18.第一政務室
イスの上で背伸びをした有栖が、壁に並んだ会長札に手を伸ばした。
庶務会長として掲げられていた『宇井』の札をはずす。
代わりに生徒会改革会長の下に『シヅカ』の名札を暫定的にぶら下げた。
生徒会長
総務
外務
財務
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風紀
広報
福祉
情報戦略
生徒会改革
庶務
「宇井ちゃんクビにしちゃってどうするつもり? ほら見て! まだ、半分しか埋まってない」
「もう誰も残ってないぞ。残り全部、外部から集めるつもりかよ」
日々が、小言の域を超えて、今回ばかりは厳しく問い詰める。
「さあ。どうでしょうか」
白夜はいつものようにはぐらかして、ガーデンテラスに逃げたので、日々がしつこく後を追った。
「組閣が大事とか言って、全然決めないじゃん。生徒会の膿を出すって、選り好んでばかりいたら、いつまでたっても進まない」
「妥協したくないのです」
「そんなこと言って、夜祭ちゃん戻ってきたんだから、悠長なこと言ってられないよ」
有栖まで後について来た。
白夜がうんざりしながらまた室内に引き返そうとしたとき、入口近くのデスクにいる、まほろが視界に入った。
きのうの会話などなかったかのように普段通りの場所にいる。
その事実だけで、まほろを信用してしまいそうになるが、まだわからない。
ただ、考えていたアレを実践するチャンスではある。
灯の姿は見えないが、きっと書庫にこもっているのだろう。これも好都合だ。
「せめて一回、カタチだけでも決めちゃお」
「わかっているだろうけど。これ、結構、やばい状況だから」
追いかけっこは趣味じゃないので、白夜は仕方なく室内に戻り、
「確かに、まずいかもしれません」
と言って、部屋の真ん中で立ち止まった。
「庶務会長がいないのは大問題です」
いったい何を言い出したのかと、有栖と日々が揃って目を丸くする。
「雑務全般を担当する庶務会長がいないのは、生徒会運営に大きく支障をきたします。もちろん、他のポストも重要ですが、とりわけ庶務会長の不在はダメージが大きい」
困惑する二人を横目に、白夜は意味深にまほろを見つめる。
その目を見ても、まだ本心はわからない。
「な、なんでしょう?」
身構えるまほろから白夜が目を逸らして、壁の会長札の『庶務』を指さす。
「緊急事態です。仕方ありません。まほろさん、お願い出来ますか?」
そうして、まほろが返事をする前に「とりあえず、庶務会長代理ということで」と、注釈を添える。
まほろが、戸惑いの表情を浮かべた。
ただ、疑念を宿らせた瞳からは、白夜の真意を探ろうとしているのがわかる。
「お手間はとらせません。正式に次の人が決定するまでの短い間、あくまで代行としてのお願いです」
白夜が小さく頭を下げる。まほろが黙っていると、その耳元で
「……できれば灯さんには内緒で」
とささやいた。
それを聞いて、有栖と日々が激しく抵抗する。
「白夜ちゃん。いくらなんでもさすがにそれはないよ!」
「都合よく、まほろを利用しているだけじゃん」
「夜祭ちゃんに寝返える前に、いまのうちに引き込んどこうって魂胆がみえみえ」
「それに代理って何だよ」
「庶務もいいけどさ、風紀も福祉もまだ決まってないんだし、そっちだっていいじゃん」
「なんなら総務だって」
まほろが思っていても言えずにいたであろうことを次々と代弁する。
「なるほど、思い至りませんでした」
あまりの剣幕に、白夜が丁重に頭を下げた。
「まほろさん、大変失礼しました。いまのは忘れてください」
「あ、いや。別にその嫌だというわけじゃないんですけど」
白夜の表情を盗み見ていたまほろはふっと笑いを吹き出した。そして。
「わかりました。やります」
「いや、なんで。笑ってるのもおかしいし」
日々が「わけがわからない」と、首を振った。
「確かに、今のまま、ぼくが無所属という不安定な態度でいたら、ポストはもらえません。
だからって今から白夜派に入ったとしても、灯くんが指摘していたように、身内の『お友達内閣』と批判されるので、やっぱりポストはもらえません。
じゃあ、寝返って夜祭さんのところに行くかっていうと……」
「それは困るよ、まほろちゃん」
「心配しなくても、そんなことは考えてません」
まほろは有栖に力強くうなずく。
とても嘘とは思えなかった。
と、また白夜の方を向いた。
「白夜くんは、既成事実を作ろうとしているんですよね」
有栖が「きせいじじつ?」と言いながら指を唇に当てる。
「どんな形でも生徒会の運営に参加させて、そのままなし崩し的に執行部に潜り込ませばいいって思っているんですよね。
この方法以外、ぼくにポストを与える手段はないって考えたんですね」
「そうなの? だったら、そう言えばいいじゃん」
「回りくどい言い方してさ」
有栖と日々が白夜を見て、からかうように薄笑いを浮かべる。
「いえ。私はただ、庶務をしてくれる人が必要なだけです」
白夜は表情も崩さず、真顔で言った。
これ以上、腹の底を探られるのは本意ではないなと思っていたその時、くすりが部屋に入ってきた。
「夜祭っち、派手にやってるね」
くすりの手には、校内で配られていたという夜祭派が作った小冊子が握られていた。
小冊子をパラパラとめくりながら、そこにまとめられていた、ここ数日の夜祭派の動きを、早口でまくしたてる。
夜祭自ら学内でボランティア活動に勤み、反省の思いを形にしていること。
海外留学支援、部活動への補助金増額、ラーケーション制度導入、学食無料開放デー、学食ドリンク飲み放題など、耳障りのいいバラマキ政策を掲げていること。
それで人気を回復していること。
「夜祭っちはさ、学園の満足度をあげるって豪語してるんだよ」
「満足度って、なんだそれ」
「そんな曖昧な言葉で、生徒を煙に巻くのは、到底、許しがたいですね」
白夜が、胸の中でふつふつと滾るものを感じた。
こみ上げてくる怒りで、眉が吊り上がっているのを感じる。
「夜祭さんにはご退場頂かないといけませんね」
「どうするの?」
「そうですね。何か、あちら側の弱みが握れればいいのですが」
「このさい、あれは?」
日々が思い出したように言う。
「萌乃の補助金。学園と生徒会の不適切なお金の流れを暴露するっていうのは」
「それでは学園のイメージも悪くなります。出来れば避けたいですね」
白夜は視線を書庫に移す。
ちょうど、灯が出てきたところだった。薄いリングファイルを手にしている。
「見つかった」
少々やつれた顔で灯がそうつぶやくと、白夜が柔和な表情で、小さく拳を握った。
「上出来です。これで総仕上げとなればいいのですが」
そう言って空白だらけの壁の会長札を見た。
有栖が隣に来て、呆れたように一緒に見上げる。
「――まだまだ先は長いと思うけど」
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