庫にいるのだろう。
白夜の左前には、有栖と日々のデスクが仲良く並んでいる。
有栖のデスクには、日々からもらった白だるまちゃんが座っていて、全体的にファンシーな感じに仕上がっている。
一方、日々といえば書き物をするスペースもないほど書類や資料が散乱し、漫画、雑誌も山積み。いつ開けたかわからない飲みかけのペットボトルなんかもあって、たった一週間でどうしてここまで散らかるのか、ひとりだけ汚部屋のようだ。
あああああ。
たった今も山が崩れて、日々が絶望の表情で誰かが片付けてくれるのを静観している。
ちなみに白夜のデスクは、スタンドや書類ケースなどがイメージカラーの青で統一されていて、灯の机の上には何もない。
入口に近い席は、まほろが仮で使っている。
仮とはいえ、デスクの上にはお気に入りのマグカップやハンドクリームなど、毎日ひとつずつ私物が増えて行って、徐々に侵食が始まっている。
もちろん使用料は発生していない。
「……学園から少し融通してくれることになったんですよね」
まほろが視線を部屋の中央に移動させた。
そこには、大きなレザーソファに腰を下ろしているシズカがいた。
「微々たるものです。期待はできません」
そう言ってシズカは、バツが悪そうに宙を睨んだ。
目の前で、くすりがニヤニヤとほくそ笑んでいる。
「何がおかしいんです?」
「いや、まさか理事長の娘まで引き込むなんて思わなくて。白夜派入会、おめでとうございます。いや、ご愁傷さまです」
くすりが、自分と同じ、二人目の犠牲者を、愉快そうに見る。
「わたくしはまだ生徒会にも白夜派にも入るとは言っていませんわ」
「白夜っち、いったいどんな手を使ったの」
シヅカには耳も貸さずに、くすりが白夜に問いかける。
「ゆすり? たかり? 泣き落とし?」
と、嫌味たっぷり。
「想像するようなことは何もしていません。シズカさんが是非お願いしますというので、来てもらっただけです」
「そんなこと言いませんわ」
シヅカが即座に否定する。
「またまたまた。怖い顔で脅したんでしょう」
なおも追及しようとするくすりに、白夜が、
「くすりさん。あまり詮索すると、第四政務室を私用に使っていること、皆さんにお話してもいいんですよ」と釘を刺した。
くすりの表情が一瞬で青ざめ、凍りつく。
くすりが『広報会長』として第一政務室に通うようになってから、これまで寮の『薬局』に訪れていた占いの客が、押しかけるようになった。
無視すればくすりの生徒人気にも響く。
かといって仕事にもならないからと、つい先日まで白夜派の根城で、今はまだ誰も使用していない第四政務室の鍵をくすりに渡して、新たな『薬局』として使用させた。
ところが、これが良くなかった。
白夜に外泊の不正を暴かれ、これまでのように自由にお泊り出来なくなったくすりは、第四政務室を逢引の場にするようになったのだ。
それをチクリと白夜が指摘したというわけだ。
「あんまり派手なことするなよ、白夜も見過ごせなくなるから」
日々が白夜の代わりに説教をすると、くすりは苦笑いでごまかした。
「それより、白夜さん。シズカさんが外務ってどういうことですか?」
まほろが、入口近く、ずらりと掲げられた会長札を見る。
生徒会長
総務
外務
財務
法務
風紀
広報
福祉
情報戦略
生徒会改革
庶務
外務には一宮慧とある。
飛鳥から入閣をお願いされ、起用を予定していた。
「外務は学校側や他校との交渉が主な仕事です。そうなると、シズカさんが最も適任かと思いましたので」
「慧ちゃんをスライドさせるってこと? それ、怒るよ」
有栖が不安気な顔をすると、日々も同調して何度も首を上下させる。
「そう、そう。外務、財務、法務の三役の、ひとつぐらい飛鳥派に渡さないと、角が立つし、面倒くさいことになる」
「あ。もしかして、慧ちゃんは総務に昇格?」
「――そういえば、有栖さんや日々さん、まほろさんにはまだきちんとお話していませんでしたね」
白夜は「ここだけの話にしておいて欲しいのですが」と前置きしてから、立ち上がり、誰と目を合わそうかと迷った末、窓の外に視線を向けた。
「飛鳥派からの入閣はありません。外務に内定している慧さん、そして庶務の宇井さんには、身を引いてもらいます」
「ええ? そんなことしたら飛鳥くんも怒りますよ」と、まほろ。
「そうですね。こちらから辞めてくださいと頭を下げると波風も立ちますから、そうなると手段はひとつしかありません。あちらから辞意を申し出てくれるような、そういう流れを作らなければいけません」
そう言って、白夜は灯が籠っているであろう書庫を見た。
「今、灯さんにその算段をお願いしています」
「こわ! こわっ、こっわっ! そこまでして排除しないとダメなの?」
くすりが悲鳴をあげて、シヅカが心底迷惑そうな顔をしたが、白夜と付き合いの長い有栖と日々は比較的冷静だった。
「なるほど。白夜ちゃんらしい」
「忠告しとく。夜道には気をつけろよ」
シズカが心底迷惑そうに「わたくし、完全に巻き込まれ事故ですわ」と白夜に涙目で訴えた。
「そうは言っても、まだ決まっていない、空席のポストがいっぱいあるじゃないですか」
まほろが壁の会長札を指さす。
「決まっているのは三役と広報だけ。風紀も福祉も情報戦略も生徒会改革も、ぜんぶ外部から呼ぶつもりですか?」
「副会長の総務まで外部って、さすがにそれはやりすぎなんじゃない?」
「もう、まほろちゃんでいいじゃない」
日々と有栖も苦言を呈すと、くすりが、
「あのさ、占いの客、まあ、隠してもしょうがないから言うけど、織姫っちに聞いたんだけど」
「織姫ちゃんに会ったんだ。どんな様子だった?」
「すっかり元に戻ってたよ。なんかいいことがあったそうで。いや、織姫っちの話はいまはどうでもよくて。その、総務会長を灯っちにしようとしているんじゃないかって、もっぱらの評判だって」
「灯さんはありえません。それは決定事項です」
と、これまで通り白夜が否定する。
「灯じゃないなら、誰?」
「それは、まだ決めていません」
曖昧な白夜の態度に異論が矢継ぎ早に飛ぶ。
「とっとと決めちゃって、嫌な噂は早めに否定しておいたほうがいいと思うけど」
「いっそ、くすり女史に占いで決めてもらえばいいですわ」
「もう、まほろちゃんでいいじゃん!」
まほろが戸惑いながら顔の前で手を振った。
ところが、どの提案も白夜には届かず。
「実は心当たりはあるんです。もう少しだけ考えさせてください」
「え? 誰?」
「それはまだ秘密です」
尋ねたシヅカは首を傾げたが、白夜は何も言わずに意味深に微笑みを浮かべるだけだった。
「……だ、そうだから、シズカっちは辞めるなんていうなよ。ワタシももう逃げられないと思って、覚悟決めてるんだからさ」
くすりがごちると、シズカは「それはまだちょっとわかりませんわ」と口ごもりながら、顔をあげた。
「なら、聞かせて欲しいですわ。どうして皆さんが生徒会に入ろうと思ったのか。白夜女史について行こうと思ったのか。その理由が知りたいですわ」
シズカがゆっくりと全員を見回した。
有栖や日々、まほろが顔を見合わせて、お互いをけん制し合う。
誰から話せばいいのか、探り合っていると。
「いいね。ワタシも聞きたい。じゃあ、有栖っちから」
くすりがさっさと指名した。
「え、あたし? 別にそんな人に話すようなことはないんだけど。だって、生徒会に入る理由なんてひとつでしょう」
「やっぱり、学園を変えたかったんですの? 白夜女史と同じように」
「まっさかぁ。内申点に決まってるじゃん」
シズカの答えをバッサリ斬って、有栖は「大学推薦に有利になるからねえ」と、縦ロールの巻き髪を指にからめて回した。
「身も蓋もない」と、日々が隣で舌を出す。
「では、白夜女史について行ったのはなぜですの? 有栖女史はもともと飛鳥派だったはずですわ」
「それは白夜ちゃんに誘われたから。怖くて断れなかったし」
「有栖さん。そんな正直に言わなくても」
白夜がなぜか顔を赤らめ、身悶える。
「なんで照れてるんだよ」
「じゃ、次。あんた」
その日々を、くすりが指さした。
「アタシ? アタシも大した理由はないんだけど」
そう言って、一段、声のトーンを沈ませた。
「もともと陸上部だったんだけど、足、怪我して、やることなくなって。そんときに、白夜に誘われたんだよね」
落ち着いた口調で話す日々が珍しいのか、一瞬、妙な間が出来た。
たまらず日々が照れ隠しに「怖くて断れなかったから」と、おどけて見せる。
「白夜女史はどうして、日々女史に目をつけて、生徒会に誘ったんですの?」
シズカが質問の矛先を白夜に変えた。
白夜は、人差し指を顎に当て、しばらく考える仕草をしてから、
「日々さんが暇そうにしていたから。それだけです」
とだけ、短く答えた。
日々が「さいですか」とがっくり肩を落とす。
「ぼくもそんな深い意味はないですよ」
まほろが、指名される前に自ら挙手をする。
「ぼくは最初、夜祭くんに誘われて。口が上手いんですよね、あの人。人当たりも良くて。それで生徒会に入って、夜祭派にいたんですけど。ぼく、人に合わせるのが苦手で。なんか水が合わなくて、すぐに逃げちゃったんです。でも、生徒会役員は辞めずに、そのまま無所属って形で生徒会には残ったというわけです」
「よくそんなこと夜祭女史が許しましたわね」
「いまの白夜くんと同じです。派閥の外から自分を助けてくれって言われて。ぼくもその気でいたんですけど、気づいたら夜祭くん、追放されちゃって。どうしようかなと思った時に、また白夜くんがクーデターをするって耳にして」
「飛鳥じゃなくて、どうして白夜っちに? やっぱり、怖くて断れなかった?」
くすりに聞かれたまほろが「ええ、まあ」とうなずいたあと「冗談ですよ」と笑って、
「ぼくは、自分にメリットのある人間についていく。そういうずるい人間なんです。だから今は白夜くんですけど、風が変われば、いつでもすぐに裏切りますよ」
そう言って、意味深に灯がいる書庫を見た。
「まほろちゃん、こわいよ」
「冗談ですって」
「意外と本気だろ。何のポストももらえないんじゃ、ここにいるメリットなんて、ないに等しいもんな」
日々に聞かれたまほろが少しだけ間を置く。
「……ですね。ぼくが白夜くんから離れるのも近いかもしれませんね」
と、煙に巻いた。
今度は「冗談ですよ」とは口にしなかった。
「で、もうひとりの、あっちの子は?」
たった今までまほろが見ていた書庫を、くすりが指さす。
「あ、灯ちゃんはね。クーデターするって決めた時に、白夜ちゃんが連れてきたんだけど……保育園からの幼馴染みなんでしょ?」
聞かれた白夜が、目だけで頷いて肯定する。
「灯ちゃんてさ、あんま自分のこと話さないけど、どんな人なの?」
「どんなと言われても」
白夜は考える素振りも見せずに
「私もよくわかりません。プライベートなお付き合いはほとんどありませんから」と即答した。
「うそ。じゃあどうして仲良くなったの?」
日々も話に食いつく。
「さあ、何だったんでしょう。忘れました」
「友達になったきっかけぐらいあるだろ」
「友達ではないですね」
「そこ、否定しちゃうんだ?」
「友達じゃない」
最後に言葉を被せたのは、灯だった。
気づくと入口のドアの前に立っていた。
てっきり書庫にいるとばかり思っていたら、どこかに出かけていたようだった。
「保育園にひどい先生がいたんだ」
灯が話を続ける。
「白夜氏がそいつを辞めさせるって言うから、手伝ったのが最初」
「あ、ありましたね。そんなこと」
「そいつの悪事を保護者や園長のグループメールに一斉送信した」
「なにそれ。やってること、いまと全然変わらないよぉ!」
有栖が困ったような、呆れたような、泣き笑いの顔をする。
「友達じゃないなら、二人は何なのさ」
日々の呟きに白夜が、しばらく熟考して、答えをひねり出した。
「――強いていうなら、もうひとりの私でしょうか」
きょとんとする全員を置いてけぼりにして「あるいは」と言って、さらに付け加える。
「もしくは、私がもうひとりの壬生灯なのかもしれません」
ますます困惑が極まる。
「ええと。意味が分かった人」
くすりが挙手を求めると、全員が無言で手を挙げた。
「そんなことより、外、見てみろ」
灯が窓の外に視線を動かした。何やら騒がしい。
講堂に大勢の生徒が吸い込まれていくのが見えた。
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