16.第一政務室

 次の日の放課後。

 白夜が第一政務室に遅れて来ると、ガーデンテラスのベンチに座っていた有栖と日々が気づいて室内に入ってきた。

 灯は自分のデスクで作業中で、まほろは甲斐甲斐しく本棚の拭き掃除をしながら生徒会のファイルを整理している。


 白夜は、灯の横を通り過ぎて自らの生徒会長デスクに向かう際、目が合ったので、いたずらっぽい笑顔で返した。

「面白いことになってきましたね」

 灯も含み笑いをしながら黙ってうなずく。


 白夜が席につくと、有栖がソファに座りながら、

「面白いことはないでしょう」

 と頬を膨らませた。

「夜祭ちゃんてば、生徒会から追放されたのに勝手に戻ってきてさ」


「白夜くんが外部の人間を役員にするなら自分も――ということらしいです」

 まほろが、掃除の手を止めて補足すると「勝手すぎんだろ」と、日々が憤慨した。


「白夜氏の策が逆に利用されるとは、皮肉だな」

 灯が冷めたように言い放つ。


「夜祭さんの復帰は予定外でしたが、私たちは私たちのやるべきことをやるだけです」

「やるべきことって? あ、あたしらもPR動画作っちゃう?」

 有栖が冗談っぽく言うと、日々も「サブかったよなあ、あれ」と、思い出し笑いをした。


「やるべきことと言ったらアレだろ」

 灯が、壁の空白だらけの会長札を指さす。

「そうですね。早くポストを固定しないといけませんね」

「いや。決めないの、白夜だから」

「今はまだ、誰が必要で、誰が不要なのか、あぶり出しをしている段階なのです」

「もう、まほろちゃんを起用するしかないでしょう」

 白夜が苦笑いで聞き流す。


「ああ、そうやって、また無視してぇ」

「有栖くん、それはもう……」

 まほろが困った顔で「勘弁してください」と有栖に懇願する。


「だけどさ。夜祭を呼び戻して新しく派閥を結成するなんてこと、誰が考えたんだろ」

 日々がソファで天井を見上げながら、誰に言うともなく呟いた。

「それ。朝日くんに聞いたんですけど。あ、朝日くんって、萌乃くんのとこの中学生で」

 まほろが確認のため補足したが、日々が「知ってる」と先を促した。


「ゆり根くんが話を持ち込んで来たらしいです」

「ゆり根が? だって、ヌケ根だぞ」

「だから、ぼくも信じられなくて、詳しく聞いたんですけど、それ以上は教えてくれなくて」

「それ、裏に誰かいる」

 灯が「間違いない」と、『碧タブ』を開いた。


「ほんとかよ」

「誰なの?」

「知ってるんですか」

 急かす三人をいなして、灯が『碧タブ』を白夜に向けた。

 画面には、生徒会役員の一覧表が顔写真付きで表示されていた。


「この中の誰か。で、あることは間違いない」

 有栖と日々が、その顔ぶれを見ながら、あれこれと推察する。


「誰だろう。考えられるのは、ゆり根ちゃんの上司の、飛鳥ちゃん?」

「飛鳥はわざわざ入閣させてくれって、頭下げてんだぜ、それは、ないだろ。織姫はどうだろ」

「確かに、白夜ちゃんを恨んでたけど」


「でも、織姫くん。生徒会辞めようとしてたんですよね」

 と、まほろも加わる。

「だったら、織姫を引き止めた誰かがいるってことか」

「そうなると、もう誰も残っていないけど?」

「じゃあ、やっぱり飛鳥くんなんですかねえ」

「あ、あれだ!」

 日々がひときわ大きな声を出して、指を鳴らした。


「シズカって可能性はないか? まだ萌乃とか夜祭とは、切れていないだろ」

「まさか。シズカちゃんが? 裏で通じてるってこと?」

「それは、なくはないですけれど……」

 有栖もまほろも、同意とも否定ともつかない曖昧な顔をする。

「それはないかあ」

 言った日々も疑問のようで。


「――私、わかったかもしれません」

 話を聞いていた白夜が、そう言って、不意に立ち上がった。

「え? 誰?」

 全員の視線が白夜に集中する。

 白夜は灯から『碧タブ』を奪うと、ある人物の画像を拡大した。


「この人です」

 画面いっぱいに大写しになったのは――戸隠とがくし宇井ういだった。


「確かに。宇井ちゃん、庶務会長って言われてかなり怒ってたけど」

「選挙の不正を暴くとか、物騒なことも言ってたけど」

 当然、有栖と日々は半信半疑。

 というのも、庶務会長にあれだけ抵抗した宇井だったが、慧に説得されたのか、白夜が指示した報告書や在庫管理表を、きちんと期限を守って提出していた。

 もしかしたら慧や他の飛鳥派の役員が代わりにやったのかもしれないけれど。


「どうして、そう思うんですか?」

 まほろに理由を聞かれた白夜だったが。

「どうして? はて、どうして?」

 困ったように部屋を行ったり来たりして、十分な間をとってから答えた。

「――理由は特にありません。そう思ったんです」


「なんだよ。直感かよ」

「決めつけとも言う」

「いえ、宇井さんに間違いありません。宇井さん以外考えられません」

 白夜は自分自身に言い聞かせるようそう断言した。


「だから根拠は? 証拠は?」

「ないんですよね」

「どうしちゃったんだよ」


 三人に責め立てられると、白夜が灯に同意を求めるように、宇井が大写しになっている『碧タブ』を差し出した。

「灯さんもそう思いますよね。裏で手を回して、すべてを仕組んだのは宇井さんですよね?」

 灯が、白夜の目を覗き込む。白夜の真意を探るように。そして。


「だな。宇井氏だな」

 そう言って『碧タブ』を受け取った。

「良かった。灯さんならわかってくれると思っていました」


「理由は?」

「白夜氏がそう言うなら間違いない」

 灯にもまた根拠がなかった。

「直感は大事です。では、宇井さん本人にも話を聞いてみましょう、灯さんいつがいいですか?」

 灯はしばらく考えてから「明日」と答えた。


「え? なんで灯ちゃんに聞くの?」

 そんな有栖の疑問に白夜は答えず。

「では明日、宇井さんに議会ホールに来るよう、伝えてもらえますか?」。

 そのまま有栖に伝言を頼んだ。


「それと、まほろさんのご予定はいかがですか? もしよろしければご一緒して貰いたいのですが」

「え? ぼくですか?」

 白夜が、短く頷いて、まほろをまっすぐ見た。

「いや。ぼくなんかより、有栖くんや日々くんの方が」

「ここは、まほろさんが同席してくれると助かるのですが」


「……はあ」

 拒否することを許さない白夜の眼差しに、まほろは納得が行かないまま曖昧にうなずいた。


           ◆


 有栖が帰り支度を始めても、隣のデスクで日々はまだパソコンと格闘していた。

「日々ちゃん、まだ帰らないの?」

「あのさ。これちょっと見てくんない?」

 逆に呼び止められ、日々の後ろからパソコンを覗き込む。


「この前、話してただろ。萌乃んちが融通してた補助金を拒否する代わりに、どうにかして生徒会の運営費を捻出しないとって」

「ああ。学園もあんまり頼りにならないし、頭が痛いね」

 有栖が心の底から困った顔をする。


「それで、アタシ、実績の出ていない部活を廃部にしたらどうかって提案したろ?」

「あ~、部活を減らして、振り分ける交付金を減らすっていう、あの鬼のように残酷な案」

「白夜に言われて、いくつか候補の部活をあげてみたんだ」

「あの案、まだ生きてたんだ」


 有栖がパソコンを覗き込む。

 十程度並んだ部活の候補の中から、日々がひとつを指さした。


「? 陸上部って、日々ちゃんがもともといたところじゃない?」

 怪我をして部活を辞めた際、白夜に誘われて生徒会に所属したと聞いている。


「これで、やっと陸上部を潰せるよ」


 日々が満足そうに画面を見ながら、腕を組んだ。

「え? いま何て?」

「こんなどうしようもない部活はさ、なくなった方がいいんだ」


 聞き間違いではなかった。

 笑っていた日々の顔に次第に狂気が宿る。


「理不尽なしごきと嫌がらせで後輩潰して、平気な顔をしている奴らがいる部活なんて」

 こんな表情、初めて見た。

 あふれ出る感情を押さえつけるのように、日々が一心不乱に爪を噛む。


「もしかして、日々ちゃんって、このため……陸上部を廃部にするために生徒会に入った?」

 あっと言う間に日々の爪の先がボロボロになる。


 それでもまだ、何も言わずに不気味に爪を噛み続けるその顔が、白夜が覚悟を決めたときの本気の表情と重なった。

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