6.第三政務室

 白夜は第二政務室を出ると、有栖に「もう少しだけ付き合ってください」と言い残して、スタスタと廊下を進んだ。

「あ、待って。どこ行くの」


 階段を降りて、白夜が向かった先は生徒会議事堂の二階にある「第三政務室」だった。


「あ、やっぱり! ここだと思ってた。当たった、当たった!」

 予想が当たったことが嬉しいのか、有栖が誇らしげに胸を張った。

 白夜は「いったいあの流れで、他にどこに行くと思ったのですか」と聞き返したかったが、それは口には出さなかった。


 ノックをして開けるまでもなく、第三政務室のドアは大きく開かれていた。

 おかげで白夜と有栖が廊下の先から近づいて来ていることは、だいぶ前からわかっていたらしい。


「白夜じゃん。律儀に挨拶に来てくれるなんて、ご苦労さん」


 生徒会役員 織姫派代表 天乃あまの織姫おりひめ(高校二年)


 第三政務室は、織姫率いる「織姫派」が伝統的に使用している部屋だ。

 織姫というキラキラネームもどきの名前は本名ではない。

 毎年、織姫派のトップが襲名する名跡みょうせきだ。

 聖女の生徒会には、世襲制の派閥まで存在する。


 そして、この織姫が、毎年、広報会長をつとめる、ということまでがセットで伝統になっている。

 いかに聖女の生徒会が腐敗しているかがうかがえる。


「ちょうど良かった。今さ、次の広報誌の打ち合わせしてたんだけど。やっぱ、巻頭は新生徒会長の独占インタビューに差し替えじゃないかって」


 化粧道具やファッション雑誌が散乱した広めのテーブルには、ここ数か月の生徒会広報誌が散らばっていた。

 バリバリのギャルメイクをした織姫の隣にいる、織姫にそっくりな女が、カメラを構えた。

「つうわけで、一枚いいっすか」


 生徒会役員 織姫派 天乃あまのベガ(高校一年)


 ベガというのも本名ではなくまた名跡で、次期トップが名乗る。

 つまり、ベガ某は来年織姫派の代表になり、広報会長になることが決定事項となっている。


 ベガが立て続けにシャッターを切り、白夜にフラッシュの嵐を浴びせる。

 ベガの後方に立った、極端に影の薄い女が、レフ板を構えてサポートに回った。


 生徒会役員 織姫派 六角ろっかくアル(中学三年)


 されるがままの白夜にしびれを切らし、たまらず有栖が間に入って、声をかけた。


「あの、そういうのは、また改めてということで。白夜ちゃんもさ、汗かいちゃって、メイクも落ちちゃってるし」

「構いません。私は汗はかかない体質ですし、普段からノーメイクなので」

「ウソッ、マジでか。うらやま」

 ベガが一瞬、シャッターを切る手を止めた。


「それに、この写真は広報誌には掲載されません。お蔵入りです。ですから、別に構わないのです。好きなようにさせてあげましょう」

「ん、それ、どゆこと?」

 織姫が、茶髪の枝毛を気にしながら、ぼんやりと尋ねる。


「そのままの意味です。織姫さんにはと思っています」

 白夜は大事なことも、言いにくいこともいつもあっさり口にする。


「はあ? 何いってんの」

 織姫が聞き間違いでもしたのかと、けだるそうに問い返す。


「広報会長はウチら織姫派がやるって、そう決まってんですけど」

「それは生徒会規約に書かれていることでしょうか」

「それは知らねぇけど、もう何年も前から決まってんの」

「まあ、たとえ規約に書かれていたとしても、私には関係ないことなのですが」


 ようやくことの重大さに気づいたのか、織姫が白夜を睨んだ。

「もしかして、本気で言ってんのか? そんなこと、許されるはずがねぇだろ」


「許さないも何も、決めるのは生徒会長の私です。無用と判断しましたので、執行部からご退場いただきます」

「誰が生徒会長になろうと、ウチらが広報やるのは決まってることなんだよ」

「話になりませんねえ」


 黙って聞いていたベガが、シャッターを連射する。

「あのさ、ウチらもこの仕事に誇りを持ってやってんだよ。そんな簡単に奪われたらたまったもんじゃねぇ」

「それらしいことを言えば、ごまかされるとでも思っているのでしょうか」

「そうじゃねえけど、うちらが培ってきた、なんつうの、スキーマ? スキップ? そういうのがあるつう話で。そう簡単には他のヤツらじゃやれねぇっつうか」


「お言葉ですが、織姫さんやベガさんにも出来るのなら、広報会長なんて誰にでも出来ると思いますが」

「白夜ちゃん。とりあえず、全国の広報会長さんに謝っておこうかー」


「ふっざけんじゃねぇぞ」

 怒りに任せて織姫がテーブルの上にあった高級そうな化粧品を壁に投げ、

「勝手なことばっか言いやがって!」

 ベガは手にしていたカメラを力いっぱい床に叩きつけた。


 見境がつかなくなっているとはいえ、いくらなんでも過剰だが、白夜に対して直接手を出さないあたり、案外二人は分別のある人間なのかもしれない。

 いや、できた人間はこんなキレ方はしないか。


 レンズが割れたカメラを見て、有栖が「あーあ、もったいない」と口の動きだけで漏らした。織姫がテーブルを蹴り飛ばす。


「てめえ、覚悟しとけよ。あとで泣きついて来たって、ウチらはもう絶対やってやらねえからな」

「それはつまり、素直に広報会長を降りてくれる、ということですね。ありがとうございます」

「違うわ! 今ここで頭を下げて謝れば、許してやるって言ってんだよ」

 ベガが壁のポスターを引きちぎる。


「どうして私が謝らなければいけないんですか」

「わっかんねぇヤツだな」

「やるか!」


 織姫がハンガーラックをなぎ倒し、ベガが壁に穴を開けた。

 「やるぞ」と凄みを見せながら、白夜の髪の毛や胸ぐらを掴むこともせず、相変わらず直接攻撃はない。

 それでも、あまりの荒れっぷりに、たまらず有栖が仲裁に入った。

「あの! そのへんにしておきましょう。この話は一旦保留、ということで。そこの人もぼーっと立ってないで、助けてよ」


 部屋の隅で完全に気配を消して、未だにレフ板を掲げている女、アルを見る。

 まるで他人事のように、相変わらず少しも動こうとはしない。

 もしかしたらこれは日常茶飯事の風景なのか。


「白夜ちゃん! これ、もう無理。出直そう。またにしよう」

「おう、帰れ! 二度と来んじゃねえ」

 有栖が無理やり白夜を部屋から連れ出そうとする。


「いえ、まだ終わっていません。織姫さんから生徒会の事情を聞いて来るように言われたのですが、お聞かせ願えますか?」

「それもまた今度! 失礼しましたッ」

 なおも抵抗する白夜を有栖が無理やり引っ張って、外に連れ出した。


「あ、そう、そう。先程のあれですが、スキーマでもスキップでもなく、スキルですね」

 最後の白夜の声は、怒りで冷静さを失っていた織姫やベガの耳に届いたか、不明だった。


            ◆


「もう、勘弁してよ。白夜ちゃん」

 なんとか第一政務室に連れ戻した有栖が、白夜を強引にソファに沈ませた。


「あんなこと言われたら誰だって怒るよ。織姫ちゃんたちにも、心の準備っていうのがあるし」

 日々が「大変だったな」と有栖をねぎらい、持っていたハンディファンを白夜に向けた。頭を冷やせという意味らしい。


「だから灯じゃなくて有栖を連れてったのか。こうなることがわかってたから」

「白夜くん、少し人の気持ちを考えてもいいかもです。あ、大丈夫、追いかけては来てません」

 まほろが「念のため」と言いながらドアの鍵を閉める。


「どうせわざとやったんだ。織姫氏を怒らせたくて」

 灯に指摘され、白夜がバレたかと舌を出す。


「でも本当に織姫ちゃんを辞めさせるの?」

 聞かれて白夜は「消えてもらいます」と大きく頷いた。


「織姫ちゃん。そんなに悪い人じゃないんだけど。別に、いい人でもないけど」

「確かに、織姫派は存続させても良かったかもしれません」

 白夜が前言を撤回しつつも、

「役には立たないですが、邪魔にもならない。利用価値はないですが、目障りでもない」

「毒にも薬にもならない。なら、やらせればいい」

 と、日々がハンディファンを最強にする。


「これはあくまで見せしめです。安楽白夜は、学園にとって害悪となる要素はすべて取り除く。生徒会に不要なものは徹底的に排除する。

 誰にも忖度しない。

 それを知ってもらうために、織姫さんにはご退場いただいたのです。日々さん。それはもう結構です」


 ハンディファンを手で押しのけ、日々側を向ける。

「私にまつろろわぬ民は必ずほふる――か。萌乃は黙ってないよ」

「ですからこれは宣戦布告です。私はこの学園のためなら、一切の妥協を惜しみません」

「私も反対だ」

 灯が壁の会長札を一瞥する。


「萌乃氏はともかく、織姫氏まで敵に回すと、本当に人が足りない」

「使えない人間がいくらいても無駄なだけです」

「一応、注意はしたからな」

 灯が、そっぽを向いた。


「でも、このままじゃ少し厄介なことになるかもしれませんね」

 まほろが記憶をたどるように、上目遣いになる。


「織姫くんって意外と人気あるんですよ。雑誌のモデルなんかもやってて、そういうの結構みんな、憧れるじゃないですか。織姫くんを排除したら、意外と生徒たちから反発があるかもです」


「確かに。影響あるかも」

 有栖も同調する。

「なるほど、まほろさんの言うことにも一理ありますね」

「お、考え直したか?」

 日々がパチンッと指を鳴らしたが、

「だったら、織姫さんより、もっと人気のある生徒を広報会長に据えましょう。それで問題は解決です」


「あちゃ、そう来るかぁ」

 有栖がソファのクッションを抱きかかえて、顔を埋めた。


「灯さん。リストの中で、一番人気のある生徒、教えてください」

 灯が手にしていた『碧タブ』のカバーを開けて、目を落とす。


「――織姫に匹敵するほど、生徒に人気があるヤツなんて、ひとりしかいない」

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