5.第二政務室

 第一政務室ほどではないにしろ、第二もかなりの広さがあった。

 宮殿をモチーフにした第一とは違い、第二は洋風の屋敷。

 毛足の長いじゅうたんに、壁にはシカの顔の剥製という、わかりやすく趣味の悪い富裕層のインテリアが満載だった。


 白夜もこの部屋には初めて入った。

 と、同時に「なぜ生徒会にはこんなにお金が余っているのか」と改めて思案する。

 隣を見ると、どうやら有栖も同じことを考えていたらしい。

 早くも財務会長としての自覚が芽生えている。


 趣味の悪い部屋の中でも最悪のセンスを醸し出している、天使の羽根が生えたキングチェアに、その女は座っていた。


 生徒会役員 旧夜祭派代表 富貴ふき萌乃もえの(高校二年) 


「どういうつもりなのさ!」

 いきなり怒鳴りつけられた。

 声量は大きいが、いかんせん可愛らしいアニメ声なので、あまり迫力はない。


 その萌乃が、背中の裾をお尻が隠れるほどまで長くした制服を翻して、立ち上がった。


 聖青女子学園の制服は有名デザイナーによってデザインされたブランド物で、生徒の多くが、制服目当てに入学を希望する。

 おしゃれで瀟洒と評判の憧れの制服は、モチーフにした偽物も多数出回っている。


 ただ、そのまま着るのは面白味がない。

 どこで発注するのか、萌乃ら一部の上流生徒は、制服を勝手にアレンジしていた。

 それが自らのステイタスを主張する手段でもあるようだ。


 萌乃の制服はタキシードのように長い裾に、両袖と襟元にクリスタルのラインストーンが施されていた。

 オーストリアの有名ブランドの石だと本人が自慢していたが、あまり趣味がいいとは言えない。

 両手を振り上げるたびに、ストーンが煌めくので、落ち着かない。


「いったい誰のおかげで当選できたと思ってるのさ。まず、うらのところに菓子折りのひとつでも持って、三つ指付いて、お礼参りに来るのが筋ってもんさ。それを、うらを差し置いて、飛鳥と何の話をしていたのさ」


 どこで入手したのか、情報が早い。


「お言葉ですが、萌乃さん。まず、誰のおかげか、という冒頭の問いについてですが」

 白夜が勝手にソファに座って、足を組む。

 有栖も慌てて隣に座る。


「少なくとも萌乃さんのおかげではありません。私や私の仲間が、必死に票集めをした結果です」


「黙らんさ! うらたち旧夜祭派の組織票があったからこその、勝利でしょうさ」

 萌乃が白夜の前に立って、威嚇するように見下す。


「それは、夜祭さんを追放した飛鳥さんに投票したくなくて、萌乃さんが勝手に投票を呼びかけただけでしょう。

 私がお願いしたわけではありません。

 だいたい、組織票と言っても、失脚した夜祭さんにどれほどの求心力があるのか」


 痛いところをつかれた萌乃が、わなわなと体を震わせ、口の端に泡をにじませる。


「それからもうひとつ。飛鳥さんと何を話していたかという質問ですが」

 白夜が、目だけを動かして、萌乃を見上げる。


「このタイミングでする話は、組閣についてしかありません。

 お話は以上のようなので、私はこれで」

 白夜が横を向いて、有栖に目配せする。


「すいません、有栖さん。思った以上に、大した話ではありませんでしたね。

 無駄足でした、行きましょう」

「ふざけてんのさ!」


 立ち上がろうとした白夜を制するように叫んだ萌乃が、入口の扉に控えていた朝日に顎をしゃくった。

 反応した朝日が扉の前に手を広げて、立ちはだかる。


「ちょっと、ちょっと。何のつもり?」

 有栖が入口を振り返ると、朝日が申し訳なさそうに目を伏せた。


「中学生にこんなことさせて、恥ずかしくないの?」

「話はまだ終わってないさ」


 貫禄を見せたいのか、わざとゆっくりとした動作で白夜の前のローチェアに座ると、白夜の膝に手を置いた。

 膝頭を撫で回すように触る。


「……大事な話がまだ残ってるさ」

「まるで興味はありませんが、聞くだけお聞きします。何のお話でしょう」

「もちろん、組閣さ」

 イスが低くて、豊満な胸が苦しくなったのか、萌乃が制服の前ボタンをはずした。


「うらは、今まで通り、総務。副会長で構わないさ」

「わあ、偉そう」

 有栖が口をとがらせると、白夜が「弱りましたねえ」と、心底迷惑そうにため息を漏らした。


「本当に時間を無駄にしました」

 白夜が萌乃の手を乱暴に払いのける。


「察しの悪い萌乃さんなので、はっきり言わせて頂きます。白夜派は、萌乃さんの協力は必要としていません。

 夜祭さんの腹心でありながら、のうのうと今も生徒会に居座り続けるあなたを私は許すことができない。心の底から軽蔑しています」


 萌乃はもともと夜祭派の重鎮だった。

 ところが、先のクーデター選挙の際、どこからか夜祭の劣勢を漏れ聞いたのか、ひとり別の会派を立ち上げた。

 そのため追放を免れ、新生徒会長となった飛鳥は萌乃を副会長に起用した。

 詳しくは調査中だが、そこには公には出来ない事情があったと聞いている。


 その後、旧夜祭派と名乗り、今でも夜祭の威厳を盾に活動。趣味の悪い調度品を生徒会費で購入して、私腹を肥やしている。

〝世話役〟として生徒会に引き入れた朝日と、たった二人の最弱派閥だが、裏事情が関係しているのか、なぜか生徒会での影響力は絶大だ。

 それでも。


「夜祭派の残党には、白夜政権から完全に消えてもらいます」


 萌乃の顔が怒りで紅色する。熱を帯びた顔を、萌乃が冷えた両手で覆った。

 萌乃の手が冷え切っていたことは、さっき膝を触られたときに知った。


「……自分が何を言っているのか、わかっているんさ?」

 萌乃が顔をあげて、にやりと笑う。


「どうやら白夜は生徒会の仕組みをわかっていないようさ。ようわかったさ、それなら一度、誰かに教えてもらうといいさ。

 そうさなあ……天乃あまの織姫おりひめなんか適任さ。

 きっと、ええ話を聞かせてくれるさ。そうしたら、もう一度ここに戻って来ればいいさ」


 萌乃が立ち上がり、元のキングチェアに戻って、足を投げ出した。

「その時には、うらの足元にひれ伏して、泣きつくことになるさ」


 そう言って萌乃は、天井を見上げて、豪快に高笑いをした。カーカッカッカッ。

 豪快といっても声が可愛らしいので、相変わらず迫力はない。


「腐れ外道が」

「……なんか言ったさ?」

 萌乃が白夜を睨む。

「灯さんがいたら、そう言うだろうなと思いまして。いなくて本当に良かったです」


「白夜ちゃんが言ったら、同じなんですけど」

 有栖が深くうなだれる。

 白夜は満面の笑みを萌乃に返したが、はらわたには吐き気のようなものが広がっていた。


「おかえりだ」

 萌乃がフンッ鼻を鳴らすと、朝日が扉の前から身を引いた。

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